4-2 緑の世界と真実と
陽華が目を覚ます。
ここは、全てが緑の染まった世界だった。
それも、目立った建物はなく、どこまでも空間が続いているようだった。
「いきなり右に……。一体、何が……」
裾を払って立ち上がる。
「空間変移、あるいは精神攻撃の魔術……? どのみち、魔石の影響でどこかへ取り込まれてしまったようですね」
すると、地面から人影が浮き上がってきた。
「ここは、“緑の世界”。あなたが行うのは、真実を見抜くこと」
その影には、瀬尾らしき面影があった。
確かに瀬尾の声をしていたし、言葉遣いだって瀬尾のようだった。――――が、顔にはクレヨンで雑に塗り潰したような黒い靄がかかっていてはっきりとは見えなかった。
陽華は問答無用で蹴りかかる。しかし、ハイキックを人影の顔面に入れようとしても、それは幽霊を相手にしたように影の体の中を通り抜けて空振るだけだった。
「……無駄か」
どうやら実体ではないようで、瀬尾らしき人影は特にその行為を気にせず語り続ける。
「緑――――それは柔らかな色。草木・水面・木漏れ日・ガラス……。緑は、優しく光を返す。だけど、その優しさが人を苦しめ、傷つけることもある」
人影は、陽華をじっと見つめている。
「あなたには、これから裏切り者を探していただく。回答チャンスは、1度きりだ」
瀬尾がそう言うと、瀬尾らしきの人影の背後にはさらに多くの影が現れる。
それらは皆、シャツやセーター、スカートにパンツとバラバラな格好をしているが、相変わらず顔だけは靄がかかっていてよく見えない。
「裏切り者?」
すると、退いた瀬尾の裏――――そこにあったのは、ドミノだった。そして、ずっと遠くには巨大な鐘が見えた。
「ドミノ……」
足元に散らばるそれを見て呟き、陽華は再び顔を上げる。が、そこにもう瀬尾らしき人影はなかった。
「……魔力が吸われてる。おそらく、ほとんどの魔術が機能しない。どうやら、指示に従う必要がありそうですね」
陽華は、残った影たちを睨むと、グッと拳を作ってみせた。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――とにかく、あそこまでドミノを繋いでいきますか」
緑の世界。
青いシャツの男が、遠くにある鐘を指差して言った。
鐘の近くには大きなドミノも用意されていて、段々式に大きくしていけば小さなドミノの力でもあの鐘を鳴らせるらしい。
すると、赤いスカートの女が「そうね」と同調して、緑のセーターの男が「よぉし!」と気合いを入れ、黄色の帽子の女が「やってやりましょう!」と檄を飛ばした。
「ほら、君も」
そんな様子を側で見ていた陽華に、青シャツが言った。
「え?」
「ほら」
「え、ええ……」
赤スカートにぐいっと手を掴まれると、陽華は困惑のままドミノ並べを始めることになった。
一同は、鐘までの区画を3等分、さらにその区画の1つを5人で均等になるように分けて、各々が作業をしていくことにした。当然、まだ各区画のドミノは千切れていて繋がっていなかった。
陽華、赤スカート、緑セーター。それからU字に折り返して青シャツ、黄色帽子の順で第2区画に繋がるようにドミノを立てていく。床には、あらかじめ並び順を指示するように白い線が引かれていた。
しかし、作業を始めたからといって、そう上手くはいかないのが現実だ。
「あちゃ〜……」
そんな声と共に、パタパタパタッという乾いた音が聞こえてくる。振り返ってみると、どうやらドミノを倒してしまったようだ。ドミノは、緑セーターの手元に向かって倒れていた。
その時――――ズシン、ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
地面が揺れる。その直後、ダンッダンッダンッダンッと、天井は段階的に沈み始める。
すると、沈む際の揺れで、緑セーター以外のドミノも崩れていく。最終的には、すっかり全てのドミノは崩れてしまった。
「34回……」
それが収まると、陽華が呟いた。赤スカートの女が、
「え?」
と、尋ねると、陽華は床に散らばるドミノを見て、
「同じなんですよ。倒れたドミノの数と天井が沈んだ数が……」
と、絶望的な事実をカミングアウトした。
「なら、あれが落ち切る前に鐘を鳴らせってこと……」
「そうです。しかも、倒れたドミノは倒したドミノじゃない」
「どういう意味よ!」
「天井が迫る振動で倒れたドミノも、カウントされてるんです」
「それって……」
「ドミノを繋げば繋ぐほど、不利ということですか?」
黄色帽子が、横から疑問を差し込む。陽華はこくりと頷いた。
「繋げば繋ぐほど、私たちの手にはプレッシャーがのしかかることになります。あの天井に潰される恐怖とここで崩せばドミノが完成しなくなるという緊張が」
「そんなのって……」
すると、しんとした空間に、青シャツが緑セーターの斜め後ろから全体に向かって声をかける。
「――――絶望したって仕方ない! 繋ぐしかないんだ」
そして、
「ともかく、あの鐘を鳴らせば終わるんだ。こいつだってわざとやったわけじゃない。誰か1人を責めれば、次は自分の番なんじゃないかって手が震えて並べられなくなる」
と、続けると、青シャツはみんなを集め、
「俺たちは、今はチームなんだ!」
と、緑セーターの背中を押して円陣を組む。
「そうね。そうよね。やるしかない……!」
すると、赤スカートがそう呟き、黄色帽子もその言葉に頷く。と、それを傍観していた陽華も、赤スカートに背中を押されて半ば無理やり輪に取り込まれ、
「疲れたり集中力が落ちてきたら、その場から離れるようにしよう。時間はいくらだってあるんだ。頑張っていこう」
と、5人は気合いを入れ直した。
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