3-5 ウィッグ
「確かに占いをされた時、あの石は光っていましたよね」
話を終え、少し離れたところで占い師の弟子を観察する、カロたち4人。
陽華はそう言うと、続けて、
「あの時、器の淵を叩いて見せたあれは……。やはり、魔石の判別方法の応用だと思うのですが……」
と、口にした。
「……確か、ただのガラス石と魔石をどう見分けるには衝撃を与えるんでしたよね。この左腕を作るために魔石を買った時、そう説明されました」
カロが陽華に尋ねると、陽華は頷いて、
「そうすることで、中に込められている魔力が揺れ、少しだけ外に漏れる。まあ、本当に微細なので探知機などには反応しませんが、しかし、我々魔術士はそれを目で見ることができます」
と、答えた。
「あるいは、魔力に対応レンズを通すか、ですね。そうすれば、誰にだって見れるようになる」
すると、リトリーが付け足す。
「……対応レンズ?」
「岩手様が魔石具を作る際、1番初めに研究したのが『魔術の使えない者にどうやって魔力や魔石を見極めさせるか』なんです。その過程で生まれました」
「へえ……。すご」
「少し話は逸れましたが、それを応用して、あの占い師は意図的か偶然か、客に魔石の持つ独特の光を感じさせていたのでしょう。彼女風に言うなら、占いに来るような典型的な人間は魔力や魔術・霊といった類に過敏な精神状態ですからね」
「んで、風を起こして不幸を言い当てあてて……。そりゃ呪いをかけられたってなるわな」
カロとリトリーがそんなことを話していると、不意に美容室の扉が開かれる。
しかし、美容室のガラスの壁にはすでにシャッター代わりの壁紙がかかっていて、営業はしていないようだった。
「あれは……」
すると、そこから姿を現したのは――――昼間に怪しいと話を聞いていた茶髪の男だった。
その時、茶髪の男がブンッとリュックを振り回すようにして、背負う。と、開いていたリュックの隙間から、ドサッと何かが落ちた。
それを駆け寄ってシズクが拾ってみる。その中身は、ビニールに詰められた髪の毛だった。
「か、髪の毛……!?」
それを見たカロはシズクからそれを取り上げ、「ばっちいからそんなもの捨てちゃいなさい!」と、すぐさま地面に投げ捨てる。
そして、地面に落ちた髪の毛の塊を見下しながら言った。
「これって、相手の髪の毛を使った呪い……!?」
困惑する、カロ。すると、それを尻目に、
「よく見てください。これは、ウィッグです」
と、再度リトリーがそれを拾い上げた。
「なんでそんなもの……。どっかに被ってくつもりだったのか?」
「……どうでしょうか。しかし、やけにくたびれていますね」
それは、一見特徴のない綺麗な黒髪をしていた。――――しかし、それを見た時、
「そうですか。そういうことだったんですね」
と、陽華が呟いた。
「何か分かったんですか?」
カロが尋ねる。と、陽華は顔を上げ、その鋭い赤い目で、
「明日、もう一度集合しましょう。――――古本みちくさ堂に」
と、今は閉まっている古本屋の看板を睨んだ。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――話、ですか?」
翌日、古本みちくさ堂。
瀬尾の前にカロたちが並ぶ。
「ええ。この辺りのことについて、聞いて、確かめて欲しいことが」
「なら、ギャラリーの方に行きましょうか。向こうなら、今は誰もいませんし」
そうして、ギャラリーに一歩足を踏み入れ、扉が閉じられた直後――――。
「単刀直入に言います。……あなたが、この明坂ストリートに蔓延する黒魔術の原因ですね」
――――と、陽華が言った。
「黒魔術?」
瀬尾は何も分からないといった表情を陽華に向ける。しかし、その真剣な眼差しを見ると、
「……どうやら、深刻なことのようですね」
と言って、ギャラリーの扉にかけられた『OPEN』の文字を裏返した。
「我々は、警視庁警備局特殊魔術対策課というところからやってきました。“特魔“と呼ばれ、違法な魔術の関わる事件を解決することが目的の機関です」
陽華が身分を明かす中、瀬尾は淡々とカーテンを下ろし、鍵をかけていく。まるで、今日はもう店じまいと言っているようだった。
「魔術……。ってのは、本当にあるんですか?」
すると、陽華よりも先にリトリーが、
「ええ。ありますよ」
と、瀬尾の木箱の作品の1つを《魔術:浮遊》の力で浮かび上がらせてみせた。
「……にわかには信じ難いですが。それで、その特魔が何の用で?」
瀬尾は驚きと困惑と疑いの混じった複雑な表情を浮かべながらも、一応はその力の存在を認めたようだった。
「それに、私がその黒魔術に関わっているというのは、どういう……」
その質問を受けると、陽華は瀬尾をじっと見つめ、語り出した。
「まず初めに私たちはこの地に降り立つと、黒魔術の反応、その痕跡の密集度、反応があった時の状況から、黒魔術を使っている4店舗を候補に挙げました。カフェ、美容室、占い屋――――そして、この古本屋です」
「……なるほど」
「そして、話を聞いていくうちに、それぞれ疑惑があることを知ります」
「なら、うちじゃあないんじゃないですか?」
「……カフェの問題点は、『5月ごろから急に客足が増えたこと』でした。もし、ここが黒魔術を使ったとするなら、きっと商品の中毒性を高めたり、周囲の人間が集まるような範囲魔術をかけるでしょう。しかし、魔力の密度が一定でないことから範囲魔術の線は薄く、さらに商品の中毒性を高める魔術、おそらく《魔術:付与》を使うことになりますが、そんなことはありえない」
「どうして?」
「私たちが、魔力の痕跡がこの明坂ストリートにこんなに漂うまで気がつけなかったのは、微弱すぎる黒魔術を探知できなかったからです。探知できないような不完全な魔術であれば客足はこんなに増えはしないし、逆に魔術として成立しているならここまで気がつかないわけがない」
「……そうなんですね。でも、それならどうして客足が?」
「その理由は、これです」
そう言って陽華が取り出したのは、スマートフォンだった。そして、そこにはカフェのSNSアカウントが映っていた。
「SNS……。まさか、そんなので発信したことで客足が増えたとでも? 日付を見れば、5月以前から投稿してるじゃないですか」
「ええ。ですが、5月以降と以前ではとある投稿に差ができ始めるんです」
「差?」
「それは、男性店員が紹介している投稿と以前から投稿されているメニューや商品、店長の投稿、その『いいね数』です」
陽華は、店長ではない男が映っている投稿とそうではない投稿を比べて見せる。そこには確かに100倍以上の差があった。
「なんで、こんな差が……」
「それは、シンプルです。彼がイケメンで人気だからですよ」
そう言って、陽華は男性店員の投稿を見せた。
確かにコメント欄には、男性店員へ向けた好意的なメッセージが並んでいた。
「でも、それだけで……」
「あなたが言ったのではないですか」
「え?」
「『客は、女性が多いですね』『朝は、特に女子大学生と女子高校生ばっかですよ。今の時間帯はマダムが多いですけど』と」
「……!」
「『男性店員にだけ押されるいいね』『5月』『女性人気』。ここから推察されることは、ただ1つ。それは――――入ってきたのです。上京あるいは大学生活が落ち着き始めてバイトを始めたイケメン店員が!」
陽華の答えに、ギャラリーは静まり返る。一見、外したかに思えた推理は、しかし、どうやら瀬尾の顔を見ればあながち間違いでもないようだった。
「どうですか? まあ、すぐにでも確認の取れることでしょうけど」
「……いえ。そうか、彼が入ったせいだとは、とても気付きませんでした」
陽華は「納得いただけたようですね」と言うと、次に、
「次に美容室ですが、その問題点は『とある美容師が急に指名を取れるようになった』ことでした」
と、続けた。
「しかし、こちらも黒魔術ではありません」
「それも、何か証拠が」
「ええ。それはこちらです」
そう言って、陽華がスマートフォンの画面に映したのは――――昨日のウィッグだった。
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