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1-3 スパイになれ、と言われましても

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 時は少し戻って、カロが総司令と対峙していたすぐ後のこと。


「――――スパイになれ、ですか?」


 そう、カロが総司令に尋ねた。


「そうです。そのために、岩手(いわて)紫衣羽(しえば)という人物の率いる隊に入っていただきたい」


 カロは、総司令からタオルを受け取る。その時、


「5年前まで、地球の海面上昇が進んでいたのはご存知ですね?」


 と、総司令が添えた。


「……え? ええ。まあ、地理の授業でもやったし、その時に起きた地震も、まあ何となく覚えてます」


「以前まで、我々人類は地球から拒絶されるように住む土地を失っていっていた。これは、日本だけでなく世界における長年の問題でした」


「それを解決したのが――――“クラゲ大樹“ですよね?」


「その通り。そして、それを持ち込んだのが、岩手紫衣羽。その人なのですよ」


「はぁ……。なら、良い人なんじゃ……」


 そのカロの言葉に、総司令は首を横に振る。


「岩手紫衣羽は、海水でも育つ巨大な木“クラゲ大樹”を、魔石の力を利用して生み出しました。そして、魔石で日本を丸ごと保存すると、その地下深くで大量のクラゲ大樹を魔力で急成長させることで大地を底上げ――――国をそのまま海に浮かべた。そして、今、こうして私たちは何不自由なく大地の上で暮らしている。……いや、大地の上とは言えないかもしれませんが」


「……やっぱり、良い人ですね」


「しかし、不思議に思いませんか?」


「不思議?」


「果たして一介の魔術師に、そんなことができるでしょうか。答えは、否。魔石の力を利用したって、特魔のどの魔術士にだってそんなことできやしません。……それも追放された一族であるなら、なおさら」


「追放された一族……?」


灯篭守部(とうろうもりべ)――――かつて、太平の世が訪れた江戸の時代。人々は国同士の争いを終え、戦場を合戦から色恋や富、名声へと移しました。すると、豊かになった人の心には歪が生まれる。あなたもご存じなのではないですか?」


「え?」


「悪霊、あるいは妖怪と呼ばれる類のものです」


 その言葉を聞くと、カロの頭の中には、つぎはぎの悪霊や悪霊に心を乗っ取られた人々、そして叔父の姿が浮かんでくる。


「我々はそんな世に蔓延る闇を影として払い、暮らしていた。彼らは、その時に違反をしたのです。とても大切な、特魔の理念に」


「特魔の、理念?」


「『何者も利用せず、何者にも利用されず』。我々は魔術を使って群衆をコントロールするでもなく、力を誇示するでもなく、ただひっそりと暮らせればよかったのです。そうでなくてはならないのです」


 そう語る赤木の声が、重みを持ち始める。


「でなければ――――”魔女狩り”、なんて目にも、遭ってしまう。ご存じでしょう? ヨーロッパ各所で起きた、あの大量虐殺を」


 その目は、冷たく鋭かった。


「今だって、政府は岩手を利用して、魔術士そのものを核の代わりに軍事利用しようとしている。ろくなことなど、ありません。しかし、江戸の時代、岩手の一族は幕府に気に入られようと、さらに力と富と名声を求めた。ゆえに、灯篭守部内で内紛が起きた。我々は辛くも勝利し――――」


「――――その、岩手の一族は追放されたと」


 カロの言葉に、総司令は頷く。


「……とにかく、彼はクラゲ大樹の実績を提げて、政府の推薦のもとこの特魔に加入した。が、しかし、私たちは疑っているのですよ。彼が――――岩手紫衣羽が、()()を持っているのではないかと」


「――――ッ!」


「そこで、禁書に対処。……いえ、禁書を打ち倒したことがあるあなたを、味方にしようと決めたのです。幸い、あなたを特魔に加入させようとしたのは、彼自身でしたから何ら疑問なく、彼の元にあなたを送れます」


「ちょ、ちょっと待ってください! あれは、たまたまで……!!」


「――――断る権利はありませんよ」


「へ?」


「あなたには、玉砂シズクという存在がいる。協力しないのであれば、私は黒魔術師という存在を許す気はない。今ここで監視指示を撤回し、あなたと玉砂シズクを殺すように仕向けることだって可能です。君にはもう、彼女しか残っていないでしょう?」


「なっ……! そんなの……!!」


 カロはその冷たい総司令の表情を見ると、それを言葉にはできなくなる。が、心の中では、


(ず、ずりぃ……! 実質、選択肢がないようなもんじゃねえか……!!)


 と、それが()()であることをちゃんと認識していた。


「……こんな言い方になってしまって申し訳ない、という気持ちはあるんですよ。ただ、悔しいですが内部の人間よりも、手綱の握れる外部の人間の方が信用できるというのもまた事実。あなたに絶対に裏切れない理由を以ってして、協力していただくしかないのです」


 ため息を吐く総司令を見て、カロは心の中で、


(……ため息を吐きてえのは、こっちだよ)


 と、毒づく。


 しかし、総司令はそんな心境もいざ知らず、


「禁書の名は《盲信(アイポニー)》。その効果は――――“そのものが存在するかを問わず、望んだ物を産み出すことができる”というもの」


 と、続ける。そして、最後に、


「あなたの任務は『岩手紫衣羽の調査及び、禁書《盲信》の捜査』です。この夏休みの間に、何とか手掛かりだけでも掴んでください。で、なければ――――」


 そう言って、シズクを見つめた。



   ▼ ▼ ▼ ▼



「おはようございます。骨喰特等」


 午前8時、演習場。


「改めまして、私は赤木陽華(ようか)。岩手隊隊長補佐を務めています。よろしくお願いします」


 感情の読み取れない無愛想な表情で、陽華が言った。

 黒い髪が靡く。陽華は、裾が短く動きやすそうなパンツスタイルのスーツ姿をしていた。


 一方で、その赤い瞳に映るカロは、学校指定の黒のジャージを着ていた。その姿は、陽華の対照的な大人っぽさも相まって、まるで職業体験に来た中学生のようだった。


「あ、骨喰加那太です。よろしくお願いします。……ところで、他の隊員の皆さんは」


「常勤の者は皆、出動しているか、上で控えていますよ。ここには、私と骨喰特等。そして――――」


 陽華は、離れたところにおいてあるベンチに目をやる。


「――――玉砂シズクだけです」


 そこには、シズクがいた。シズクは、呑気にこちらに向かって手を振っていた。


「すでに聞いていると思いますが、我々岩手隊の任務は『禁書調査』です」


 そんなことを無視して、陽華は説明を始める。


「禁書については、ご存じですか?」


「あ、いえ。1つも」


「なら、一から説明しましょう。まず禁書とは、この世界に存在する7つの悪魔を封じ込めたとされている魔導書のことです」


「7つの悪魔?」


「”支配(ヴァーテル)”、”依存(キュルソン)”、”虚栄(ヴァイオレット)”、”嫉妬”(サラ)、”臆病(サンズ)”、”盲信(アイポニー)”、”無情(チャリオット)”。――――これらは、禁書の存在と共に、特魔を含む世界中の魔術組織を統括している”正魔術(せいまじゅつ)協会(きょうかい)”の新約聖典に悪魔として記されていました。禁書の名は彼らから取ってつけられたのです」


「なんか、壮大な……」


「危険なものと認識できていれば構いません。とにかく、私たちはこの日本にあるとされているそれを回収しなくてはなりません」


 その説明を聞きながら、カロは特魔の狙いについて考えを巡らせる。


(禁書所持の疑いがある岩手隊長に禁書の調査を命じることで、実質的に成果が上げられないようにしてるのか? 成果を上げるには、()()()()()()()()()()を差し出さなきゃならないってわけで……)


 一筋縄ではいかなそうなこの案件に、カロはどうしたものかと頭を悩ませていると、そんなカロに陽華が言った。


「――――ですが、今はあいにく有力な手掛かりがあらず、調査は膠着状態なのです」


 カロはそれに気のない返事をする。


「はぁ……」


 すると、陽華は続けて、


「そこで、総司令から非出動時にはあなたに基礎から魔術を教えるよう仰せつかっています」


 と、仕切り直すように言って、それから歩き出す。


「……というわけで、まずはテストです。4大基礎魔術の1つ。《魔術:強化(きょうか)》を、これに叩き込んでみてください」


 そうして、行き着いた先で陽華が触れたのは――――鉄で作られた立方体だった。それも、陽華をゆうに超える、巨大な鉄塊だ。


「えぇ……」


 心の中でカロは、


(これ、新人いびりだろ……)


 と、悪態をつく。しかし、陽華はいたって真剣で、カロが困惑していると、


「やり方が分かりませんか? こだわりがないのなら、こうやって、ただ単に殴れば良いんですよ」


 と言って、次の瞬間――――鉄塊に拳をめり込ませてみせた。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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