1-7 受け取ったもの
カロはいつもの場所で1人、弁当を食べ、叔父からもらった手紙を眺めていた。
少女は、昨日のカロの「おとなしく、席で待っとけ」という言いつけ通り、教室にいた。
× × × × × × ×
おっす、カロ!
前にあったのは、5つの頃か。約束した魔術の訓練してるか?
ダラダラとした前置きはなしにして、要件を伝える。
ケースには、女の子が入っている。それを、お前に守って欲しい。
がっかりしたか? お前のことだから、魔術の道具とでも思っただろ!
よもや、女の子とはな! あ、えっちなことはしちゃダメだぞ~!
目安としては、1年。世話を頼む。ま、学校まで連れて行けばなんとかな
るから。土人形につき、ご飯は与えなくて大丈夫。ってことで、よろ☆
× × × × × × ×
カロは手紙を見ながら考える。
友達のいない自分のために、叔父はあの土人形の少女を預けたのかもしれないなんてことが頭を過った。
「……ヒュウガさん、何がしたかったんだ? 何を、させたいんだ」
手紙を、屋上と踊り場を区切る扉の小窓越しの太陽に掲げてみる。と、光の向こうから叔父の声が聞こえてくるような気がした。
▼ ▼ ▼ ▼
「結局、今回も糸魔術であやとり出来るようにならなかった……」
カロはそう言って、水面に石を投げ入れる。
「まあ、魔術の糸自体は出せてるから、最低限の魔力コントロールはできてるんだし、そこまで落ち込まなくても……」
川沿いに並ぶ2人。肩を落とすカロに、叔父が続ける。
「それに、いいか? お前に魔術を教えるのは、お前が生きていくのに最低限の魔力が必要だからで、別に魔術師になれって言ってるわけじゃねえ。だから、糸魔術ぐらいできなくたって……」
「……」
それでもカロは顔を伏せたままで、叔父は言葉に困ってしまう。
「でも、まあさ、ヒーローってのは困難がつきものだから。ほら『ミストカウボーイ』だって、絶対ピンチになるだろ? 技だって簡単に使えるようにならねえしよ」
「……でも、俺は別に誰にも選ばれてない。才能、ない」
「はっ! ヒーローってのは選ばれたやつがなるんじゃねえ。運命に選ばせたやつがなるんだよ」
そう言って、叔父は立ち上がると、唐突に「だらぁっ!!」と対岸に向かって石を投げた。――――が、それは川の真ん中あたりで、ボトンッと音を立て流れに飲まれてしまう。
「見ろ。対岸に全然届かん」
叔父は、肩を抑えながらそう言った。
そして、今度は平べったい石を選んで拾うと、
「もう1回投げる。これ、次は届くと思うか?」
と、カロに聞いた。カロは首を横に振る。
とても、期待はできなかった。
しかし、叔父は先ほどまでとは違い、今度はスナップを効かせて石を放つ。
石はシュルシュルとフリスビーのように回転すると、水の上を1、2、3、……と何度も弾んで、対岸にたどり着く。
そして、カコーンッ……と、あたりに音が響いた。
「――――届いたな」
そう言うと、叔父は座ったままのカロに合わせてしゃがみ目線を合わせる。
「お前は、数秒先の未来だって言い当てられない。
だが、それはお前だけじゃない。誰だってそうだ。
主人公も脇役もねえ。やったやつだけが結果を得られるし、結果を得たやつだけが学ぶことができる。
ほら、さっきの石だって普通に投げてもダメだったから、やり方を変えてみようって思えたわけで……」
すると、叔父は俯きがちなカロの頭にポンと手を置いた。
「嫌になるってことは、できない自分に納得がいかないってことだ。
だが、それは同時に諦めたくないからなんだよ。
できるようになりたいって、思ってるってことだ。
だから、まだそう思えるなら、もう少しだけやってみな」
「……そしたら、ヒュウガさんみたいになれるかな」
「俺!? なんで俺!?」
「だって、俺にとってはヒュウガさんが……」
そこで言い淀む、カロ。
だが、叔父はそんな様子を見ると、何度か頷いて、
「なれるよ」
と、微笑んだ。
「なんせお前に宿ってるのは、俺の魔力だからな。だから、そのうち俺と同じように魔術を扱えるようになる」
それから、叔父は近くに置いてあるバッグをゴソゴソと漁ると、
「これ、やるよ」
と、カロに鍵付きの本を差し出した。
「これは?」
「これは初級の魔導書。鍵穴に魔力を流しこめば、鍵が開いて中身が見られるようになる。そこには、基礎魔術と糸魔術の他にもいろんな魔術が載ってる」
「くれるの?」
「ああ、しばらく会えなくなりそうだからな」
「――――!」
叔父はそういうと、尻に付いた汚れをパンパンと払って立ち上がる。
「だからさ、今度会う時までにいっぱい練習して、俺を驚かせるくらいになっててくれよ」
叔父はまっすぐと水面を見つめて言った。それは、どこか遠い目をしていた。
「……分かった」
カロは、叔父の真似をしてお尻の汚れを払い、立ち上がる。そして、
「ヒュウガさんなんか、すぐに抜いちゃうから」
と、自信満々に笑った。
「約束だ」
カロと叔父は、握手を交わす。
透き通った水面では、陽光がキラキラと輝いていた。
「言っとくけど、お前がこの先を生きるために魔術の操作が必要だから教えてるだけで、正式な魔術師じゃないお前が使えば、それは違法――――黒魔術ってことになっちゃうんだから、のめり込み過ぎるんじゃねえぞ」
「……締まらないなぁ」
ヒソヒソ声でそう語る叔父に、若干冷めた目を向けるカロ。
カロに――――子供にとって、大人の言う「しばらく」がどれほどの長さなのかは想像もできなかった。
その後、カロと叔父が再会したのは式場であった。
カロは、しばらくどころか、生きてるうちに叔父と会うことはできなかった。
▼ ▼ ▼ ▼
そんな約束があったから、俺は家に帰っても糸魔術の練習を続けたんだ。だけど――――。
「うーん、こんなでも魔術で作られた糸だから、意外と思う通りには動くんだよなぁ……。なのに、細くはなってくれねえ、と」
小学生になったカロは、ベットの上に乗り、手の平の上で魔術のムチを伸ばし波に揺られるワカメのようにクネクネとさせる。しかし、その太さは相変わらずだった。
「……これじゃ、糸っていうよりムチだな」
そう肩を落とす、カロ。
しかし、まだ現在とは違う位置に貼られていたカウボーイのアニメのポスターが、ふと目に入る。
と、カロは徐に壁に向かって、魔術の糸を記憶の中のカウボーイをなぞり、振るってみた。
「――――だーぁッ!!」
直後、カロは結果を見て思わず叫んでしまった。
「何かあったの!?」
母が駆け込んでくる。
と、カロは壁に張りついたようにして、
「せ、背中がつりそうになっただけ!」
と、苦しい言い訳をした。
「だ、大丈夫!? 背中伸ばそうか!?」
「も、もう! いいから!」
「本当にいいのね!?」
「いいって!!」
母は、何度も振り返りながら部屋を出て行く。
カロはそれからカウボーイのポスターを剥がして、自分が張りついていた壁に出来てしまった大きく深い傷痕に被せる。
と、それから窓の外の葉っぱの生い茂る枝を見て、
「……今度からは、葉っぱで練習すっか」
と、ため息混じりに呟いた。
▼ ▼ ▼ ▼
「……結局、細くならなかったな。糸の魔術」
カロは手紙を腹の上に置くと、目を閉じてため息を吐く。
そして、体を起こし、そろそろ教室に戻ろうかと思った。――――しかし、その時、カロは叔父の手紙の真意を知るのだった。
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