3-end キラキラ光る
来週、諸事情により更新ありません!
美容師が急に指名を取れるようになった理由として、陽華がスマートフォンに映したのは――――昨夜、茶髪の男が落としていったウィッグだった。
「これは、ウィッグ……?」
「ええ。それも、妙に綺麗に整えられたウィッグです」
「これが、何か?」
「これは、その美容師が落としたものです。昨日、彼は締まり切った店内から1人、姿を現しました。このウィッグとともに。おそらく、遅くまで練習していたのでしょう」
「練習?」
「――――カット用のウィッグなんですよ。これは」
陽華はそう言うと、リトリーの方を振り返った。
「久慈1等、昨日ウィッグを手にした時どんな感想を持ちましたか?」
「やけに、くたびれていると」
「そうなんです。実はウィッグにはいくつか種類がありますが、カット用のウィッグは安価で手に入る分、毛量や毛質が低品質なものが多いんです」
その言葉を聞いて、瀬尾が尋ねる。
「つまり、美容師の落としたそれはカット用ウィッグだったと」
「ええ。実際、彼は人のことを気遣い、考えられる人間でした。――――他の美容師の昼食の時間を取るために聞き込み相手を変わったり、1人黙々と掃除を続けたり、通っていた店が繁盛すると自分が利用できなくなったことを怒るのではなく、それを一緒に喜んだり。そういう努力や性格が、彼の指名を増やしていったのでしょう」
「……そうですか、努力」
瀬尾の顔が少し曇る。と、陽華は仕切り直すようにして、
「さて、続いて占い師ですが。それは昨日、占い師の弟子が黒魔術を使っていないと証言してくれました。実際に私たちが体験しても、怪しいところはありませんでした。――――残るは、この古本屋だけです」
と、言った。
「そうですか、困りましたね……」
しかし、瀬尾はそんな言葉とは裏腹に落ち着いていた。いや、落ち着きすぎていた。
「困る?」
カロが聞くと、
「だって僕、黒魔術なんか使ってませんから」
と、言い切った。
「証拠を示せ、ということですね?」
「まあ、そうですね。もし、あるなら。ほら、ドラマとかで間違ってた犯人を無理やり自白させて逮捕するとかあったじゃないですか……。だから、それに巻き込まれたら嫌だなーって……」
自白する気はない、と言っているようなものだが、しかしもし現行犯で逮捕・連行するなら証拠を示す必要があるのもまたその通りだった。
「確かに、この古本屋に初めて来た時、特別なことは何もなかった。古本屋は清潔で、静かで、お客さんにだって不思議なところはなかった」
「でしょう?」
「ええ。あの日は特別なことは、ありませんでした。そう――――あなたの絵が、買われた以外には」
「……」
「あの日、最後に黒魔術の反応があったのは、古本屋に入って少し経った頃、そして古本屋であなたと出会う少し前でした」
「あ」
そう声を漏らしたカロの頭には、
――――そういえば、あの時。古本屋に入って少し遅れてから腕時計が鳴りましたが、何か変化はありましたか?
と、教会のそばで尋ねてきた陽華の顔が思い浮かぶ。
「つまり、あなたがお客さんに絵を売った時のことです」
「……」
「……骨喰特等、オルゴールを回してくれませんか?」
すると、陽華が不意に言った。カロは、とりあえず言葉通りに従った。そして、元の位置に戻ると、
「やはり、そうですか」
と、リトリーが隣で呟いた。
「どういうことだよ……!」
カロが小声でリトリーに話しかけると、リトリーは絵を見つめたまま、
「あなたは言いましたね。以前、ここでこの絵を見て、初めは光る岩塩の存在に気が付かなかったと」
と、カロに返す。
「え? うん……」
「それは、正しかったんです。気づかなかったのではなく、気づけなかったんですよ。なんせオルゴールを鳴らさなきゃ、あれは光らないんですから」
「光らない?」
しかし、自分で疑問を口にしておきながら、カロは真実に辿り着く。
「……そうか、振動。あれは岩塩じゃなく――――魔石!」
「ええ。魔石の判別方法の応用です」
リトリーは、絵から陽華と瀬尾の方に視線を戻す。すると、陽華が瀬尾に向かって、
「良かったら、今ここで買いましょうか? あなたから、絵を」
と、言った。
「……そりゃあ、ありがたい提案ですが。受け入れられませんね」
瀬尾は天を仰ぎ、長く息を吐く。と、それから、
「知っていますか? 努力が報われない虚しさと、不安と――――絶望を」
と、静かに語り出した。
「別にね、後悔なんてしないんですよ。ただ、ある日、漠然と不安になるんです。このままでいいのかって、好きなことだけしてていいのか、才能なんて本当はないんじゃないか、もっとやり方ややるべきことはないのかって……。矛先はね、過去じゃなく、常に未来に向けられてるんですよ。そりゃそうですよね。過去は過ぎたことだけど、未来はこれからやって来るんですから」
自虐的に笑う瀬尾は、どこか壊れた印象だった。
「好きな人がいてね、でも、やっぱり振られちゃうんですよ。一緒に生きてく未来が見えないって。俺は今だけ抱いていたいのに。でも、やっぱそうはいかないんです。だから、せめて今だけを、好きな人と行ったプラネタリウムも水族館も、夜景も街も、思い出せるように閉じ込めちゃおうって。こんなものまで作ったりしてね」
瀬尾は小箱を手に取ると、まじまじとそれを眺める。
「それから、もう私には絵しかなくて……。絵と未来への不安しかなくて……。いろいろ試しましたよ。デッサンをやり直したり、広告デザインをしてみたり、陶器、フィギュア……。だけど、どれも仕事には繋がらなかった」
すると、そこでようやくリトリーが、
「これは……! 陽華補佐、それは時間稼ぎです!!」
と、足元を這いずっていたキラキラと輝く絵の具に気がつく。――――が、もう遅い。
「でもね、そんなところから救ってくれたのが、この絵の具なんですよ。この絵の具を使い始めて、ようやく絵が売れ始めたんです。――――だから、これだけは譲れないんです。もう、戻るわけにはいかないんです」
「これはまさか、魔術的恍――――」
陽華の驚きも無視して、絵の具を纏いながら瀬尾は真上に跳ねる。
そして、力士のように力強くドンッと地面に両足を着地させた、次の瞬間――――カロは世界が90度回転したようにバランスを崩して、左の壁に叩きつけられた。
▼ ▼ ▼ ▼
警視庁警備局・特殊魔術対策課――――その一角にある、岩手の部屋で黒魔術発生の放送が入る。どうやら、明坂ストリートで黒魔術の反応があったようだ。
すると、岩手は内線を手に取り、
「ボクの隊で対処します」
と、司令室に一報を入れる。そして、そのままスマートフォンを取り出すと、どこかへ電話をかけ、
「ええ。向かってください。場所は、明坂ストリートです」
と、電話先の相手に告げた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
励みになりますので、良いと思ってくださった方は【☆】や【ブックマーク】をポチッとしていただけると嬉しいです!




