2-6 アジャラカモクレン
女性から占い師の呪いの噂を聞き、とりあえず占い師に話を聞くことにした一行。
すると、声をかけるなり、
「あなた、あまり人を信じていないねえ……」
そう、占い師がリトリーの顔を見て言った。
「どうだい? 当たってるだろう?」
「何です? この失礼なババアは」
「おいって」
リトリーのやり返すような失礼な発言に、カロが突っ込む。
「私たちは、公安の者です。先ほど、ここで占われそうになった女性が、あなたに呪いをかけられたと言っていたのですが。そのことで、お話をお聞きしたく……」
そんなやり取りを差し置いて、陽華がいきなり本題に入ろうとする。
しかし、占い師は、
「聞くより、実際に受けてみた方が早いんじゃないかねえ……」
と、怪しく笑い、それから「ほら、お姉さん」と陽華に席につくように促した。
「あなた、兄弟か姉妹は?」
「います。妹が」
「でしょうねえ。しかも、長女? 少なくとも、下に1人はいるはず」
「……ええ」
次々と身の上を言い当てていく占い師に、少し引き気味になる陽華。
「さて、何を占いましょうかねぇ。と言っても、過去より未来の方が見るのは得意ですよ」
「……なら、やはり未来について」
「良いことばかりじゃないよ」
「ええ、構いません」
陽華がそう答えると、水の入った小さな器を3つ机の上に並べ、それから透明な石を懐から取り出した。
(――――! 魔石のカケラ……!!)
“魔石“、その存在自体は珍しいものではなかった。
実際、カロの左腕にも左眼にも、それは使われている。つまりは、カロでも入手できるレベルの代物ということだ。
ただし、それを魔石として扱えるかという問題は、また別だった。一般人からしてみれば、それはただの綺麗なガラス石にしか見えなかった。
しかし、老婆が懐から取り出した魔石をそれぞれの器に落とし、横に避けてあった小さな木の杖でその淵を叩いた時だった。
淵から広がる波紋に応えるように、透明だった魔石が淡く幻想的な光を放ち始める。そして、以前に陽華が魔術を使った時に発生したのと同じような風が、あたりをふわっと包んだ。
「あんた、この石に不思議な未浴を感じているね」
「この石は……」
「みなまで言わなくていい。さ、そうしているうちに、あなたの未来が見えてきたよ」
すると、占い師は杖を横に置き、1つ目の器の上に手を掲げる。
「……家族とは、最近話しているかい?」
「え?」
「……」
「……いえ、一緒に暮らしているわけではないので。支障もないですし」
「そうだろう、そうだろう。だが、そのままでは近い将来、あんたはもっと早くから家族と話しておけば良かったと後悔することになるだろうねえ……」
「それは、身内に不幸があるということですか?」
「そうなのか……。あるいは、もうすでに起きているのか……。心当たりはないかい?」
「いえ……」
しかし、一度は否定するものの、陽華は目を伏せると、
「ないことも、ないですが……」
と、こぼした。
「まあ、何にせよ。今のうちに話しておくことだねぇ……」
続けて、占い師は真ん中に置かれた器の上に手をスライドさせる。
「……しかし、良いこともあるようだよ。報われる、そう出てるね」
「報われる?」
「恋か、仕事か。献身か、努力か。ともかく、あんたが意図してか意図せずか積み重ねてきたものが、報われるようだ」
「でも、確か良いことは当たらないんでしたよね」
「アッヒャッヒャ、どこで聞いたんだい?」
「さっきの女性客ですよ」
「そうか、あの小娘が。……いいかね、お姉さん。人はね、誰しもポジティブなことよりネガティブなことを覚えているものさ。ま、忘れられるよりはずっといいがね。それに占いは当たるも八卦当たらぬも八卦さ」
最後に、占い師は残された器の上に手をかざす。と、
「おおっ、これは何ともタイムリーな話だ」
と、言った。
「タイムリー……?」
「ああ。お姉さんの持っている武器、身に起きた出来事、情報、それから憤り、疑問、直感……。それら全てを、どう使うかは――――いや、それら全てにどう使われるかは、お姉さん次第だと出たよ」
「と、言いますと……」
「さあね、あたしゃお姉さんじゃないから詳しくは分からないが、あんたはいま帰路にいるってことだね。何になるも、ならないも、何を得るも、失うも、全てはあんた次第だってことだね……」
「何も得るも、失うも……」
「どうやら、大きな流れの中にいるようだね……。そんなお姉ちゃんには、こんな呪文を授けよう」
「……!」
「アジャラカモクレン・テケレッツのぱぁっ!!」
パンパンッ、占い師は陽華の前で2度腕を叩く。――――と、その時、先ほどと同じような風が、陽華の黒い髪を再びふわりと浮かばせた。
「今のは……」
陽華がそう問うと、
「古来より伝わる、死神を祓う魔法の言葉さ」
と、占い師はまた怪しく笑った。
▼ ▼ ▼ ▼
陽華の占いが終わると、それからリトリー、
「あんたは大切なものを失うねぇ」
「そうですか」
カロ、
「どうしようもないことに直面するねえ」
「はぁ……。なんか、アバウトな……」
シズク、
「むむっ、不思議なオーラ……。あんたは、ちゃんと想いを言葉にすることだねえ。大切な人たちは、いつもいつまでもそばにいてくれるとは限らないよ」
「……」
と、一通り占いを受けていく。
そして、決まってその最後には「アジャラカモクレン・テケレッツのぱ」と、2度手を叩かれた。
「――――どう思いますか?」
占い屋から離れたところで、陽華が聞いた。
「うーん……。あの占い師が杖で器を叩いた時、風を感じたんだよなぁ……。あと独特の気持ち悪さとか……」
カロが「な?」と同意を求めると、シズクもそれに頷く。すると、横からリトリーが、
「予想するに、これだけ黒魔術の痕跡がストリート中に漂っていて、さらに密集する箇所があるということは――――何らかの形で黒魔術をかけられた人間が、この密集地点にある4店舗のどれかから出てきて、そこから各々の目的地に向かって四方に歩き出したのだと思います」
と、放射状に広がる魔力の痕跡を眺めながら言った。
「黒魔術をかける…… なら、やっぱり占い屋?」
カロの言葉に首を振る、リトリー。
「別に物にだって――――例えば、コーヒーの入ったカップにまじないに似た呪いをかけることはできますし、魅了の魔術をかければ切った髪型を魅力的に見せることも自分にかければ指名を増やすことだってできます。つまり、この箇所にある4店舗が候補です」
リトリーの言葉に、陽華が補足を入れる。
「おそらく、ここまで魔力の痕跡でいっぱいになるまで黒魔術の反応が出なかったのは、黒魔術自体が微弱すぎたから。けれど、それが密集しすぎて、今になって探知機に反応していると思われます」
「そうか! あ、だけど……。さっきの黒魔術の反応があった時も、4店舗全てにアクションがあった……」
「それに、もしかすると《魔術:強化》を目にかけても見えないほど、使われている黒魔術は微細なものなのかもしれません」
すると、陽華はため息を吐きながら、
「……どうやら、地道に調査するしかなさそうですね」
と、明坂ストリートに立ち並ぶ4店舗を見つめた。
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