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3-1 ミサ

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


「――――ああ、それで昨日は慌てて出て行ったんですか。その古本屋の店主は」


 リトリーが納得したように言う。


 古本屋の店主に会った翌日、朝。

 カロたちは店主のアドバイス通り、ミサの行われる教会の近くに来ていた。


「んで、ここがそうなんだけど……」


 トラックが目の前を通って細道を抜けると、教会が見えてくる。

 空には讃美歌が立ち昇り、賑やかだがお淑やかで、神聖だが柔らかいという静かな宴とも言えるような独特な雰囲気をしていた。


「……そういえば、あの時。古本屋に入って少し遅れてから腕時計が鳴りましたが、何か変化はありましたか?」


 陽華は、そんな教会を眺めながら何気なく尋ねる。しかし、カロたちはその質問に、


「えっと、俺たちは古本を物色してて……」


 と、答え、リトリーも、


「外も特に変化はありませんでした」


 と、手掛かりらしい手がかりは見つからなかった。


 やがて、1時間も経たないうちにそれが終わって解散の流れになると、カロたちは敷地に足を踏み入れる。教会の開けたところでは、修道士の格好をしたいわゆるシスターや神父と呼ばれる人たちがバスケットを配っていた。


「昨日の古本屋の……」


 陽華がそう呟きながら横を通り抜けていく子供のバスケットを横目で見ると、そこにはお菓子やパンが入っていた。


「――――おっ、来ましたね」


 すると、不意に声をかけられるカロたち。声の主は、バスケットを手にぶら下げている古本屋の店主だった。


「どうも。……そういえば、まだお名前をお聞きしていませんでしたね」


 陽華が挨拶をすると、店主はしまったといったように口を開け、それから、


「そうでした、そうでした! 改めて、古本みちくさ堂の店主をしております――――瀬尾(せお)未来(みらい)と申します」


 と、名乗った。


「こう言う言い方であっているかわかりませんが、盛況ですね。このミサは……」


「ええ。明坂ストリート(じゅう)の人が来てるんです。もちろん、強制じゃありませんが、明坂ストリートができる前にあった商店街の人とか、あたりの住人とか」


「そんなに地域に根付いてるんですね……」


「いえ、こうして人が来るようになったのはここ1・2年のことですよ」


「そうなんですか?」


「ま、そのあたりが気になるなら、ここの人に直接聞いてみてください」


 そんな会話をしていると、


「あら、瀬尾さん。お連れの方?」


 と、シズターの1人が話しかけてくる。歳は陽華と同じか、それより若かった。


「ああ、えっと……」


 どこまで身元を明かしていいのか迷って、瀬尾は陽華の方を見る。と、陽華は瀬尾に変わって、


「近くを通っていたら、綺麗な讃美歌が聞こえてきて。気になって近寄ってみたんです」


 と、説明した。


「わあ! 嬉しい! そうでしたか。聖歌隊の皆さんも喜びます」


「バスケットなんて素敵なものまでもらえて、賑やかなのも頷けます。なんでも、ここ1年で通う人が増えてきたとか」


「……ええ、そうなんです」


 シスターは嬉しそうに教会から出ていく人たちを眺める。と、それから すると、シスターは思いさしたように胸の前で手を合わせ、


「あ、そうだ。よろしかったら、バスケット貰っていってください。後ろの人たちも、ね?」


 と、カロたちに言った。

 


   ▼ ▼ ▼ ▼



 店の準備がある瀬尾と別れて、陽華たちは教会の内部へと足を踏み入れる。


 中は一般的な教会と変わらず、祭壇に向かって行儀よくベンチが並び、ステンドグラスが陽光を神聖なものにしていた。


「はい、どうぞ」


 渡されたバスケットを開いてみる。

 中には、入り口で見たようにビニールに包まれたクッキーやパンが入っていた。


「いつもミサの時には、これを用意して?」


「ええ。水曜日と日曜日に。今日のミサは簡易的ですが、日曜日のミサはもっと長いですよ。気が向いたら覗きに来てみてください」


「その度に、これを?」


 そう言って、陽華はバスケットを持ち上げる。それを見ると、シスターは頷いた。


「野暮な話かもしれませんが、すごいコストになりそうですね……。これだけの人だと」


「いえ、そんなこともありませんよ。このクッキーやパンは、うちで作られていますから」


「作られている……?」


「ついてきてください」


 そう言うと、シズターは外に出てそれから離れの建物を指差した。


「あの、赤い屋根の建物が見えますか? あそこです」


 その言葉を聞いて、カロ、シズク、リトリーの3人が鼻をすんすんと鳴らす。


「……確かに、いい匂いがする」


 カロがそう呟くと、シスターが、


「あそこ、B型事業所なんです」


 と、建物を見つめて言った。


「いわゆる、障害者を雇用する……」


 陽華がそう尋ねると、シズターは頷く。


「普段はあそこで作られたものは、明坂ストリートの一角で売ってるんです。だけど、こうして目の前で誰かが喜んで受け取って、食べて、そう言うところを見られた働いてる人たちも嬉しいんじゃないかなって。それで、ミサで配り始めたんです」


「人気になった理由も、これが?」


 すると、シスターは胸の前で両手を振って否定し、


「違います、違います。確かにそれもあるかもしれませんけど、それはまた別で……」


「別?」


「うちの教会は、地域貢献活動において企業と提携してるんです。例えば、こっちが保育園の数が足りていないといえば、出資してくれたりとか。こっちが問題点を提示して、企業側がお金や解決してみたいな形で。そのおかげで、ずいぶん保育園や福祉施設なんかも増えたんですよ」


「それだけ聞くと、太っ腹に聞こえますね」


「あ、でもでも。それで向こうも福祉支援だったり地域貢献活動をしているって言う実績になるので、ウィンウィンなんです。一応」


「なんでまた、この教会と……」


「確か、小学校にボランティア活動に行った時だったかな。シスター長が声をかけられたらしいですよ? その企業の方に。それで、福祉事業や地域貢献活動に力を入れたいのでそれに見合う街を探してたとか、このあたりは子供が多いのに整備が行き届いてないとか言われて、みたいな……。まあ、又聞きなんで定かではないですけど」


「……そうですか」


 すると、リトリーが、


「ずいぶん殊勝な方なんですね」


 と、口を挟む。そして、


「そろそろ行きましょう。聞き込みの時間がなくなってしまいます」


 と、耳打ちすると、陽華は了承し、


「これ、ありがたくいただいていきますね」


 と、その場を後にした。



   ▼ ▼ ▼ ▼



「あ、すんません。今日、オープン午後からなんすよ」


 透明なガラス扉を開けて美容室に入ると、金髪に強めのパーマを当てサイドを刈っている美容師が言った。

 その美容師は、前髪を眉毛よりも上で整えていて、(やわ)い男というよりはやんちゃな男の印象を与えてきた。その言葉遣いも、より拍車をかけていた。


 そんな美容師の前に、陽華は警察手帳を掲げて見せる。と、美容師はごくりと唾を飲み込んだ。


「――――最近の変化っすか?」


 陽華たちの姿を見られて変な噂が立ってはいけないと、バックヤードのようなところで話をすることになった、カロたち。


「うーん、なんだろ……」


 美容師が考え込む。と、辺りを見回してから、リトリーが、


「……今日はこれで全員なんですか? 美容師は」


 と、尋ねた。


「ん? ああ、いや、先輩たちは外に飯に……。と言っても、ミサのせいで空いてるところは限られてますけど。んで、俺と店内にいるもう1人の美容師は新人だから、開店前の準備も兼ねてこの控え室で飯っす」


 そう言われてバックヤードの扉から、店内を覗いてみる。


 やんちゃな見た目の美容師の言う通り、店内には椅子を拭き、床を掃く男がいた。

 その男は、やんちゃん美容師とは裏腹に、茶色の髪をシンプルな6:4分けで整えており、清潔な印象をカロたちに持たせた。


「あ」


 その時、やんちゃな見た目の美容師がそう声を漏らす。と、扉を閉めてから、小声で言った。


「そういえば、あいつ急に指名が取れるようになったんすよ」


 カロたちが耳を傾けると、美容師は神妙な顔で語り出す。


「俺とあいつ、同じ専門学校だったんです。で、そこで定期的に試験があるんですけど、あいつは追試とか最下位かギリギリ合格ばっかで……。それが急に、休み取れなくらい指名が入るようになって。絶対、おかしいっすよ」


「最下位が、急に人気美容師に。確かにおかしいですね」


 すると、リトリーが同意したその時、ガチャッと扉が開いて噂の相手――――茶髪の男が姿を現した。


「カズ、もう飯食った?」


 茶髪の男は調査に協力していた美容師にそう聞きながら、カロたちに軽く会釈をする。


「いや、まだだけど……」


「じゃあ、食べちゃいなよ」


 茶髪の男はそう言うと、続けてカロたちに、


「あの、俺たちお昼食べる時間が今しかなくて。なんで、もし大丈夫だったら、事情聴取の相手って俺が代わっちゃダメですかね?」


 と、尋ねた。



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