3-2 疑惑の人気美容師と人気カフェ
金髪の美容師と交代して、茶髪の男がカロたちの調査の相手をすることになった。
茶髪の男には、黒魔術を使って指名を増やした疑いがあった。
「最近の変化……。いえ、特にこれと言っては……」
金髪の美容師にしたように、同じ質問を茶髪の男にしてみる
しかし、茶髪の男からははっきりとした答えが返ってこず、
「そうですか? 最近は、あなたを指名するお客様が増えたそうで……」
と、リトリーが聞いてみても、
「ああ、そうなんですよ! ありがたいことに。でも、お客様自体は元々多かったですからね。当然、僕以外が目的のお客様もいらっしゃいますよ。僕なんかは、まだまだで……」
と、答えるだけで、特に何も情報は得られなかった。
「……そうだ。じゃあ、カフェについてはどうですか?」
すると、カロが質問を差し込む。
「カフェ、ですか?」
「ええ。向かいにある。実はここにくる前に聞き込みに行こうと思ったんですけど、すぐにオープンしちゃって話を聞けなかったんです。すごい行列だったし」
「……そうでしたか」
茶髪の男は、手がかりを探すように視線を右上にやる。
「そうですね……。2ヶ月くらい前から混み始めたんです。あのカフェ」
「ずいぶん正確に覚えてるんですね」
「はい。それまで通ってましたから、あのカフェ。今は開店前から人がいて、それどころじゃないですけど」
「それまでは、あまり人気じゃなかったんですか?」
「ええ。あの小ささですし、どちらかというと1人1人がまったりできるような、のんびりとした印象でしたよ。カフェというより、喫茶店に近い感じで。今はテイクアウトがほとんどですけど」
すると、リトリーが、
「でも、だとしたら残念でしたね。あなたはコーヒーを買えなくなってしまった」
と、口を挟んだ。しかし、茶髪の男は首を横に振ると、
「店長は潰れるかもって言ってました。だから、嬉しいんです。こんなに賑わっているのは」
と、笑顔で答えた。
▼ ▼ ▼ ▼
場所は打って変わって――――古本屋「古本みちくさ堂」。
「あのカフェ、女性客ばかりですね」
窓の外の行列を眺めながら陽華がそう呟くと、後ろから、
「朝は、特に女子大学生と女子高校生ばっかですよ。今の時間帯はマダムが多いですけど」
と、瀬尾が答えた。
そして、続けて瀬尾は、
「さて、行きましょうか」
と言うと、カロたちを引き連れて店内の隅っこにある扉を開けた。
扉の向こうに広がっていたのは、絵の並べられた空間――――いわゆる”ギャラリー”と呼ばれる小さな展示場に繋がっていた。
「ここが言っていた、絵を売ってる……」
「はい。絵の下に赤い札がついているのが販売済みです。後から発送するまでは、一応作品として展示してるんです」
床も壁も天井も真っ白に染まった綺麗なギャラリーには、現在そこまで人がいないものの、ほとんどの絵にはその赤い札とやらがつけられていた。絵は、猫やライオンや人などの動物画や人物がから、港や野原の風景画まで様々あった。
「発送? あれ、でも昨日は手書きのカードと一緒に渡すって……」
カロが些細な疑問を口にする。と、瀬尾は、
「それは、小さい作品ですね。例えば、これとか」
と言って、小窓のように小さな絵が横に2列になっていくつも並べられたエリアに、カロたちを案内した。
「とはいえ、発送の際にもカードは挟ませていただいてますけどね。やっぱり、嬉しいですから」
すると、その際、瀬尾が腕時計型のデバイスをじっと見つめている陽華に気がつく。そして、
「何か、お急ぎですか?」
と、尋ねた。
「あ、いえ……」
陽華は反応のない腕時計をさっと反対の手で隠すと、
「この絵は、またずいぶんと小さいですね」
と、話を切り替えるように言った。
実際、額縁に入れられていて厚さ自体はあるものの、全体的な幅は葉書より少し大きいくらいのサイズであるその絵を見ると、カロも同じことを思った。
「こういうのは、その場で持って帰りたがる人もいるんです。あとは、何度も来ていてやっと買う人とかだと、準備してきてる人も中にはいたりして……」
瀬尾から絵の説明を受ける、カロたち。
すると、その時――――不意にどこからか音楽が聞こえてきた。
「この音は……?」
そう言ってカロが音の方を振り返ると、そこでは1人の女性が絵を見ていた。
「ああ、オルゴールです。額縁につけてるんです。絵の世界観をもっと広げるために」
すると、瀬尾は小さな絵たちの中から風景画の絵を選択し、おもむろに額縁につけられたオルゴールを回してみせた。
まるで、童話の世界を想起させるような頼りなくけれども美しい音色が、あたりに流れ出す。
その音楽は、より一層そこに描かれた風景を際立たせた。心なしか、絵もキラキラと輝いて見え――――。
「――――この絵、輝いてますね」
その時、リトリーが言った。
「意外だなー……。お前みたいのにも、絵を楽しむ気があったなんて」
「……そうじゃないです」
「照れんなよ」
「そうでもなくて、光ってるんですよ。物理的に」
「へ?」
そう言われて、カロは絵に視線を戻す。と、その赤い瞳の中には、絵に散りばめたキラキラとした光が浮かんできた。
「……まじだ。気づかなかった」
カロが不思議そうに見ていると、瀬尾が補足する。
「それは、岩塩ですね」
「岩塩?」
「昔の絵の具には、宝石を砕いて混ぜて使用したものがあったんです。有名なのは……、フェルメールの『牛乳を注ぐ女』とか。あれの青いドレスには、ラピスラズリを砕いて混ぜてあるんです」
「なんか勿体無いような……」
「日本画なんかにも用いられてて、すごい特別なことってわけじゃないんですよ。で、ここで用いてるのは、その応用。岩塩をわざと大粒で砕くことで、光に反射してキラキラと光るようにしてあるんです。まあ、光の加減とか見る角度とかで光ったり光らなかったりしちゃうんですけど……」
「へえ……」
オルゴールの櫛歯と呼ばれる文字通りかんざしのように細かく分かれた棒状の金属が、それに触れるか触れないかのところで回り続ける点字のようなイボのついたシリンダーに弾かれて音を出している。
額縁のオルゴールはそんな部分が透明になっていて、その様子をシズクは不思議そうに見つめていた。
「他には、こんなのもあるんですよ」
すると、瀬尾がそう言って次に案内したのは、机の上に手乗りサイズより少し大きい立方体の小箱が立ち並ぶエリアだった。
小箱はどれも木造りのいかにもアンテークといった感じで、その縁は金や銀の装飾で彩られていた。
「手にとって覗いてみてください」
「覗く……?」
陽華の問いに、瀬尾は小箱を目に当てる仕草をしてみせる。
「これは……」
その通りに陽華が小箱を手に取ると、レンズのような穴から箱の中が覗けることに気がつく。
そうして覗き込んだ先に広がるのは――――立ち並ぶ人形とそれを取り囲むように四方八方に広がる絵だった。これは、中世の舞踏会だろうか。
続けてカロがそれを手に取ると、箱の中央はガラス細工で作られた金魚の置物があった。
そして、天井にはその金魚を覗き込むようにしている猫の絵が、右には綺麗な水草と小さな金魚たちの絵、奥にはどこまでも透き通るような綺麗な水、左にはメダカや小エビ、そして地面には白砂が敷き詰めてあった。
覗き穴から広がるそれは、まるで箱の中に1つの世界が押し込められてしまったみたいだった。
「……すごい綺麗」
陽華がそう声を漏らすと、瀬尾は嬉しそうに、
「中には、雪だるまだったり猫だったり馬だったり、絵に合わせていろいろな人形を作って閉じ込めたりもするんです。あとは覗き穴じゃなく、一面だけをガラス板にしていつでも覗かなくても見れるようにしたりとか……」
と、語り出した。
まだまだ、説明は続きそうだった。――――が、その時、チーンとベルが鳴る。どうやら、古本屋の方で会計を待つ客がいるようだった。
「あ、戻らなくちゃ」
瀬尾がそう口にすると、陽華は、
「ご協力ありがとうございました」
と、頭を下げる。
そのやり取りの端では、リトリーがじっと壁に並べられた絵画を見つめ、
「オルゴールにも、反応はなし」
と、呟いた。
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