2-2 ぶつかる
「――――こうするんです」
そう言った次の瞬間、リトリーが腰元の刀を抜いて――――シズクに切り掛かった。
しかし――――その刀は、シズクの喉元に届く寸前で止まる。
「ほら、魔力量が跳ね上がった」
ギチッと軋む音がする。リトリーが刀のほうを見ると、刀にはカロのムチが纏わりついていた。
「……ッ、何すんだ……ッ! てめえ……ッ!!」
「教えたんですよ、手っ取り早く。魔術は、自分の感情と共鳴することで強くなるし、感情に従わせれば思い通りによく動く。あなたであれば、玉砂シズクを守るという『愛』に従うことが、こうして最も効果的に効率的に強力に魔術を使えるというわけです」
リトリーは、刀を納める。
青い瞳は、相変わらず何を考えているかは分からなかった。
だが一方で、はっきりとしていることもある。
(……俺は、多少悪意や殺意に敏感になった。だから、分かる。――――こいつの今の攻撃は、寸止めじゃねえ。100の殺意だった)
カロはリトリーを睨むが、リトリーはカロを見ようともしない。陽華もそれを咎めることはなく、代わりに、
「まずは以前も言った通り、実践を通して先の4大基礎魔術を使えるようにします。そして、次に自分の『生得魔術』を見つけ、伸ばす」
と、淡々と目標の説明を始めた。
「せ、生得魔術……?」
また知らない単語が出てきて、カロが尋ねると、
「その人の根本的な願望や性格、性質と結びついた魔術。つまりは、固有の魔術のようなものです。魔術の色は、そのきっかけを探すのに役立つことが多いですね」
と、陽華が解説する。
「へぇ、必殺技みたいな……」
「基本的には、基礎魔術や初級魔術の中に得意なものや自分だけの特殊な性質が発現することが多く、それを使い続けることで解釈を独自に拡げ、書き換えていくことで『生得魔術』となります」
「……じゃあ、あのアザミ1等のハンマーとか」
「あれも、そうですね。元は基礎魔術の《魔術:強化》でしたが、そこから初級魔術の発火魔術を身につけたことで、ただの殴りが爆発した拳へと進化し……。最終的には、ああなりました」
発火魔術と聞くと、カロは眼帯の少女と対峙した時に食らった猫騙しのような目眩しの火花を思い出した。
「説明はその辺にして、実践に入りましょう。リトリー、説明は飽きました」
不意に手を挙げて、リトリーがそう提案する。と、陽華もそれに納得して、
「……そうですね。では、まずは4大基礎魔術を身につけましょう」
と、カロに2対1組のブレスレットを渡した。それは鎖で繋がっていないおかげで、かろうじて手錠ではないと言えるものだった。
「これは……?」
すると、リトリーが、
「本来は黒魔術で犯罪を犯した者を確保する時につける、魔術の使用を制限するで錠です。今回は、基礎魔術以外は使えないようにしてあります」
と、言って、ガシャンッと許可をとる間もなくカロの手首にそれをつけた。
「あ。あなたも、黒魔術師でしたね。手錠、お似合いです」
「な、な、何なんだ! お前、さっきから……!!」
先ほどからつかみどころのない、しかし常に煽ってくるような態度にカロは憤りを覚える。すると、そんなカロの顔を見て、リトリーが言った。
「……どうです。賭けでもしませんか?」
「賭け?」
「あなたが、この3日間のうちに自力で《魔術:浮遊》を発現できたなら、リトリーの顔に向かって拳を振う権利を差し上げます」
「つまり、てめえを殴っていいってことだなぁ……!? 舐めやがって……!!」
「構いません。できるなら」
「やってやるよ、コラァッ!! 俺は、生まれてこの方、望んで人を殴ったことはねえだ――――お前は、別だ!!」
2人の間でぶつかる火花が、激しくなっていく。と、陽華は、
「……では、《魔術:浮遊》の訓練に移りましょうか」
と、呆れ混じりに言った。
▼ ▼ ▼ ▼
《魔術:浮遊》の訓練。
レベル1=スーパーボールを浮かしてみよう。
……と、いうことで、カロの前にはコップの中の水に浮かぶスーパーボールが、置かれていた。
「これは……?」
「スーパーボールです」
「……いや、見れば分かりますって」
「なら、浮かせてみてください。もちろん、《魔術:浮遊》で」
「って言っても、コツとかは……」
「……そうですね。水と浮遊の間に魔力を滑り込ませる感じ、でしょうか。呪文は分かりますね?」
カロの疑問に、やや自信無さげに陽華が答える。すると、カロはコップに向き直って、じっとコップの中のスーパーボールを見つめた。
「……スーピンクス、スピンクス。浮かび上がれ、《魔術:浮遊》」
カロが、そう口にする。しかし、透明な水の上に浮かぶスーパーボールはこちらを見つめるばかりで、ピクリとも動いてくれない。
「もっと、意志を込めるんです。具体的にどう動いてほしいかって……」
「……具体的に」
それから体勢を変えてみたり、陽華の補助を受けてみたりするも、《魔術:浮遊》の兆候はいっさい見えなかった。
「あー! できねえ!!」
訓練を始めて1時間。カロが、演習場の床に寝っ転がる。
すると、その片隅で体育座りをしながら、スーパーボールをランダムに跳ねさせては自分に当たる直前で《魔術:浮遊》でビタ止めをするという遊びをしていたリトリーに向かって、
「コツはありますか? 久慈1等」
と、陽華が尋ねた。
「……簡単です」
リトリーはゆっくりと立ち上がると、それから目の前でピタッと止めたスーパーボールを手に取り、カロのおでこに投げつけた。
「――――いってッ!! 何すんだッ!!」
すると、カロがそれをリトリーに向かって投げ返す。――――が、その時、リトリーは腰の剣を手に取ると、スーパーボールをシズクに向かって弾き返した。
「危なっ……!」
そう言いかけて、カロは魔術のムチを出そうとする。――――しかし、伸ばした手の先で揺れる腕輪を見て、思い出した。
――――今回は、基礎魔術以外は使えないようにしてあります。
カロは、怒りを噛み締める。
「……ッ、そういうことかよ」
すると、もう一度拳を握り直して、
「スーピンクス、スピンクス――――届けッ! 《魔術:浮遊》ッ!!」
と、手を開いた。
ポン……、ポン、ポンポンポポンッ……。
スーパーボールが、地面に落ちる。と、次に、
「シズク! 大丈夫か!」
と、カロが駆け寄った。
シズクはカロに、「うん。……球、早かった」と答える。しかし、シズクのおでこには何も異変はなく、足もその場から1歩も動いてはいなかった。
「ほらね、一瞬だけどできたじゃないですか」
すると、冷めた目でリトリーが言った。
「忘れることなかれ、あなたの根源は愛です」
カロは、そんなリトリーを睨む。
「……ますます、お前を殴ってやりたいよ」
「今のは、リトリーのアシストです。早く、自力で習得してみせてください。骨喰加那太」
「ああ。その時が、楽しみだ」
先ほどよりも軋轢を深めていく、2人。そんな2人のやりとりを眺めていた陽華の頭には、
――――あの人形をうまく使いなさい。
という、岩手の声が響いた。
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