2-5 明坂ストリート
「――――黒魔術の発生源は、明坂ストリート。商店街を再開発して作られた商業施設の立ち並ぶ大通りで、老若男女問わず客足が途絶えない場所です」
車のモニターを通じて解説をする、オペレーター。
それを、陽華が運転席、リトリーが助手席、カロとシズクが後部座席に座って聞いていた。
「ってか、他の人が対応しないんですか? 他の岩手隊の人とかでも……」
ふと、疑問に思ったことをカロが聞く。と、それに陽華が答える。
「いえ、私たちの隊の魔術士は、岩手隊長を含めてこの4人しかいませんから」
「へ?」
「総数は多いんですが、そのほとんどが魔石具を使わなくては戦えない部隊なんです。岩手隊自体が特殊な成り立ちの外部参入ですから、人材もいません」
「はぁ……」
「さらに、魔石具隊は1等魔術士以上が監督・指示をしなくてはなりません。だから、岩手隊長は禁書調査の方についているんです」
すると、カロのイマイチ納得いかないと言った態度に、陽華は付け加える。
「……しかし、今回の事件が禁書に関係ないとは言えませんよ」
「え?」
「禁書が現れる時、そこには、誰かの大きく育った欲望がある。禁書に手を伸ばしてしまうほどの絶望か渇望か。そういう意味では、黒魔術に縋らざるをえないほどの欲望を抱えている人間は、その時点で他より1歩、禁書に近づいてしまっているのです。だからこそ、いずれ禁書に至りかねない芽を摘むのも、特魔の大切な役割なのです。そうして、いつか禁書と巡り会うことだって……」
「……」
頭に禁書を覚醒させ酷く歪んだ魔力を纏った叔父の姿が思い浮かんできて、カロは思わず目を伏せる。と、その時、隣でスマホをいじっているリトリーの姿が目に入った。
「……おい、お前聞いたのかよ」
「聞いてますよ。黒魔術の発生源は、明坂ストリート。黒魔術師を潰すのは、禁書の目をつぶすため。そして――――そうしていくことで、いつか禁書の関わる事件と接触できるかもしれないから、でしょう?」
さらりと要約してみせるリトリーに、カロは顔をムッとさせた。
▼ ▼ ▼ ▼
「黒魔術の細かい発生地点までは分かりません。ですので、実際に行って調査します。私か、久慈1等のデバイスであれば、近くで反応があったかどうかは分かるでしょう?」
陽華が腕時計のようなデバイスを指し示して、言う。
降り立ったそこは、煉瓦造りの道に白やガラスを基調とした建物が立ち並ぶ――――明坂ストリート、その入り口だった。
「……とは言ったものの、未だ反応はありませんね」
「で、どうするんです。リトリーは、黒魔術の痕跡を辿るのがいいと思いますけど」
すると、カロが聞いた。
「どうやるんだよ、それ」
「? 目に《魔術:強化》をかければ、見えるようになるでしょう」
「……? 目に……、《魔術:強化》……」
「本気ですか、この人。魔力も見えないのに魔術士だなんて、さすが元黒魔術師」
「なっ……! うっせえ! すぐできるようになるわ!!」
リトリーに煽られて、「ふぬぬぬッ……!!」と力を入れて魔力を目に集めようとする、カロ。
それに対して、リトリーは顔の横で人差し指をピンと伸ばし、「見えますか?」と問いかける。おそらく、指先に魔力で何かをしているのだろう。――――が、何も見えない。
すると、リトリーがカロを嘲笑するのと同時に、シズクが頭突きをかましてきた。
「カロ、陽華、行っちゃう」
そう言われて振り返ると、確かに陽華は腕時計のようなデバイスをチラチラと見ながら、もう随分と明坂ストリートの中へと進んでいってしまっていた。
「漂い過ぎていますね」
カロたちが追いつくと、陽華が言った。
「え?」
「魔力の痕跡ですよ。この通り中を漂っている」
カロには見えないが、陽華が言うからにはそうなんだろう。
すると、陽華は手を伸ばし、
「密集しているのは、あのあたりです」
と、続けた。――――その時だった。
ピピピッと、小鳥の囀りのように腕時計が鳴いた。
「――――反応が」
陽華の言葉と共に、カロが顔を上げる。と、リトリーが、
「あの古本屋から、客が1人。美容室からも1名、客が出てきました。カフェは順番待ちの列にさらに客が3名ほど増え――――占いの客は今、声を荒げて立ち上がりました」
リトリーが指摘した出来事のあった店は、どれもその魔力が密集していると陽華が言ったあたりに店を構えていた。
「……! こいつ、どこまで見て……」
すると、そんなカロの驚きを切り裂くように、占いの客が、
「もういい!」
と言って、その場を立ち去った。
「――――捕まえましょう」
陽華が言うと、カロたちは頷いた。
▼ ▼ ▼ ▼
「だ・か・ら! 先週、ここで占われたことが的中したの!」
カロたちは、黒魔術の反応があった近くの占い屋から、立ち去る女性を引き止めて話を聞いていた。
「予言が的中するなら、良さそうに思えますけどね……」
陽華が呟く。と、女性はぐいっと詰め寄って、
「あのねえ、あの占い師が当てたのは不幸ばっかなのぉ!」
と、言った。
「不幸?」
「あたしねぇ、免許の再試験があったのぉ。で、ママにお金出してもらってるしぃ、受かんなきゃって感じだったんだけどぉ。そのこと話したらここで受からないとか言われちゃってぇ」
陽華が聞くと、女性はペラペラと語り出す。
「しかも、頼んでないのに寝坊するとか彼氏と揉めるとかまで勝手に占ってきて、もうまじ最悪!! しかも、全部当たってるし!! 絶対、占う時に呪いかけたんだよ!! そのせいで、また来週再試受けなきゃだしぃ〜……」
「呪い……」
「だってさ、いいことでも悪いことでも当たるってなったら評判になるでしょぉ? 人によっては、嫌なことが起こるってわかったら気をつけようって思うだろうしぃ……。だから、きっと占いで言ったことが起こるように呪いをかけて……。だから、まあ、文句言いに行ったわけ! わざと呪いかけたっしょって! そしたら、あの占い師、また私の未来勝手に占われそうになったからまじ最悪!!」
「それで、怒鳴って逃げてきた、と」
陽華の言葉に女性は頷くと、続けて警告する。
「アジャラカモクレン、気をつけなよぉ〜……」
「アジャラカモクレン……?」
「呪いの言葉! 占いの最後に必ずそれ言うの! そんで、手を2回パンパンッて。絶対呪いの言葉だよぉ……」
怯えた様子を見せる、女性。――――その時、女性の耳につけていたデバイスが鳴った。カロの叔父もつけていた、三日月型の次世代スマートフォンだ。
女性はそれに気づくと、躊躇なく電話に出る。と、次の瞬間には、
「やっほ〜。え、今から? うん、空いてる空いてる。映画? 家で? いいよぉ〜」
と、猫撫で声になる。そして、電話を切ると、カロたちに、
「もういい? 今から彼氏が家に来るから帰らなきゃだから。ってことで、バイなら〜」
と、言い残し、足早にどこかへと消えていってしまった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
励みになりますので、良いと思ってくださった方は【☆】や【ブックマーク】をポチッとしていただけると嬉しいです!




