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4-end 逮捕者と乱入者と 

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 カロたちが目を覚ますと、そこはギャラリーだった。

 カロはシズクに支えられていて、リトリーは刀を抜いていて、陽華は瀬尾を注視していた。


「……ずいぶんとしおらしくなりましたね」


 すると、4人と対峙する瀬尾を見て、リトリーが言う。その理由を、


「魔術の心得がない人間が魔石の力を借りたとしても、これだけの魔力を使ったとなるとさまざまなところに悪影響が出るのは明らかですからね」


 と、陽華が分析した。


「というか、みんなどこにいたんすか?」


 不意にカロが、尋ねる。


「リトリーは、青一色の世界で迷路させられてました。ま、最終的に、この刀で壁を裂いて出てきましたけど」


「力技かよ……」


「結果が全てですよ」


「陽華補佐は?」


「私は、嘘つき探しをさせられました」


「嘘つき探し?」


「まあ、なんというか、論理的思考問題と呼ばれるような類です」


「……はぁ。それはそれで、ずいぶん大変そうでしたね」


 そんなカロに、リトリーが聞き返す。


「骨喰1等はどうだったんです?」


「俺は、なんというか……。ゴールは見えてるんだけど、それまでに幻術を見せられてそれを見破れなかったらアウト、みたいな……?」


 それを聞くと、陽華が呟く。


「迷路……、嘘つき……、幻術……。いくつも世界を作り出すとは、厄介な能力でしたね」


 すると、リトリーがちらっと腕時計型のデバイスを見て、


「……でも、もう反応はありませんよ」


 と、答えた。


「そうですね。抵抗の意思もないようですし、拘束してしまいましょう」


 手錠を出して瀬尾に歩み寄る、陽華。すると、首を垂れたまま、


「……待ってください」


 と、瀬尾が言った。


「やっと……。やっと、これで食っていけるようになったんです……。なのに、捕まるなんて……」


 瀬尾は顔を上げる。それは、必死に何かに縋るような哀れで醜い表情をしていた。


「それで、あなたはまた絵を描こうと思うのですか?」


「……え?」


「あなたの作品は決してこの絵の具の力で売れたんじゃない。確かに、私はそう言いました。でも、あなたがあなたを裏切った事実は変わらない。いま捕まらずに逃げたとしても、ふとした時、裏切ったあなたを裏切られたあなたが影から睨む。それでも、筆を握ることができるんですか? 握ろうと思えるんですか?」


「裏切った、私……」


「あなたは結果ばかりを求め、故に迷い、捨ててしまった。かつての自分も、軌跡も」


「仕方ないじゃないか……! じゃあ、どうすれば良かったんだ!」


「……占い師だって魔術士だって、未来は見えない。地道な努力が実る人間もいれば、諦めた時に突然の幸運がやって来て報われる人間もいる」


「そうです! そして、私は選ばれなかった! だから、私は選びに行ったんだ。自分の手で……。報われる道を……」


「そんなの初めから全部、分かっていたことでしょう? 報われない人が大半で、何でもない存在として死んでいくなんて。なのに、自分で選んだ夢で、報われないと嘆く。そんなの自分勝手過ぎるんじゃないですか?」


 陽華はひどく冷たい目をしていた。


「結果が全てだというのなら、あなたが行きついたこの結果もあなたのもの。受け入れなくてはならない」


「……」


「報われる道? そんなの分かりませんよ。――――でも、報われる者たちは皆、少なくとも辞めなかった。自分の範囲で自分にできる最大限のことを。実力以上のものに手を伸ばさず、自分を評価してくれる人を、大切に思ってくれる人を裏切ろうとはしなかった。そして、なにより――――自分の心に嘘を吐かなかった」


「……でも人は夢では生きていけない」


「ええ、そうです。そうですよ。――――ですが、絵を描き始めた頃のあなたは、葛藤していた頃のあなたは、どんな顔をしてあなたを見るんでしょうね」


「……!」


「作り続けることは、辛い。でも、作り続けるから、あなたでいられたんじゃないですか?」


「……ッ、うぅ」


 陽華の言葉を聞くと、瀬尾は小さく声を漏らし、首を垂れて静かに泣いた。


「……どうすれば良かったんだ、私は」


「人は後ろを振り返れても、その道を戻ることは出来ない。時間は流れ、移ろいで行く。あなたに出来るのは、道を見定め、次の一歩を踏み出すことだけです。弱さも強さもプライドも卑屈さも認め、足元を確かめ、歩き出す。そうでなければ、人は立ち止まったまま、ただ夢を眺めることしかできない」


 その言葉に何か思うところがあったのか、瀬尾はゆっくりと語り出す。


「ずっと、2人の自分がいた。諦めない自分とそれを諫める自分。不安で不安で仕方ない、そんな存在。――――でも、その不安も自分だったんだ。だけど、私はそれを殺すことに躍起になってしまった。向き合わず、ただ消えて欲しかった一心で」


 瀬尾は、そこで言葉を止めて静かに首を振る。


「高い壁を睨むより、落書きをして楽しめば良かった。転んだことすら楽しめば良かった。――――他人と比べて落ち込む時間を、もっと試行錯誤に費やせば良かった――――失敗を嫌うより、もっと失敗して行き止まりをいくつも見つければ良かった。そうすれば、正解の道に。もっと意外な道にだって巡り合えたかもしれなかったのに」


「後悔していますか?」


「……ええ。でも、それは絵を描き続けたことにじゃない。あの絵の具を使ったことにです」


 そして、立ち上がると、


「逮捕してください。僕はちゃんと罰を受けて、次に進みたい。ただ立ち止まっているより、歩いていくほうが楽しそうです。――――たとえ、行き止まっても」


 と、陽華に両手を差し出した。その顔は、どこか清々しかった。


 一方、その傍ではカロが、


「あの絵って、絵具の効果で売れてたんじゃないのか」


 と、呟いた。すると、リトリーが、


「もしそうだとするなら、このギャラリーに足を踏み入れた瞬間、探知機が反応したはずです。しかし、魔力の痕跡があまりありませんでした」


 と、答える。


「なのに、明坂ストリートには痕跡が溢れてる。つまり、購入してから効果を発揮するってことか」


「……そういえば、あなたは見えないんでしたね。魔力」


「なあ、あの絵の具ってどこから入手したと思う? ってか、そもそもこの絵画の効果って……」


 ふとリトリーに疑問を投げかける、カロ。

 そして、絵画をじっと眺め、その絵画を指でなぞろうとした時、


「あ!」


 と、何かを思いついたようにカロが声を上げた。


「これってさ、魔力を込めればどんな効果か分かるんじゃねえの?」


 その提案にリトリーは、


「やめたほうがいいです。どんな効果があるか分からない」


 と、忠告する。


「でもさ、少なくとも微弱かつ購入者が倒れたりはしてねえんだろ? だったら、いけんるんじゃ……」


「やめ……!」


 そうして、カロが絵画に魔力を込めようと、そして、陽華が瀬尾に手錠をかけようとした。――――その瞬間、ギィッという扉の開く音がした。


「……? 扉は鍵をかけていたはず」


 陽華が、手錠を手にしたまま振り返る。と、次の瞬間、ドアノブが地面に落ちて鈍い音をギャラリーに響かせ、


「骨喰特等、逃げなさい!」


 と、陽華が叫んだ。


「え?」


 直後――――絵画が大きく左に移動した。いや、これは()()()()()()()()()()()()のだ。


 その勢いのまま、右半身を壁に叩きつけられる。すると、体の上に重みを感じた。


「――――シズク!」


 目を開けると、カロの体の上にはシズクが重なっていた。ただし、ただ上に乗っているのではない。その腕は砕け、胸あたりにもヒビが入っていた。おそらく、衝撃からカロを庇ったのだろう。


「誰が、こんなことを……!!」


 顔を上げると、リトリーと青髪の女が戦っていた。2人も年齢は同じくらいに見えた。


「ぐっ……! 魔力が封じられて……!!」


 横を向けば、瀬尾と手錠で結ばれながら、口の端から血を流す陽華の姿があった。おそらく、顎を蹴られたか頬を打たれたか、とにかく今は瀬尾という重しもあって陽華は動けそうになかった。


 カロの目の前では、女がリトリーを蹴って壁際に追い込む。と、リトリーは絵画を壊すのを躊躇わず女に向かって刀を振るう。


 しかし、女も絵画を縦に使ったり、小さな木箱を投げつけたり、武器を持たずともリトリーと対等に渡り合って見せた。――――いや、女のほうが1歩上だったと言っていいだろう。


 女が木箱を投げ続けると、リトリーはそれを刀で弾き、防戦一方になっていく。そして、その隙に女は一気に詰め寄ると、リトリーの刀を絵画の固い額縁で受け止め、リトリーに蹴りをかました。


 倒れ込む、リトリー。それを見下しながら、女は、


「絵の具……、どこ……?」


 と、問う。


 その問いに対し、反射的にリトリーが古本屋と繋がっている扉を見てしまうと、女は、


「分かった」


 と言って、その扉を壊して押し入った。


「待ちやがれ……!!」


 カロが立ち上がろうとする。と、それを、


「リトリーが行きます! 骨喰特等は、逃げられないように出口を! この状況で最もまずいのは、奴に逃げられることです!!」


 と、リトリーが制す。


「……ッ! 分かった!!」


 すると、そうなってようやく陽華が鍵を使って手錠を外して、立ち上がる。そして、指示を出した。


「なら、ギャラリーは私が守ります。骨喰特等は古本屋の方に」


 カロはそれに頷くと、ギャラリーを飛び出して「古本みちくさ堂」の看板の前で、誰かが出てくるのをじっと待った。


 しかし、5分後――――古本屋から出てきたのはリトリーではなく、青髪の女だった。


「あぁ……、悲しいなぁ……。こんなことに巻き込まれちゃうなんて……」


「来やがったな……!!」


「……? あぁ、さっきの……」


 青髪は手にバスケットを持っていた。

 それは、確か以前に瀬尾が絵の具を詰めて運んでいたものだった。


「通れると思うなよ……!」


 カロは、《魔蜘蛛の糸(フィル・アラクネ)》を右腕からだらんと垂らして備える。しかし、女は、


「悲しいなぁ……。何も見えてないなんて……」


 と、漏らしてチラッと右を見ると、そのまま一瞬の速さでカロの横を抜き去った。


「なっ――――」


 カロはその動きに全く反応できず、遅れて振り返る。――――それでも、女を追おうとしたその時だった。


 パァーッ――――トラックが横からやって来て、カロの前で急停止する。そして、運転手が、


「おぁあッ! だ、大丈夫ですか!?」


 と、顔を出した。


「え、あ、ちょっと!」


 そう困惑する運転手を捨て置いて、カロはトラックの反対側に急いで回る。――――しかし、もうそこに女の姿はなかった。


 『斑目工業』そう書かれたトラックのロゴを、拳でドンッと叩く。と、さらそこへ、


「――――きゃあっ!」


 という悲鳴が届く。


 カロは群衆の視線を追って古本屋に目をやると、古本屋のそこかしこから大きな火が上がっていた。


 慌ただしく出てくる客の向こうから、リトリーが姿を現す。と、遅れてギャラリーの方からも、シズク、陽華、そしてその陽華に支えられた瀬尾がやって来る。


「すみません。やられました」


 リトリーが脇腹を抑えながらそう謝ると、その炎上の光景を瀬尾はその場に膝をついてただただ呆然とするしかなかった。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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