1-5 初仕事
現場へと向かう車の中、カロは陽華と2人きりだった。当然、運転は陽華が担当していた。
「これから向かう現場の対象は、特魔のデータベースに登録された魔力ではありません。つまり、最近黒魔術の力に目覚めた人間、素人である可能性が高いです」
「なるほど」
「しかし、一方で特魔の魔力検知に引っかかるということは、一定以上の力を持った魔術を使用している可能性が高いです。弱すぎる黒魔術や魔石具を用いた現象を検知することは、特魔にはできませんから」
「……なるほど」
カロの相槌が下手だからか、陽華がそもそも無口だからか、会話はそこで途切れて車内にはしんとした空気が広がる。
(きっっっっっっまず……!! 何か、話題は……)
すると、その時、
――――あなたの任務は『岩手紫衣羽の調査及び、禁書《盲信》の捜査』です。
という総司令の言葉が、カロの頭に浮かびがってきた。
「……そういえば、岩手隊長ってどんな人なんですか?」
カロの問いに、陽華は少し間を開けて答える。
「クラゲ大樹を生み、日本の向こう100年を救った英雄。政府からの評価も高く、さらに魔石具と身体面では優秀な非魔術士を特魔に持ち込んだ人。特魔の理念には反していても、そういう面では隊を持つにふさわしい人です」
「えっと、そうじゃなくてもっと内面的な……。というか、個人的な……?」
「……」
そう問いかけると、陽華のハンドルを握る手がぎゅっと閉まる。そして、陽華は一言、
「……妖怪」
と、言った。
「え?」
「超結果主義の妖怪。腹の底が見えなくて、合理的で、結果主義」
その時、カロにはその言葉の意味が分からなかった。――――が、次の事件の後で、カロは嫌でもそれを実感することとなった。
▼ ▼ ▼ ▼
現場に着く。と、陽華はカロに、
「先ほど、対象は素人である可能性が高いと言いましたね?」
と、尋ね、続けて、
「そこで、私から1つ。その対象を、あなた1人で追い詰めてください。一般人を殺さず、あなたも死ななければ何をしても構いません」
と、告げた。
「……え?」
「あなたの実戦での実力を見定めます。もしかしたら、魔術的恍惚感にだって入ることができるかもしれませんから」
「一定以上の力を持った魔術を使用している可能性が高いのに……?」
陽華の赤い瞳はそんなカロの疑問を無視し真っ直ぐ前を見つめ、その足はスタスタとマンションに向かって歩き出す。
「えぇー……」
カロは車の前で立ち尽くしたまま、引き攣った顔でその後ろ姿を見つめていた。
公安の権限でマンションの入り口を押し入り、2人はすぐに犯人の人間と思われる部屋の前まで到達する。と、チャイムを鳴らして、返事を待った。
しかし、何も返ってこないのでノックもしてみる。だが同じように、中からは物音ひとつ聞こえてこなかった。
「開かないなら開けてしまいましょう」
陽華が言った。
「え? そんなこと魔術で、できるんですか?」
「反解錠魔術も仕掛けられていませんから」
「へえ、そんな魔術が……。でも、それって仕掛けられてても、使用者より魔力が強い奴が来たら簡単に泥棒できちゃうんじゃ……」
「それは無理です。初めに魔術というものを作った者が、半解錠魔術に解錠魔術をぶつけたら、解錠魔術を使用した者が魔術を1週間も使えなくなるような仕組みにしたので。ついでに、錠も開かないままで。まあそれでも、やり方はありますけど」
そんなことを話していると、カチャッと小さな音を立てて扉が開く。そして、扉を静かに開けると、
「それじゃあ、頼みましたよ」
と、陽華はカロに道を譲った。
顔では嫌だと言いながらも、カロはとりあえず中に入って、部屋の中を見回しながら歩き回ってみる。
部屋の中は、廊下にキッチンと水回りの部屋がまとめてあって、突き当たりには簡易的なスライド扉で区切られた1つの部屋があった。
そして、その扉の向こうからは、
「……魔よ、彼女を呪い殺したまえ」
と、何やら不穏な言葉がぶつぶつと聞こえてくる。
カロは一度躊躇しながらも、その扉を思い切って開く。と、そこにいたのは――――お札の置かれた六芒星の中心。皿の上で燃えるどこかの誰かに似せて作られた女型の蝋人形に向かって、一心に目を瞑る眼帯をした少女だった。
「――――へ?」
振り向くと、少女は大きなTシャツ1つだけを着て太ももを大きく露出した格好をしていることが分かった。
カロは、そのせいで思わず目を逸らす。――――と、次の瞬間、
「きゃあああああああッ!! 泥棒ッ!! 変態ッ!! 変質者ッ!!」
と、少女が叫んだ。
少女は混乱のまま、燃える蝋人形を皿ごとカロに投げる。と、カロはそれを咄嗟に《魔蜘蛛古城》で形成した網で捕まえると、そのまま洗面台に叩きつけた。
「火事になったら、危ねえだろ! それと、俺は特魔だ!!」
その単語を聞いた瞬間、少女の表情が変わる。
「特魔……!?」
すると、次の瞬間――――少女は、部屋の隅にあった小柄な女性が抱えて持てるくらいの大きさのクマのぬいぐるみを手に取り、カロの顔にぶつけた。
「おわっ……!?」
カロは視界が塞がれ、真っ暗になる。
その一瞬の隙をついて、少女はカロの横をすり抜けて廊下に出て、扉に駆け寄った。が、しかし――――。
「――――《魔蜘蛛の糸》ッ!!」
と、カロは少女よりも何倍も速い速度でムチを飛ばすと、扉の取手に巻き付けて、
「舐めんなッ!」
と、少女が扉を開けられないように先回りして、逃げ道を塞いだ。
「……ッ!」
扉を押そうとするも、力に負けてぴくりとも動かせない少女。すると、少女は次に、
「クマさん!」
と、叫んだ。
すると、その呼び声に応えるように、カロにのしかかっていたクマがゴワゴワと暴れ出す。それはカロに危害を加えるというわけではなかったが、とにかく宙を這いずるように動き回ってカロの邪魔をした。
「おわっ! おわわわっ!!」
その動きにカロが気を取られていると、少女はいつの間にかカロの顔の前まで迫っていた。そして、猫騙しをするように、バチンッと1つ手を叩く。
その手が弾けた瞬間――――カロの目の前で小さな花火が爆発する。それは、カロの目をくらませるには十分だった。
「ありがとう、クマさん!」
少女はそれからクマにキスをして抱きかかえると、先ほどまで自分のいた部屋の窓を開けた。
「なんで、特魔が……!!」
ここは、マンションの一室。それも、3階。飛び降りるには勇気がいた。しかし、
「――――ええい、ままよ!!」
そう言って、少女は次の瞬間――――窓から地上に向かって飛び降りた。
「はぁああああッ!?」
遅れて、カロが窓の下を覗く。
と、少女はアパート沿いに停めてあったボックスカーの屋根に、何とか着地していた。ボックスカーの高さが2メートルだとしても、4メートルくらいはあっただろう。
「追い詰めたと思ったでしょ!! ざまあみろ!」
カロに向かってベッと舌を出すと、それから少女は「じゃあね~」と言って、住宅街の中へと逃げ込もうとした。
「――――《魔蜘蛛古城》ッ!!」
しかし、直後――――ズシンッ――――と、逃げる少女の後ろで何かが落ちてきたような鈍い音がする。
少女が、ギギギッと錆びついた機械のように首を回して振り返る。と、そこにいたのは――――。
「「待っ……!! ……てや、こらァ……ッ!!」
――――と、ぎらついた目つきで自分を睨む、自分を追ってきたカロの姿だった。
「な、なんなのよぉ!!」
そこに、少女を挟んで反対側から革靴の音が聞こえてくる。
「――――追い詰めたと思った。のではなく、あなたは追い詰められています」
少女は、進行方向に向き直る。と、そこには赤い瞳に黒い髪を靡かせたやけにスタイルの良いスーツ姿の似合う女――――陽華が立っていた。
そこからの顛末は、プロローグに綴った通りだった。少女はナイフを取り出し、それを陽華が容赦なく制圧した。
「しかし、よく飛び降りましたね。その度胸は、お見事です。――――骨喰特等魔術士」
少女を制圧すると、陽華が言った。陽華は妹と同じく、人の限界点を知っているのかこういう状況になれているのか、気絶させた対象に淡々と手錠をかけていく。
「は、はぁ……。一応、糸魔術をクッションに使いましたし、何より飛び降りるのは慣れてるもんで」
カロが、その様を見つめながら引き攣った表情で答える。
「とはいえ、取り逃がしかけたので0点です」
すると、陽華はすくっと立ち上がって、カロにそう告げる。その冷たい視線に、カロは苦笑することしかできなかった。
「では、さっさと本部に戻りましょうか」
陽華が、そう言って本部に連絡を入れようとする。――――が、その時だった。
「――――本部へは、ボクが連絡を入れました。そのうち回収に来るでしょう」
そんな声が、カロと陽華の耳に届いた。
「お見事です。その程度の相手であれば、問題ありませんね。もっとも、陽華補佐もいることですし」
カロが顔を上げる。と、そこにいたのは――――岩手だった。
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