4-6 抵抗と幻想と
「なぜだ……!! なんで、みんなそんなに強いんだ……!! なんで、抗っていられるんだ!!」
そう狼狽える瀬尾の前には――――赤いトゲに阻まれた塔までの道を、棘に阻まれながらも進む、カロの姿があった。
ここは――――赤の世界。
瀬尾は、縛り付けられたシズクの横で頭を抱える。その様子はひどく動揺していた。
捩れ円錐のような形で聳え立つ塔を、カロはその捻れを利用して登り切る。と、瀬尾の前に立った。
「――――迎えに来たぞ!! シズク!!」
カロが宣言する。と、シズクは棘に縛られたまま、「カロ……!」と顔を上げた。
そのままシズクに触れ、瀬尾を見下す、カロ。このまま「外に出る」と宣言してしまえば、このゲームはそこで終わりだった。
しかし、カロはそこであることに気がつく。それは――――シズクの手首から流れる、赤い血だった。
「はぁ……」
カロはそれを見て、ため息を吐く。と、シズクに向かって、
「今回も――――シズクじゃねえな」
と、宣言した。
ギシッ――――ツルの軋む音がして、カロは目覚める。すると、体を四方八方から赤い棘が縛りつけていた。
「だー、うざってぇ!! 捕まるたびに、嘘の映像を見せやがって!!」
カロは、それを引きちぎり塔を登っていく。まだ登頂までは、数十メートルあった。
「オルゴールはまだ鳴ってる。だが、後どれくらいだ……!?」
すると、自身の右手に視線を落とす、カロ。そして、
「一か八か出してみるか。――――《魔蜘蛛の糸》ッ!!」
と言うと、茨の広がる空に向かって、手を伸ばした。
「出た!!」
ムチが、いつものように手から現れる。と、ムチは遠くにある茨に巻き付いた。
カロはぐっと体を沈めると、茨を撓ませ、グッグッと下に向かって引っ張った。そして、パチンコの要領で、撓ませた薔薇の力を解放して飛び上がる。――――が、その瞬間だった。
体が浮かび上がった直後、魔石に魔力を吸われている影響でムチが消えた。
「と、届けぇ……!!」
しかし、その願いも虚しく、上に飛べはしたもののその威力は従来の半分も満たず、ギリギリで登頂には届かなかった。
カロの体は、そのまま宙に放り出されると地面に向かって一直線に落下していく。かに、思われた。
しかし、カロは左手でガシッと棘を掴む。カロの左手は血も流さず、痛覚も感じなかった。
そのまま塔を登り切ると、カロは瀬尾を睨む。その執念を見て、瀬尾は後退りをした。
「……どうやら動揺は、嘘じゃなかったみてえだな」
「な、なんで見破れるんだ……!! なんで痛みを恐れないんだ……!!」
怒り混じりの怯えは、ある種の理不尽を目撃したようだった。カロは、そんな瀬尾を見て哀れだと思ったし、次の瞬間には瀬尾はどうでもいい存在になっていた。
「……カロ」
歩み寄ると、茨に縛られたシズクが微笑みかける。カロはそれを見ると、安心したように笑った。
カロの手が、シズクの肩に触れる。今度こそ、「外に出る」と宣言すれば良かった。
「――――お前は、誰だ。これは、シズクじゃない」
しかし、カロの口から出てきたものは、瀬尾の期待とは全く別のものだった。
「シズクは、縛られたまま大人しくしているやつじゃない。目を覚ましたなら尚更だ。あいつは、俺の帰りも待つようなそんなヒロイン気取りの軟弱なお姫様じゃねえんだよ」
驚いて、瀬尾が顔を上げる。
「どうして……!」
すると、カロは瀬尾を見下して言った。
「俺は、俺の中にある価値観を――――シズクを信じてる。シズクを知ってる。だから、他人の決めつけたあいつの姿にも、理想の行動を取るあいつの姿にも騙されない。わがままで意味不明で、だけど優しくて行動せずにはいられない。そんなあいつ自身と、向き合ってきたんだよ。俺は」
その瞬間――――カロの視界は、夢から覚めるように白く染まった。
▼ ▼ ▼ ▼
それは、初めにシズクが大きな水の玉の中に閉じ込められていた透明な世界。
その目の前で顔を伏せ椅子に座りただ沈黙していた瀬尾は、ゴポッという水をもがく音を感じて顔を上げた。
「何を、して……?」
その視線の先では、水の玉の中でシズクが必死に平泳をしていた。
「……そんなことをしても無駄です」
一向に動く気配のないシズクにそう告げる、瀬尾。しかし、シズクは諦めない。
「クロールでも無駄です」
「……」
「バタフライも……」
「……」
「背泳ぎ、は意味あるのか……? そこじゃあ、息継ぎどころの騒ぎじゃないでしょう」
何度も泳ぎ方を変える、シズク。瀬尾はそれを見て、呆れたように言った。
「なんで、そこまで出ようとするんです。ここに入れば、あの少年が迎えにきてくれるかもしれないのに。……信じていないんですか? 彼を」
「違う。信じてる。――――でも、それが会いに行かない理由にはならない」
シズクは、スッと目を閉じる。
「待ってるより、会いに行ったほうが早く会える」
その時、シズクの胸から空に向かって紫の糸が現れる。それは、カロとの魔力の繋がりだった。
シズクは、腕に力を込めてその糸を掴む。――――と、グッと胸に引き寄せて、水飛沫を撒き散らし、勢いよく水の玉の中から飛び出した。
▼ ▼ ▼ ▼
パチッ――――真っ赤に染まった世界で、シズクは目を覚ます。
目の前では、茨に捕まっているカロがいた。カロは意識がないのか、虚な目をしていた。
そして、自分も同じように捕まっていた。だから、シズクはグッグッと何度か茨の強度を確かめると、ブチッと引きちぎった。
「な、なんで……」
近くで尻餅をついていた瀬尾が呟いた。
せんな困惑を一切無視して、シズクはカロに歩み寄る。と、その顔に手を触れて、
「――――カロ、起きて」
と、言った。
すると、目に光が戻って、
「……ん? ……お、シズク。ただいま」
と、カロは幻術から目を覚ます。
「おかえり」
「……本物か?」
カロが冗談混じりに笑うと、シズクはいつの日かと同じように軽くコツンとおでこをぶつける。
「おぉ、確かに本物だ。……んじゃ、帰るか」
「うん」
「――――外に出る」
カロは柔らかな笑顔になると、シズクに触れられながらそう宣言した。
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