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7-4 始まった日

挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)


「――――《鳥籠(オガキロット)》」


 そう目の前でヒュウガが口にした瞬間、空気が歪んで足元から影が飛び出してきた。


 カロには今すぐにどこかへ逃げなければ、それが一瞬にして自分の体から左手を切り離すであろうことはすぐに理解できた。


(このままだと、腕が――――)


 だが一方で、こんな危機的な状況でありながら、カロはやけに冷静だった。


 それは、無音ゆえに情報が1つ減ったからなのか、あるいは溢れ出る魔力でハイになっているだけなのかは分からない。


 だが、その正常で異常な思考回路が、飛び退こうと地面に足をついたその瞬間、

  

(――――腕くらい、いらねえや)


 と、カロの足を、もう1歩前に踏み込ませた。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 ヒュウガの《鳥籠》が、四方を取り囲むカロの心臓や腹や肩を貫く。

 しかし、襲いかかって来た個体は皆、例外なく《鳥籠》を避けようとしなかった。


 だから、ヒュウガは、


(これは――――全てフェイク!)


 と、確信をし、次のカロからの攻撃を待った。――――が、その視界の隅。


「……は?」


 血飛沫が、ヒュウガのどす黒い瞳の上を漂う。


(……血。……血)


 そして、遅れて理解する。


(……散血!?)


 すると、目の前をカロの左手が飛んでいき――――直後、ヒュウガは腹に強烈な掌底を受けた。


「――――ッ!!」


 息ができない、ヒュウガは自分の腹に押し当てられた手の主を辿っていく。


「カ、ロ……ッ!!」


「これで終わりだ。ヒュウガさん」


 カロとヒュウガの視線がぶつかる。――――と、カロは、


「……ッ、はぁあああああああああああッ!!」


 と、ヒュウガの腹に魔力を流し込んだ。その時、ヒュウガはようやくカロの狙いを理解した。

 

 ――――直接、あいつの魂に魔力を流し込んで悪霊を押し出せる。


 そう、ショッピングモールの屋上で自分が放った言葉を思い出す。


「俺を、この体から追い出そうっていうのか……!!」


「松永の体に取り憑いたってことは、ヒュウガさんも霊魂――――つまりは悪霊の一部ってことだ! それなら……!!」


「……ッ、させて、たまるかぁッ!!」

 

 抵抗して、逆に魔力を流し込もうとするヒュウガ。すると、その時――――カロとヒュウガの魔力が繋がった。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 初めは、面倒くせえ人だと思ったんだ。


「娘の、シズクです」


「あ、骨喰ヒュウガです」


 茶の間。

 当時、21歳のシズクさんとその母親と机を挟んで、俺は向き合っていた。

 それは、25年前でも珍しいお見合いというやつだった。


「どうも、よろしくお願いします」


 勝手が分からなくて、そんな挨拶をしてしまう。

 しかし、目を合わせようとしても、肝心のお見合い相手のシズクさんは俯いたままだった。


 すると、シズクさんの母親が立ち上がって廊下に向かう。そして、


「それじゃあ、あとは若いお2人で。この辺りだと、駅前には良いお店がたくさんありますので」


「は、はぁ……」


「それでは、失礼致します」


 そんなやり取りをした後、口元を抑え「ふふふっ」と笑って、襖を閉めて出ていってしまった。


「とりあえず、どこか行きますか……?」


 尋ねても、シズクさんは頷くだけで何も言葉にしない。

 その時ばかりは、庭のセミも心なしか遠慮がちに鳴いていた。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 雑踏の中を、逸れないように一定の距離で歩いていく。


 シズクさんは、常に少し後ろを歩いていた。


(気まずいなぁ……)


 信号が代わり、俺は立ち止まる。

 と、その時――――自転車に乗った子供が脇を通り過ぎた。


 その子供は、前を向いていなかった。後ろを歩く親に、話しかけていたのだ。


「――――前! ブレーキ!!」


 子供の親が叫ぶ。――――と、同時に俺は走り出していた。


「……《強化》」


 踏ん張った足が地面を割って、すぐに子供と自転車に追いつく。

 そして、俺は子供の首根っこを掴むと、迷わず後ろに向かって投げだ。――――が、直後。


(あ、これ、轢かれ――――)


 そう心の中で言い切る間もなく、俺は車に撥ねられた。


「きゃあっ!」


 悲鳴で、ザワッと人混みが揺れる。

 しかし、俺は空中で身を翻すと、体操選手のように華麗に着地してみせた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 車の中から飛び出してきた運転手が尋ねてきても、


「ええ、鍛えてますから。問題なしです」


 そう、わざとらしくジャンプしたりポーズを決めたりしてみせた。――――が、問題はここからだった。


「――――うわぁぁぁぁぁん!!」


 助けた子供が、泣いた。

 子供は歩道で擦りむいた膝を抱えて、倒れた自転車の前に座り込んでいた。


「いっ、ま、まじかよ……!」


 俺は、子供が苦手だった。

 さらに、そこに親が大袈裟な声で「大丈夫!?」なんて飛び込んでくるものだから、一気に困ってしまって、まるで自分が加害者にさえなったような気分になった。


 ……まあ、膝を擦りむいたのは、俺が子供を後ろに引っ張ったからなのだけど。


「ど、どうすれば……」


 すると、そんな状況から俺を救ったのは、意外にもシズクさんだった。


 シズクさんは何も言わずにその場でしゃがみ込むと、どこから買ってきた天然水のペットボトルを開け、軽く傷口を洗った後ハンカチで拭う。


 そして、カバンからたくさん絆創膏を取り出すと、

 

「どれがいい?」


 と、子供に尋ねた。


「え? あの――――」

 

 困惑する母親。すると、そんな母親を遮るように子供は、


「――――うさぎ」

 

 と、ピンク色の可愛らしい絆創膏を指差した。


 シズクさんはニコッと笑うと、ピンクの絆創膏以外をカバンにしまって、手早く傷口に貼る。そして、「立てる?」と子供に聞いた。


 子供がこくりと頷く。と、シズクさんはその両手を引いて、一緒に立ち上がる。


「今度は、ちゃんと前見てね」


 そう言って、子供の頭を撫でるシズクさん。

 子供は「……うん」と答えると、それから「ありがとう、お姉ちゃん」と言った。


 そんなやり取りがあって、親子の背中を2人で見送った後、俺はシズクさんに言った。


「……どこか、入りましょうか。奢りますよ」


 すると、シズクさんは驚いたような顔をして、


「いいん、ですか?」


 と、尋ねてきた。


「はい、助けられましたから」


 その言葉を聞くと、シズクさんは辺りをキョロキョロと見回して、それからとある喫茶店に並べられた食品サンプルに近づき、


「これ、良いですか」


 と、かき氷を指さした。 

 俺は、その遠慮のなさと正直さに思わず笑ってしまう。


「……っ、ぷははははっ! 良いですよ! コーヒーもつけますか?」


「コーヒー苦手で……」


「あ、じゃあ抹茶なら?」


「抹茶、好きです」


「良かった」

 

 その時、本当に優しい人だと思たんだ。

 その素直さと遠慮のなさが、子供を助けたという行為も、絆創膏をスッと差し出す優しさも、素直な心からの行動だと証明しているように思えたから。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 かと思えば、今度は変な人だと思わされることもあった。


「――――守り切れない」


「ええ。自分は一応、公安と呼ばれている部署で働いているんですが、有事の際、どうしても守れない人が出てきてしまうことがあるんです。それが、どうにも……」


 それは、出会った日から半年が経った頃だった。

 2人は初めて会った部屋で、向かい合っていた。


 まだ、付き合うかどうかすら決めていない2人だったが、シズクさんは「これ以上お見合いの話が来てほしくないから」と、親の目を誤魔化すために最低でも1ヶ月に1回は会う関係になっていた。


「眠れて、ないんですか?」


「いや、眠れてはいますよ」


「……でも、何度も夜中に目を覚ます、とか?」


「……ええ。まあ」 


 すると、シズクさんは突然立ち上がって、


「待っててください」


 と、何かを取りにいった。


「これは……?」


 シズクさんが机の上に置いたのは、『危なっかしい魔法使い』という児童文学のようなものだった。


 これが落ち込んでる人に渡すものだろうか、と、その時は思った。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 そして、それからさらに月日が経った日。


 魔術絡みの事件があって特魔の自分は現場に向かった、その夜。

 俺は現場先で「どうして、もっと早く来なかった」「なんで、うちの子が死んでるのよ!」と、やるせない怒りや悲しみや恨みを一斉に浴びせられて家に帰ってきた。


 ソファに座り、缶ビールを開けて、コンビニ弁当を1口含む。

 しかし、腹の底から罵詈雑言が、救えなかった罪悪感が込み上げてきて、結局ゴミ箱に戻して(吐いて)しまった。


「ふぅ……」


 ベットに横たわって、電気を消してみる。が、当然眠れず、布団を引き剥がして再び電気をつける。――――と、その時、ふと机の上に置かれた『危なっかしい魔法使い』が目に入った。



   × × × × ×



 それは、鳥籠に閉じ込められていた小鳥が、彗星の降る夜にヘンテコな服と願いを叶えるステッキを持った少女となって旅に出るという話だった。


 少女は旅をしていくうちに、その優しさからステッキで、道中の村や街の人々の願いを叶えていった。


 しかし、少女がとある人間の邪な願いを叶えてしまうと、そのステッキの力が切れてしまった。


 すると、人々は少女に罵声を浴びせたり、失望や裏切られたとまでいう人も出てくるようになった。


 独りぼっちになった少女は、自分のことを認めてもらおうと村を困らせていた竜を討伐しにいく決心をする。そして、少女は不意を突いて岩を落としたり、竜の背に乗り髭を引っ張ったりして竜と戦った。


 が、その最中、力尽きた竜と共に奈落と呼ばれる谷底に落ちてしまう。その時、少女は足を痛め、また竜も怪我をして動けなかった。


 すると、「ねえ、どうして僕をいじめるの?」と竜が聞いた。


 少女は「あなたが悪いことをしているから」と答えると、竜は「悪しき竜は、自分ではなく自分の親だ。だけど、自分も襲われるから抵抗するしかなく、そのうち悪者にされていった」と事情を語った。


 それを聞くと、少女はいつの間にか自分も対話を忘れ、村の人と同じことをしていたことに気がつく。


 少女は竜に謝ると、誤解を解こうと竜を説得し、竜と協力して奈落を登り切る。そして、邪な願いを叶えて村の人たちから搾取していた人間を対峙する。そして、住人を説得した。


 結果、竜の噂は悪いものから、みんなを助けてくれるいい噂へと変わり、竜の少女は今日もどこかで旅をしているという。


   × × × × ×



 そんな、話だった。


 すると、そのページの最後には小さな紙が挟まっていて、そこには、


「それでも、最後まで自分の力を尽くせば、きっといつかは報われます。私は、あなたの子供を助けた優しさを知っています。だから、悲しみばかり数えるようになったら、私のところへ来てください。話くらい聞きますから」


 と、書かれていた。


 俺は、涙を堪え切れなかった。

 最後は、やっぱり優しい人だって思った。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 洗面台で顔を洗う。

 鏡に映った顔は、すっかり毒気が抜かれていた。


「思わず、感想文を書いてしまった……」


 玄関の前、ファイルに入れた感想文を最後までカバンに入れるか思案して、結局突っ込んで家を出る。


 今日は、本を返す約束をしていた日だった。


「やっぱり持ってこなきゃ良かったかなぁ……」


 待ち合わせ場所に先に着いて、そんなことを考え始める。


(なんか俺、変なやつになっていってないか……?)


 そんな呟きの先には、あの日子供を助けた交差点が見える。


(……ま、でもいっか。あの人に影響される分には)


 そう思えるようになったのは、彼女のおかげだろう。

 俺は彼女と会えることに胸躍っている自分を必死に抑える。――――と、その時、電話が鳴った。


 彼女の――――シズクさんの訃報だった。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


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