4-3 ドミノと嘘つきと
「――――行き止まり」
リトリーはそう言って道を戻る。
と、2度同じ道を通らないよう曲がり角の青い壁に刀で×印をつけようとした。――――が、しかし、壁には傷が入るものの、その傷はすぐにスーッと消えていってしまう。
「刀は無理……」
すると、リトリーは右手を見つめ、それから《魔術:付与》を使って魔力で×印をつけた。
今度は消えず、そこに残っている印。それを見て、
「魔術は使える」
と、確かめると、リトリーは別の道に向かって歩き始めた。
「……ここも違う」
「ここも……」
「……」
それから何度、行き止まりに突き当たっただろう。
その度に増えていくのは、×印ともどかしさと少しばかりの呆れだけだった。
いくら感情を表に表すことの少ないリトリーといえど、思わずため息を吐いてしまう。それでも、その足は止まらず出口を探し続けていた。
「……もしかして、出口を探す以外にやり方があるのでしょうか」
そんな中、ふと疑問が浮かび上がってくる。と、リトリーは足を止め、振り返った。
そこに浮かんでいたのは、相変わらず子供が描いた落書きのように平面的で不細工なコアラだった。
そのコアラを見て、リトリーはふと気がつく。
「なんか、大きくなってませんか?」
すると、次の瞬間――――コアラはリトリーの周りをぐるぐると回り出し、それからリトリーの背中にランドセルのようにしがみついた。
「なんのつもりですか? これは……」
リトリーは、自身の背中にひっついてきたコアラを引っ張りながらそう言った。しかし、コアラは決して剥がれず何も答えない。
「……害は、なさそうですね」
やがて諦めたのか、コアラを背負ったままトボトボと歩き出す、リトリー。
足を止めると、行き着いたのは――――またもや行き止まりだった。
「しかし、どこまで続いているのか……。いえ、もしかしたら出口はないのかも。出口があると見せかけて、その間に衰弱させ、殺すみたいな……」
再び踵を返し別の道を歩き始める。――――と、その時だった。
肩甲骨辺りを掴んでいたはずのコアラの手が、視界の隅にちらっと映った。その手は、ちょうど肩と首との間にある凹んだ部分を掴んでいた。
「ん? 登ってきて……」
そう言って顔を振り向かせようとする、リトリー。
しかし、それと同時に、再び別の行き止まりにたどり着くと、ずしっと重くなる感覚を膝に受けた。
「……! 違う! 大きくなっている……!?」
リトリーはそこでようやく確信を得る。
すると、コアラはニヤッと笑って、口を開いた。
「出口は、ないのかもしれない……」
初めてコアラが口にしたその声は、子供のようで、どこか不気味だった。
「時間か、それとも他の条件か。……ともかく、このコアラが成長し切る前に出口を探せということですか」
コアラは依然として危害を加えてくることはないようで、リトリーは警戒を解くと元の道に戻り印をつける。そして、自分が通ってきた道を振り返った。
「……確かに進んでいるはず」
通り道につけてきた印は、暗い暗い青の世界で足跡のように輝いている。
「しかし、こうも答えが見えないと、流石に気が滅入りますね」
すると、コアラがうわ言のように繰り返す。
「出口は、ないのかもしれない……。一生、このままなのかもしれない……」
それでもリトリーは歩みを止めず、小言のように聞き流す。
「ふん。だとすれば、切り開くまでです。リトリーは、こんなところで死ぬわけにはいかないのです」
しかし、その覚悟に反して、行き着く先は――――行き止まり、行き止まり、行き止まり……。
「……いいかげん。出られても良さそうですが」
青い床に、汗が滴る。
コアラは行き止まりに辿り着くたびに大きくなり、今やリトリーと同じかそれより大きかった。
歩く速度が下がる。大きくなれば当然、重さも増える。
さらに、この自分を取り囲む青色も気が滅入る原因だった。
「出られる、なんてことはない。お前は自分が歩き続ければ、ゴールにいつか辿り着けると思ってる。だけど、そんなことはない。ゴールせずに死んでいく人間がほとんどだ」
そう語るのは、かつてはあんなに可愛かったコアラだった。
コアラは大きくなるほど語彙が増え、語る内容もリアルになり、より絶望に寄り添い、声色も厳しく低くなっていった。
「ずいぶん、饒舌ですね……」
リトリーは立ち止まり、膝に手をつく。――――そこも、行き止まりだった。
「ほらね」
そうコアラが笑った直後――――ズンッとさらに重くなる。
「さあ、諦めろ。お前がこうしていることに、意味などない」
コアラの声色がひどく歪む。それは、子供の声から、変声期で歪めたように不自然に低い声色となった。
「……諦める?」
「そうだ。お前にできることは、祈るだけだ。期待するだけだ。仲間が助けに来てくれるかもしれないという、希望に縋るだけだ」
もはや、1歩を踏み出すのに5秒の時間を要するほど、リトリーの足はふらふらで魔力の印すら上手く発現できなかった。
コアラの声はさらに荒々しさを増して、今や怒声や罵声のような一方的に投げつけるだけの痛々しい声となって、リトリーを襲う。
「今のお前に何ができる。まともに力を振るえもしない。頭だって回らない。1歩を踏み出すのに多くの時間を費やし、そのうちにくたばって死ぬ。分かっているんだろう。お前自身の限界を。誤魔化すためにただ歩いているだけだということを」
それでも踏ん張って、1歩……。
「本当にその道で合っているのか?」
歯を食いしばって、1歩…………。
「他の道を選ばなくていいのか?」
もう、リトリーは答えない。
「待っていれば、仲間が助けに来てくれるかもしれないぞ?」
そうしてたどり着いた、その先――――リトリーの瞳に映し出されたのは、またもや行き止まりだった。
「――――選択を間違えたな」
その時、コアラが大きくなってリトリーを押し潰す。リトリーは死んだかのようにすっかり静まり返って、コアラの中に埋もれてしまった。
「人はよく、歩いている道を正解にすればいいと言う。しかし、現実は違う。賢いものは違う道に気づき、選び――――愚か者だけが後に退けなくなって歩き続けるしかなくなるだけだ」
青の世界に散りばめられた魔石が明滅する。もう、コアラは動かなかった。
▼ ▼ ▼ ▼
あれから、どれくらいの時間が過ぎただろう。
ドミノは第2区画に突入していた。順番も、陽華、青シャツ、黄色帽子、緑セーター、赤スカートと変わっていた。
(思ったよりも、神経が削られる……。汗でドミノは張り付くし、視界がぼやけ――――)
その時、陽華は重ねてあったドミノを取ろうとして手を伸ばす。が、その弾みでコツンと1つドミノを殴ってしまい、それが滑り落ちて、立ち並ぶドミノにぶつかった。
パララララララララララララララッ――――小さな力をきっかけに、ドミノが連鎖して倒れていく。
「まずい……!!」
連鎖は陽華の追走よりも早く、ドミノを倒して進んでいく。
「先のドミノを倒して! このままだと止まらない!!」
陽華が叫ぶ。と、ドミノは青シャツの前を通過し、そして黄色帽子に差し掛かる。そこで、陽華の言葉に反応した黄色帽子が進路にあるまだ倒れていないドミノを倒し、連鎖を止めた。
「天井が……!!」
空を見上げる。と、その傍で黄色帽子が「ドミノ……」と呟き、続けて、
「ドミノを……!! まだ倒れていないドミノを手に取ってください!! 地面に倒れなければ、天井は下がらないかもしれません!!」
と、訴えた。
陽華たちは、まだ残っているドミノに向かって一斉に走り出す。
と、3人は天井が下がる前にドミノをいくつか拾えたが、青シャツは振動でよろけ、さらに緑セーターにぶつかり一緒に転んでしまった。
「……57、……58」
みんな、手にドミノを持ちながら天井を眺めていることしかできなかった。
「……61」
そこで、天井の落下が止まった。
しかし、果てしないと思っていた天井は、もうすぐそこまで迫っていた。
「止まった……。一応、意味はあったようですね」
床に散らばるドミノたちを見て、陽華が言った。
しかし、赤スカートは地面にしゃがみ込むと、
「……でも、もう天井はすぐそこに来てる!」
と、モヤのかかった顔を手で押さえた。おそらく、泣いているんだろう。
再び静まり返る、緑の世界。すると、そんな空気を一変するように、青シャツが言った。
「切り替えよう! 嘆いたって、何か変わるわけじゃない。僕たちはあの鐘までドミノを繋がなくちゃならないんだ」
青シャツはそれから赤スカートに歩み寄ると、
「大丈夫。俺たちなら絶対に出来るさ」
と、声をかける。
しかし、そんな姿を見て、陽華は辛らつな言葉を投げかけた。
「くだらない」
「……え?」
その言葉を聞いて、黄色帽子が困惑する。と、さらに、
「くだらないってなんだよ……! ドミノを倒したのはお前だろ!!」
と、緑セーターが陽華の胸ぐらに掴み掛かった。
「そうプログラムされているんですか?」
「あぁ!? 何言ってるか分かんねえよ、お前!」
一触即発のムードになる、2人。
「天井が落ち切っても、死んでしまうのは私だけじゃないですか。と、言っているのですよ」
「あぁ!? 何言ってるか分かんねえよ、お前!」
「一辺倒な返答。やはり、くだらない。こんなものを見せて、どういうつもりなんですか?」
すると、青シャツが駆け寄ってきて、緑セーターを宥める。
「はいはいはい、一旦ストップ。協力しようって言ったばかりだろ?」
そして、青シャツは陽華の肩にポンッと手を置くと「気にせずいこう」と声をかけた。――――しかし、陽華はその手を払うと、
「あなたが人狼ですね」
と、問う。
「え?」
という、3人の困惑が広がる。――――と、次の瞬間、モヤの向こうに覗き見えた青シャツの笑った口角が不機嫌に下がり、人影たち4人はその場にどろっと溶けて消えてしまった。
「……なぜ分かった?」
陽華の後ろに、瀬尾に似た人影が現れる。
「違和感を持ったのは、最初です」
「最初?」
「そもそも、これの目的はドミノを並べることではなく裏切り者を探すことだった。なのに青いシャツの彼は、ドミノを並べることを推奨し続けていた」
「……」
「さらに、1回目の時、緑のセーターの彼がドミノを倒した時、ドミノは彼の手元に向かって倒れていっていた。――――しかし、彼が崩したとするならば、ドミノは彼の手元から端に向かって倒れていっていないとおかしい。その時、最も緑のセーターの男のドミノに近いところで作業をしていたのが、青シャツの彼だった。おそらく、斜め後ろからバレないように息を吹きかけでもしたんでしょう。そして、その時も彼はドミノを続けることを推奨した」
「それだけで、1度きりの解答の機会を……」
「だけじゃないですよ。彼はずっと、ドミノをつなぐことを推奨しても、ドミノが倒れることを防ごうとはしなかった。ついさっき、ドミノを拾い上げた時だって」
「反応できなかったのでは?」
「そうでしょうか。少なくとも赤いスカートを履いていた彼女が『ドミノを手に取って』と叫んだ時、私たちは同時に動き出せていた。その後、彼はわざと振動で転んだふりをして参加しないようにしたようですけど。それも、緑のセーターの彼を巻き込んで」
「……」
「私にとって、人の有り様を証明するのはいつだって言葉ではなく行動です。だから、私は行動するし、その人の行動しか信じない」
「……そうか。行動か」
瀬尾らしき人影は、意味ありげにそう呟く。と、その直後だった。
「なんにせよ、正解を引きました。あなたは一体、こんな青春ごっこを見せて何――――」
陽華がそう言い切るよりも早く、瀬尾らしき人影は渦となって陽華の中に取り込まれていく。
「――――を」
すると、陽華の中には、一人称視点でありながら三人称視点でもあるような、そんな夢の中で体験する感覚に似た映像が流れ込んできた。
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