2-3 玉砂シズクのすすめ
結局、シズクを救う瞬間に《魔術:浮遊》自体は発現できたものの、コップの中のスーパーボールを浮かす訓練に戻ると、上手くいかず、カロは根負けしてフーッと息を吐いた。
ポコンッ――――そんな後頭部に、スーパーボールが当たる。投げたのは、リトリーだった。
カロが無視すると、ポコンポコンッと続けてスーパーボールが飛んでくる。
「……ッ! いい加減にしろッ!!」
「悔しいなら、さっさと成功させてリトリーを殴ったらどうですか」
「じゃあ、訓練の邪魔すんじゃねえ!!」
そんなこんなでカロとリトリーが追いかけっこをしていると、
「……方針を変えて、彼女を浮かせてみてはどうでしょう」
と、陽華が唐突に提案した。
「彼女?」
カロが立ち止まると、陽華はシズクに目をやって、
「例えば、高い高いとか……」
と、小さく呟いた。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――どうですか? 飛ばせそうですか?」
陽華が問う。と、目の前では、カロがシズクを子供をあやすように宙に投げ、
「一応、《魔術:強化》で身体能力は上げてるんで、上に飛ばすのは余裕っすけど……」
と、落ちてきたシズクを受け止めてみせた。
「じゃあ、次は《魔術:浮遊》を使って、もっと高く飛ばしてみてください」
そんな陽華のリクエストに応えるように、カロは今度は目一杯上に飛ばしてみる。――――と、それは一般の高い高いよりも、はるかに上の高度まで達した。
しかし、シズクの体は《魔術:浮遊》の力で宙に不自然に留まることはなく、ある高さまで到達するとすぐにストンと落ちてきてしまう。
そして、ただただ「おぉ〜」とシズクが子供のように目を丸くするだけだった。
「……イメージ力、なんでしょうか」
休憩時間。
汗を拭うカロを遠くで見つめながら、陽華が呟いた。
あれから何回、何十回とシズクを頭上に飛ばしてみても、一向に《魔術:強化》以上の高さに達することはなかった。
「リトリー的には、イメージしたからってその通りにできる器用なタイプには見えませんがねぇ……」
すると、リトリーはいまさらになって、
「というか、これ、合ってるんです? 訓練方法として」
と、陽華に聞いた。
「分かりません。ただ……」
「ただ?」
「誰かのためにやった方が、できるようになることもありますから」
意味ありげに呟く、陽華。
視線の先では「よっしゃ、もういっちょだ!」と、カロが気合を入れ直す。
しかし、何度やってもカロがシズクはカロに向かって落ちてくるばかりで、挙句の果てには受け止めるのをミスし、ぐしゃあと崩れ落ちる有様だった。
「……できないんじゃないですか?」
リトリーはそう言うと、
「おそらく、彼に必要なのは自由ではなく“不自由”。挑戦ではなく“危機”。岩手様の言う通りに仕上げるならば、多少の損失を被ろうとも問題ありません」
と、続ける。
「――――彼女を上手く使え、ということですか」
陽華には、岩手のかつての言葉が重くのしかかる。
「ええ。こんなやり方では、彼の力は目覚めません。かくなる上は、山にでも連れて行って突き落とすんですよ、あの人形を。そうすれば、あの錠をつけられた彼は玉砂シズクを救うために《魔術:浮遊》を発現するかもしれない」
「……そのようですね。残念ですが、彼は彼女を楽しませようとするより、彼女が危機に瀕した方が……」
「ええ。――――余計なことは捨てるべきです」
しかし、その時、
「……そうか」
と、カロが呟く。そして、シズクを宙に放り投げた。
「カロ、もっと高く」
シズクが、宙で手をばたつかせる。そう――――宙で、手をばたつかせているのだ。
「高く、はないですけど……」
「リトリーの目には、確かに止まって見えますね。空中で」
それから10数秒、ドサッとカロにシズクが降りかかる。と、カロは顔を上げて、
「で、できてましたよね!?」
と、陽華に言った。
「え、ええ。でも、どうやっていきなり……」
すると、カロはにやりと笑って、
「久慈1等|のおかげですよ」
と、言った。
「リトリーのおかげ……?」
リトリーが尋ねる。と、カロはさらに得意げになって、
「余計なことを捨てたんですよ、なんか成功させなきゃとか、いつまで続くんだとか。いつだって成功してきた時は、それで一杯一杯だった。でも、それじゃあ無理です。魔術は心と結びついてるらしいし」
「……何度も魔術を使用し続けたことによって、体力的にも魔力的にも余裕がなくなっていたのも功を奏したというわけですか」
すると、カロはずいっとリトリーに迫り、
「アドバイスどうも、久慈一等」
と、胸を張った。
それを見てリトリーが「……ふん」と鼻で笑うと、カロはスーパーボールを指差して、
「見たか、この野郎……ッ!! すぐにあのスーパーボールを浮かして、お前をぶん殴ってやるからな」
と、言ってみせた。
▼ ▼ ▼ ▼
それからの2日間は、《魔術:浮遊》の練習尽くし。
コツを掴んだカロは、シズクをもっとずっと長く浮かせられるようになると、ちょっとずつ他のものも動かせるようになっていった。そして――――。
「ふのののののの……ッ!!」
そう踏ん張りながら、コップの上で両手を鷲掴みの形にして向かい合わせる、カロ。その手の中心には、スーパーボールが浮かんでいた。
「成功、ですね……」
側から見ていた陽華が呟く。と、カロは額に脂汗を浮かべながら、
「どうだ……!! やってやったぞ、コラァ……ッ!!」
と、リトリーを見た。
すると、陽華の隣に立っていたリトリーは、何も言わないままカロに歩み寄って、じーっとカロの顔を眺める。そして、
「な、何だよ……」
そう、カロが言った――――次の瞬間だった。
リトリーは、鞘に収めたままの刀で、
「ここもここもここも……」
と、唐突にカロの体を叩いて、指摘していく。そして、その最後にカロのおでこをコツンと突くと、
「ついでに、顔も。無駄な力が多いですね」
と、後ろに転んだカロを見下した。
「……てめえ。約束忘れてねえだろうな」
カロは怒りで変に歪んだ笑いを浮かべながら、リトリーの前に立つ。しかし、リトリーは一向に済ました顔で、
「ええ、もちろん。リトリーの顔に向かって、拳を振るう権利を差し上げますよ」
と、言ってみせた。
カロは「いい覚悟だ」と《魔術:強化》を拳に付与する。――――しかし、その拳を振るった瞬間だった。
「……ただし、リトリーの顔を捉えられるならね」
と言って、リトリーはヒョイッとその拳を交わした。
カロが空振ると、リトリーは、
「どうしました? 早く殴ってみせてください」
と、さらに煽ってみせる。すると、カロはいよいよ我慢ならないといった感じで、
「こいつ……!」
と、拳を握る力をより一層強める。
「後悔すんなよ!!」
カロは拳を振るっていき、リトリーはそれを飄々と交わしていく。
永遠に続く、カロのラッシュ。決着はカロの体力が尽きるだけかと思われた――――が、しかし。
「おいおい、逃げ切れると思ったか。えぇ……!? 久慈1等魔術士様よぉ……!!」
ドンッ――――リトリーの背中に、固い何かが当たる。それは壁だった。
「……殴らせているように見せかけて、相手を狙った場所に誘導。頭を使いましたね」
「この後に及んで……!!」
すると、カロは《魔術:強化》を唱える。そして、
「お前は、1回ッ――――俺とシズクに謝りやがれ!!」
と、リトリーに向かって、思い切り拳を振るった。
しかし、その瞬間――――目の前からリトリーが消えた。
「へ?」
と、次にリトリーの声が聞こえてきたのは、自分の頭上からだった。
「いいえ――――頭を使ったのは、このリトリーです」
拳が、リトリーの背後にあった壁とぶつかる。と、カロの拳は轟音を上げ、軽々とその壁にヒビを入れてみせた。
「え……。これって……」
カロが困惑のまま見上げると、そこにあったのは陽華と初めて会った日にカロがヒビすら入れられなかった、あの鉄塊であった。しかし今、その鉄塊には、カロの拳がめり込んでいた。
「これで、《魔術:強化》も仕上がりましたね。あとは、《魔術:障壁》だけです」
すると、カロの背後でリトリーが言った。
「こいつ……!!」
カロは驚きと怒りと、そして少しの底知れなさに対する少しの恐怖が入り混じった何とも言えない表情になる。と、時を同じくして、
「全ては、計算通りだというのですか……」
と、それを傍観していた陽華も、その赤い瞳でリトリーをじっと見つめていた。
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