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1-4 魔術的恍惚感

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 次の瞬間――――陽華は、鉄塊に拳をめり込ませてみせた。


「えぇ……」


 カロは、困惑をそのまま口から漏らす。

 鉄塊には、陽華の拳を中心にして四方八方にヒビが広がっていた。


「思い切りやってもらって大丈夫です。鉄塊が駄目になっても、申請すればすぐに補充してもらえますから」

 

 鉄塊の前から陽華が退いて、砕けていない鉄の面の前に立たされる、カロ。

 じっと見つめる陽華の瞳が、無言の圧をかけてくる。


 カロの視線は「本当にやるんですか?」と確認するように、何度も鉄塊と陽華を行き来する。

 が、やがて諦めたように肩を落とすと、鉄塊を見上げ、


(砕けないでくれよ……! 俺の拳……!!)


 と、拳に《魔術:強化》と願いをこめながら、


「……ッ、ぅおおおおおおおおおおおおおらぁッ!!」


 と、鉄塊を殴ってみた。


 ガチンッ――――固いもの同士が当たる音が響いて、それからあたりがしんとする。


 と、次の瞬間――――痺れが拳の先から、カロの体の中を駆け抜けていった。


「……いっ、たぁあああああッ!! 砕けッ、砕けたッ……!! 拳が――――」 


 途端に、蜂の羽ばたきのように騒がしく腕をブンブンと振り、地面をのたうと回り始める、カロ。


「――――よく見てください。砕けてませんよ。代わりに、鉄塊も砕けてませんけど」


 すると、陽華がひどく冷静な態度でその手を取って、保冷剤を押し当てた。


「準備良いっすね……。分かってたんですか、砕けないだろうって」


「これは、本当は()()()()の出番になると思ってましたよ」


「もっと後って……。どんな特訓するつもりだったんだ……」


「聞いたところによると、《魔術:障壁(しょうへき)》と《魔術:浮遊(ふゆう)》はできないんだとか。なら、次は《魔術:付与(ふよ)》ですね」


 そう言って、陽華は何もない空間に手を伸ばす。と、どこからともなくコップと水の入ったペットボトルが飛んで来て、その手に収まった。それはまさに、ハンドパワーだった。


「まずは基礎ですね。どうぞ」


 陽華が、カロにペットボトルを手渡す。


「1段階目は単縦な命令式。ペットボトルの蓋に回転運動を付与させてみてください」


「回転運動?」


「勝手に蓋が回って外れるようにするんです」


 その説明を受けて、カロはペットボトル見つめると、


「……《魔術:付与》」


 と、口にした。


 数秒後、ペットボトルの蓋が動き始め、やがて蓋が外れる。と、演習場の水色の地面にペットボトルの蓋が落ちた。その様子を見て、陽華が頷く。おそらく、1つ目の試験は合格したのだろう。


「では、次は連鎖命令式ですね」


「連鎖?」


「たとえば、水を注いで」


 そうカロが尋ねると、陽華はコップに水を注ぎ始める。そして――――。


「――――握り潰す」


 と、空になったペットボトルを握りつぶした。


「つまり、2個以上の命令を1回で与えるということです。さ、《魔術:付与》で、ペットボトルを元に戻して、それからもう一度捻り潰してみてください」


 陽華は、握りつぶしたままのペットボトルをカロに渡す。カロは言われた通り、先ほどと同じように《魔術:付与》をペットボトルに与えてみせた。


 しかし、ペットボトルは魔術の力で元の円柱型には戻るものの、そこから再度捻り潰されたりはしなかった。


「……なるほど。《魔術:付与》の当面の課題は、連鎖命令式のようですね」


「ち、ちなみに2段階目って言ってましたけど、段階はどこまであるので……?」


「……では、お見せしましょう」


 そう言うと、陽華は、


「どこか、見える範囲で適当なところに置いてきてください」


 と、カロにコップを渡した。


 カロははてなマークを浮かべながらも、陽華から5メートルほど離れたところにコップを置くと、陽華の元に戻ってくる。


「《魔術:付与》の段階は、全部で4つ。3段階目は、秒数指定。4段階目は、《魔術:浮遊》と《魔術:付与》を組み合わせて、命令式を対象に飛ばすこと」


 そう語りながら、スッと陽華はコップに向かって徐に手を伸ばす。


 そして、陽華の黒い髪がふわっと舞い上がったかと思うと、陽華の手の先からコップに向かって、黄色の魔力が飛び出した。


 飛んで言った魔力が、コップ取り込まれる。――――が、何も起こらない。カロがそう思った、直後だった。


 コップから水が吹き上がり、それからコップが弾けた。


「全部組み合わせると、付与を飛ばして、3秒後に水を噴き上げ、それからコップを割る。なんてこともできます」


「こ、これ、みんなできるんですか……?」


「2段階目まではできます。私は基礎の中だと《魔術:付与》が1番得意だから、こうして4段階目まで出来るだけです。だから、あなたには2段階目を目指してもらいます」


「連鎖命令式に、秒数指定に、命令式を飛ばすかよ……」


 その様子を眺めながら、陽華は淡々と語る。一方で、カロはその凄さに引いていた。しかし、その会話の途中でカロは、


「あ!」


 と、声を上げると、徐に腕を前に伸ばし、陽華と同じようにコップに向かって手を伸ばしてみた。

 しかし、カロの魔力は腕に纏いつくも、腕からコップに向かって飛び出たりはしなかった。


「あれっ? くそっ……!」


「どうしたのですか?」


「ああ、いや……。禁書魔術と戦ってた時は、糸魔術を飛ばすことができたんです。それで、地面から糸魔術を生やして、ヒュウガさんを――――いや、敵を拘束したりして……」


「……その時は、どんな状況でしたか?」


「確か、あの時は……」


「――――《魔蜘蛛姫ノ綴織(グランギニョル)》」


 すると、いつの間にか後ろに来ていたシズクが、カロの耳元で呟いた。


「おわっ! シズク!?」


「あの時、カロ、《魔蜘蛛姫ノ綴織》を発動してた」


「《魔蜘蛛姫ノ綴織》……。骨喰特等、いま発動できますか?」


 そう陽華に問いかけられて、カロは自分の体に向き直る。しかし、


(どうやってやるんだ……? どうやってやったんだ……?)


 と、カロはもうあの時の感覚をすっかり忘れていて、錆びたブリキのようにぎこちなく動かしてポーズを変えたり足を曲げたり背を曲げたり、どうすれば《魔蜘蛛姫ノ綴織》が発動するのかを一から探るはめになった。


「彼は……、何をしているのですか?」


「……?」


 その様を冷めた目で見つめる陽華に尋ねられても、シズクさえよく分からないので首を傾げる。

 そして、納得の行く姿勢など見当たらなかったのか。結局、カロは地面に真っ直ぐと立つと、手を前に掲げて、


「《魔蜘蛛姫ノ綴織》――――」


 と、唱えた。


「――――ッ!」


 次の瞬間――――カロはよろめいて、膝をつく。と、同時に、シズクも同じようにその場に膝をついた。


「……だ、駄目だ。出来る気がしねえ」


 地面に落ちる、汗。カロは、全く手応えのないその心情を素直に呟く。

 すると、そんなカロに陽華は、


「……もしかしたら、その時は“魔術的恍惚感(ビヨンド)“と、呼ばれる状態になっていたのかもしれません」


 と、告げた。


「魔術的恍惚感……?」


「いわゆる、陸上におけるランナーズ・ハイやスポーツにおけるゾーンと呼ばれるものの魔術版で、感情が一気に高まったり魔力を一気に得たりすることで、一時的に身の丈以上の魔術を使えるようになることがあるのです。そういう魔術士は魔力量や使える魔術の波が激しく、捜査だったりや結界を張るなどの継続的な作業には向きませんが、一方で実戦では期待以上の実力を発揮することもあります」


「実戦……」


 カロの脳内には、禁書《支配(ヴァ―テル)》の力で覚醒し、黒く歪んだ見た目になった叔父の姿が浮かんでくる。

 無意識に見つめた先には、あの戦闘で叔父の操る影に千切られた自身の左手があった。今はもう痛みを感じない、土人形の左手が。


『――――明坂区1―16―2で、詳細不明の魔術反応を確認。岩手隊は出動してください』


 その時、演習場に冷静な出動命令の声が響き渡った。すると、陽華は演習場に備え付けられた無線で、


「私と骨喰特等で対応します」


 と、どこかに連絡を入れ、それから、


「行きましょう」


 と、カロに告げた。


「カロ、私はどうする?」


 カロは突然のことでただただ演習場を後にする陽華の後ろ姿を見たままでいると、視界の端からシズクが顔をじっと覗き込んできた。


「……ちょっと行ってくる。部屋で待っててくれ」


 カロはそう言って見つめていた左手をシズクの頭にポンと乗せると、陽華の後に続いた。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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