1-6 事件前夜
まるで椅子に座り、目の前で映像を流されて強制的に見させられているような不思議な感覚の中、子供の頃の思い出が流れてくる。
それは、明らかに夢だった。
まだ、カロが3歳の頃。
大きな公園の中には、おもちゃを取り上げられて、自分より一回り大きい子供たちを追いかけ回す小さな男の子がいた。
「やめて! やめてよ!! お兄ちゃん!」
それは幼い頃にわりと見る、いたずらと意地悪、遊びといじめの境界線のような光景。――――そして、そこに『ミストカウボーイ』の格好をしたカロが現れる。
「おい! お前ら止めろ! 優斗に返してやれ!」
カロが声を張る。と、追いかけられていた子供のうちの一人が応える。
「あ? カロ?」
「可哀想だろ!」
「あのな、こいつが遊びたいってついてきてんだよ。だから、遊んでんの。な?」
そう言って大きな子供たちは、小さな子供――――優斗に話を振る。と、優斗もそれに「う、うん」歯切れ悪く答える。
「敦也君、かっこ悪いぞ!! 弟にそんなことして!!」
しかし、カロはなおも叫ぶ。
「うるせえよ」
すると、大きな子供たちのリーダー――――敦也が、カロに向かって足で砂をかけた。
「うわっぷ!」
「うわっぷだってー!」「うわっぷ! うわっぷ!」
敦也とその取り巻き達が、カロをからかうように物まねをする。だが、カロは砂を振り払うと、
「俺は優斗の親友だ! だから優斗を助ける!! とうっ!」
そう言って、足で砂をかけ返した。――――が、怖かったのはそこからだった。
「――――は?」
怒っている、というのが伝わる声色で敦也が声を漏らす。と、敦也は優斗におもちゃを投げ返して、
「冷めたわ。行こうぜ」
と言って、公園から立ち去った。
「優斗、大丈夫か! もし、またなんかあったら今度は俺にちゃんと言えよ」
「う、うん。ありがとう……」
「おう。俺たち、親友だからな」
そうして優斗と別れた次の日、カロはいつものように『ミストカウボーイ』のシャツを着て公園へやって来る。が、優斗も敦也もその他の大きな子供たちも、いつもの公園には姿を現さなかった。
「……今日は休みか」
そして、それから少し時間が経ち、親とともにおもちゃを買いに行った帰り道のことだった。
「――――いつまで帰ことになるのかしら、おもちゃって」
「まあまあ、子供ってのはいつまでもヒーローが好きなもんだから」
そんな会話をしている両親の後部座席で揺られながら、窓の外を眺めていたカロ。――――しかし、次の瞬間、カロは車の窓に強く頭を打ちつけた。
「ど、どうしたのカロ!?」
カロは、数秒間黙ったままただ窓の外を見つめていた。そして、それから魂を抜かれたように座席に背を預けると、
「何でもない」
とだけ言って、顔を伏せた。
「何だったのかしら……」
「さあ?」
父も母も首をかしげる。その時、父がチラッと確認したバックミラーには、いつもとは違う公園で遊ぶ敦也たちの姿があった。
そして、そこには優斗の姿もあった。
(そうだ。そうやって俺はハブられて……。俺の頭は、周りの奴らよりちょっとだけ子供で……。もう友達なんかいらないやって……)
その日の帰り道、俺たち家族は事故に遭ったんだ。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――どうだ? カロ、左目の調子は」
それは、事故に遭って少し経った頃。
たまの休みに父方の実家に帰っていた時だった。
叔父が新聞を読みながら聞く。
「見えるよ」
カロは、そっけなく答える。
その義眼の赤い瞳いっぱいには、アニメ『ミストカウボーイ』の主人公が飛び回る姿を映し出されていた。
「なら、テレビばっか見てないで遊びにでも行ったらどうだ。ほら、お前の母さんも心配して……」
「いいよ。どうせ、ここには友達いないし……。それに帰っても……」
カロはそう言って口をつぐむ。と、叔父が新聞のとある記事を見せる。
「なあ、カロ。これ読んでみろ」
「え?」
「ここだよ、ここ! ほら、横文字!」
「『チ』『ン』……」
「そう! 『チン子』って書いてあるんだよ!! どうだ!? 面白えだろ!」
そう言って、新聞の一記事を指して、叔父が笑うカロはその時二重に衝撃を受けた。
この世には、横文字というものがあるんだという驚きと、なんてくだらない大人なんだという呆れ。
「ヒュウガさんがいまいちモテない理由、分かった。……なんかガキみたい」
「なっ、ガキにガキと言われるとは……!」
「あと冴えないし」
「ぐっ……!!」
「でも――――」
「あ? でも、なんだ?」
「なんでもない! それより『ミストカウボーイ』が終わったら、今日も魔術教えろよな」
「お、ど、どうした急にやる気になって!? まあ、いいけど……」
いま思えば、叔父は自分のために明るく振る舞ってくれていたんだろう。
それから、カロは日常に面白い文字列を探すようになった。
叔父とも、会えばいろんなものに指を差して、看板も本の中も文字列を探し合った。
それは叔父と別れるまでの、それも時々会うだけの間だったけど、確かな叔父との絆だった。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――ヘックションッッッ!!」
寒さか花粉か、とにかくカロはくしゃみによって夢から現実に引き戻され、身体を起こす。
が、しかし――――部屋に、シズクの姿はなかった。
「あれ、あいつは……」
かわりに、カロは布団を抱えたまま風の通り道を辿っていくと、開いている窓に気がつく。
昨日は、帰ってきてから一度も窓を開けていないはずだった。
カロはとりあえず閉めようと、布団に包まったまま窓に近づく。――――と、その時、窓から大きな影が飛び込んできた。
「ぶっ!!」
カロは布団をクッションにして、後ろに吹き飛ばされ、転がる。
影の正体は、窓枠を使って部屋に飛び込んできた、少女だ――――玉砂シズクだった。
少女は、馬乗りになってカロを見つめる。
カロは、顔にかかった布団を剥ぐと、
「……何してたんだ」
と、尋ねた。すると、少女はハッとして、手を羽のようにバタバタとさせる。
「……鳥? あ、蝶」
コクコクと少女が頷く。と、今度は、両腕を子供が電車ごっこをするときのように脇の下に構え、上下に揺れ出す。
「ん? ああ、追いかけてたのか」
そう言うと、少女はぶんぶんと首を横に振る。まるで弁明するように。
「……いや、いいよ。誤魔化さなくて。ってか、誤魔化すくらいならやるなよ」
カロは呆れたようにそう言うと、窓に近づき、外を見る。
「葉っぱが1枚もないから、景色良かったろ」
と、それから窓を閉め、「んじゃ行くぞ、学校」と制服を手に取った。
学校に着くと教室の雰囲気は相変わらずで、少女をいるものとしてもいないものとしても扱わず、時間は平和に通り過ぎていく。――――が、変化があったのは、昼休みの時だった。
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