5-1 赤木陽華の誘い
カロたちが明坂ストリートで瀬尾と対峙している頃。
中央区にある警視庁警備部特殊魔術対策課。――――その副司令室には、岩手と副司令の姿があった。
「……計画は、どこまで進んでいる」
副司令が重苦しい声で、岩手に聞いた。
「すでに動き出しています。すぐにでも事件は起き――――障害の排除は完了する」
「骨喰の小僧は?」
「こちら側に取り込めました。……しかし、まあ今回の計画では使わないでしょうね。この計画は、彼の加入以前より進めていたことですから。彼は、2の手3の手です」
「……相変わらず、手駒を集めるのが好きな男だ」
すると、副司令は岩手の目を見つめて、
「分かっているな? お前の特魔加入を後押しした、その見返り」
と、確かめる。
「ええ。あなたを総司令にする。――――そして、この特魔から赤木の一族を排除する。次の作戦は、そのどちらも取りにいく」
副司令が、ギシッと椅子を傾ける。その時――――岩手のスマートフォンがブルッと震えた。
「……どうやら、無事に完了したようです。それでは、計画通りに」
▼ ▼ ▼ ▼
「――――アザミと出かけたい〜ッ!?」
久々の休日。……の、前日の夜。カロの自室。
シズクが、唐突にそんなことを言い出した。
「俺とじゃダメなのか?」
カロがそう聞いてみても、シズクは首を横に振った。
仕方なくアザミに電話をして確認してみる、カロ。
「……ってわけなんだけど」
すると、アザミはあっさりと、
「まあ、いいけどよ」
と、了承した。
「えっ……」
「あ? おーい、もしもし。あれ、切れた?」
びっくりしてつい黙ってしまったカロに、アザミが声をかける。
「……すまん。随分と簡単に承諾されたもんだから。それに、なんか声も大人しいし」
「はぁ? きめえな。あたしだって、ずっとテンション高えわけじゃあねえよ。仕事だって立て込んでんだ。今日だって、凶悪犯の調査を……」
そこでアザミは「ふぁっ……」と大きくあくびをすると、それから、
「……あ、じゃあ玉砂シズクの面倒見る代わりに、お姉ちゃんの明日の予定でも教えてくれよ。危険なことしないか知りたいしさ」
と、思いついたように交換条件を提示してきた。
「いやいや、知らねえって」
「じゃあ、聞いてこいよ。どうせお姉ちゃんのことだし、まだ仕事してるんだろうから」
「はぁ!?」
「異論は認めねえ。じゃあな。分かったら連絡しろよ〜」
「ちょ……」
その瞬間、通話中特有の鼓膜をサラサラと擦るような静かなノイズ音が消える。
カロは肩を落としながらも、時計に目をやると針はまだ19時を回ったばかりだった。
「……まだいたりすんのかな。確か、報告書作るとか言ってたっけ」
▼ ▼ ▼ ▼
「……本当にいたよ」
それから一応スーツに着替え直して、オフィス内にあるカロたちの班に割り振られたデスクを覗いてみる。
そこでは、アザミの言葉通り陽華が難しい顔をしながらパソコンに向き合っていた。
「さて、どう話しかけたもんか……」
その時、カロはいつの日か岩手に飲み物を奢ってもらった時のことを思い出した。
「――――お、お疲れ様で〜す」
陽華が一息入れるように天井を見上げたタイミングを見計らって、カロがスッとエナジードリンクを差し出す。すると、陽華はそれを受け取り、
「子供が気を使うものではないですよ」
と、言った。
「それを言うなら、子供を戦わせるもんじゃないっすよ」
「……それもそうですね。では、ありがたく」
カロはパソコンに目をやりながら、ミルクティーを口にする。
「やっぱ、大変なんすか? 報告書作りって」
「いえ、テンプレートもありますし、本来はそうでもないですが……。今回は不確定要素が多すぎますね。絵の具はどこから来たのか、そして、あの青髪の女性は誰だったのか。絵の効果も、戦いの中で絵画が破壊されてさらに古本屋が燃えたことで分からなくなってしまいました」
陽華はそう言って、伸びをしてみせる。
「どこに逃げたかも分からないんですか?」
「今、岩手隊長の魔石部隊が調査に入っているようです。ただ、古本みちくさ堂にやってくるまでに近辺の監視カメラは全て破壊されていて、動向は追えていないと」
「……そうっすか」
「ま、捜査が主な任務の隊に回されることになるでしょうね。この事件は、禁書との関連性は薄そうですから」
「瀬尾さんの処分は?」
「とりあえずは、黒魔術師及び罪科魔術士収容所に移送されました。おそらく3ヶ月から半年の刑期を経て短期的な保護監査扱いになるでしょう」
「! そんな短いんですか」
「本人も罪を認めていますし、あの絵の具がなければ魔術も使えませんから。幸い死人も出ていませんしね。減刑の余地はあります」
「減刑……」
いまいち納得のいかない様子でそう呟くカロに、陽華が問う。
「……もし、どうしても今の自分では乗り越えられない、でも乗り越えなくてはならない壁があったとして」
「え?」
「たとえ法を犯したとしてもそれを乗り越えられる力が目の前に現れたとしたら、骨喰特等はどうしますか? ――――例えば、それが禁書だとしたら」
「……え」
「玉砂シズクのためなら、その力を使ってしまうんではないですか?」
じっと自分を見つめるその視線に、カロは、
「……なんか試してます?」
と、尋ねる。
「いえ、世間話のつもりでした。気に障ったなら謝ります」
「……陽華補佐はどうなんですか?」
「私は――――」
陽華はそう言い淀むと、目を伏せ、
「私は――――戦うと思いますよ。戦って、しまうと思います。大切なもののためなら、手段を選ばず」
と、言った。
「意外ですね……。もっとなんていうか……」
「無慈悲な答えが返ってくるって?」
その時、陽華は初めてくすりと笑った。いや、もしかしたら今日だけでなく、カロと出会ってから初めてかもしれない。
「でも、実際に持っていたら使えないかもしれませんね」
「どうしてですか?」
「……禁書に、あれに手を出すのは覚悟がいる。持っているだけで震えてしまうような、凄絶な怖気と同時に婀娜婀娜しい魅力を宿している。――――手にすれば、世界をまるで自分のものにできてしまえたかと誤解し、自分の人生の完璧な支配者になれたかと錯覚する、そんな危うさが。普通の人間なら、恐ろしくて手を出せません」
「……」
「それでも、それに手を伸ばす者はいる。それに選ばれるほどの欲と意志と覚悟を持ち、それを手にしてもなお自我を保ち、野望を叶えようとする者が。――――きっと、骨喰ヒュウガもそうだったんじゃないですか?」
カロの頭の中には、ヒュウガとの戦いが思い出される。
「……そうっすね。そうだったと思います。執念の塊みたいな、そんな人でした」
陽華は「そうですか」とだけ答えると、
「……ところで、何か用があったんじゃないですか? こんなものまで用意して」
と、エナジードリンクを掲げてみせた。
「あ、そうだ。陽華補佐、明日の予定は?」
「予定ですか?」
「えっと、何かあった時、どこにいるか把握しときたくて」
「……何かしでかすつもりなんですか?」
「そうじゃなくって! でも、何があるか分からないっていうか。ほら、この短期間で2度も魔術関連の事件に巻き込まれてますし……」
「……確かに」
一応は納得したのか、陽華はそれから続けて、
「私は部屋の掃除を済ませたら、夕食を買いに……。なんてことない日ですよ」
と、答えた。
「骨喰特等は?」
その問いに、カロは言葉が出てこなかった。特に早急な要件もなければ、ついさっきシズクと過ごす予定がなくなったばかりだった。
なので、カロは話を繋ぐために仕方なく、
「えっと、この辺のことはあまり詳しくないので散策に行こうかと。いろいろ服とか揃えたいものもありますし」
と、適当に答えた。――――が、それがいけなかった。
「……そういえば、骨喰特等はまだここに来たばかりでしたね。そういうことでしたら、案内しますよ」
「へ?」
「何かと入り用でしょう。もちろん、迷惑でなければですが」
陽華から返ってきたのは――――そんな提案だった。
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