7-3 覚醒×覚醒
「――――《覚醒:強化》ッ! ぶっ潰れろッ!!」
その言葉に応えるようにヒュウガの右腕はボコボコと変形すると、まるでイチゴを握り込むかのように簡単にカロの頭を粉砕する。
が、それに反して――――カロの頭からは一滴も血が出なかった。
代わりに、辺りには毛糸の様に柔らかな魔術の糸が散らばった。
「糸の人形……!! 《魔蜘蛛古城》の応用か!」
そう、ヒュウガが握りつぶしたそれはカロ自身ではなく、カロが伸ばしたムチの先に作られたカロを模した糸の人形だったのだ。
糸人形は頭部を失ったまま、抱きしめるようにヒュウガに絡みつく。と、ヒュウガはカロの糸魔術に身体を縛られてしまった。
「キッショいなぁッ!!」
しかし、ヒュウガは力強く魔術の網を掴むと、即座に口から悪霊の霊魂を吐き出す。そして、その絡みついた糸魔術を伝うようにして、霊魂をカロへと向かわせた。
「――――!?」
カロは、咄嗟にムチを手放す。――――が、その時にはもう遅かった。
ムチを伝ってきた霊魂は、カロの肩や足に噛み付くと小さなジェットエンジンのようになって校舎の壁にぶつかろうと天井に穴を開けようと止まることなく、どこまでもカロを引き摺り回した。
「ガハッ――――」
そうして何度も校舎を破壊した後、屋上を突き抜けて空に放り出される、カロ。
すると、その体から滲む血を見て、校庭に立つヒュウガが、
「今度は、ちゃんと本物だなぁ!」
と、嬉しそうに声を荒げた。
「そいつを持って来いッ! 霊魂どもッ!!」
ヒュウガが空に向かって叫ぶと、カロの体に噛み付いている霊魂たちが校庭に立つヒュウガの元へ進路を変える。ヒュウガは足を引き、右の拳に魔力を込めるようにしてカロを待ち構えた。
直後――――ヒュウガの右腕が肥大化し、鈍色に澱む。
その腕は誰が見ても、正常な状態とは言えなかった。しかし、ヒュウガは構わない。
カロの到着に合わせて、ヒュウガは体をさらに後ろに捻る。と、肥大化した右腕はバネのように力を溜め込んで一度収縮し――――ヒュウガがカロを殴ると同時に、カロに向かってその破壊力を解放した。
拳から、いくつもの悪霊や霊魂を押し固めたような黒の魔力が解き放たれる。と、カロはそれに飲まれてカ再び大空に投げ出された。――――しかし、
「――――骨喰ッ!」
まだだと言わんばかりに、赤木の声が校庭に響き渡る。と、赤木は、地面にズドンッと十字架のハンマーを突き刺した。
それを見て、カロは咄嗟に腕を振るい、なんとかその持ち手にムチを引っ掛ける。
そして、十字架を軸にカロは吹き飛ばされた勢いを利用して、ハンマー投げのハンマーようにぐるぐると回り出した。
「ほう、もう1回お望みか」
ヒュウガはそう言って、今度は左手で拳を構える。彼の右手は先ほどの拳を繰り出したことで、既にボロボロだった。
回転がトップスピードに達すると、カロはヒュウガに向かって宙を割いて飛んでいく。――――と、その道中、カロは腕を前に構え、ヒュウガの足元に向かって魔力を飛ばした。
すると、カロの魔力が着弾した地点から、魔術のムチが生えてきてヒュウガを縛る。
それは、ヒュウガが多少抵抗しようとしたくらいではギシッと軋むだけで、びくともしないほど強力なものだった。
(……命令の《付与》された《糸魔術》を地面に向かって飛ばし、地面から《糸魔術》を生やして俺を拘束したのか! しかも、《強化》のおまけ付き……!)
考える間もなく、ヒュウガの目の前には加速したカロが迫ってくる。悩んでいる時間はなかった。
そこで、ヒュウガが選んだのは――――溜めていた力を地面に放つという回答だった。
ヒュウガが左腕で大地を殴ると、地面は豆腐のように簡単に崩壊する。と、ヒュウガを縛るムチは割れた瓦礫ごと舞い上がった。
直後、ヒュウガは眼前に迫ったカロの拳を――――上に飛び退いて躱した。
そして、あの魔術を口にする。
「《断末魔》」
次の瞬間――――カロの世界は、無音になった。
そして、遅れて視覚情報が脳に届いて、自分が地面に倒れていることに気がついた。ヒュウガの口から放たれた絶叫が、音の圧で自分を押し付けているのだ。
身動きの取れなくなった、カロ。しかし、そこへ――――。
「……ッ、だぁあああああああッ!!」
――――と、十字架のハンマーが飛び込んでくる。そして、それはカロとヒュウガの間に入った瞬間に爆発して、再び土埃を巻き起こした。
「同じ手を何度も……。邪魔だ、小娘ッ!!」
ヒュウガはついに見過ごせなくなったという感じで赤木を睨むと、口の中から黒い霊魂を放ってカロにそうしたように赤木を襲わせた。
霊魂に吹き飛ばされた赤木は、ボロ雑巾のようになって校庭に転がる。
「――――ッ、がぁッ……!! ぁッ、はぁ……ッ!!」
しかし、次にヒュウガに見せたその目は――――死んでいなかった。
「……ッ、とっとと決めろや、黒魔術師」
痛みを声に滲ませながら、虚な目で土埃を睨む、赤木。
すると、ヒュウガが砂埃の舞うところから少し離れた場所に着地した、その時――――砂の幕の中から現れたのは、糸人形の魔術で無数に分裂したカロだった。
(今度は1人だけじゃなく大勢で、か!! だか、全ての糸人形は魔術によって生み出された存在!!。ならば、魔力を全身に巡らせてる奴らが糸人形で、本体は……)
そう思って、ヒュウガは無数に広がるカロの中を覗き込もうとする。しかし、次の瞬間。
「……って、あいつも《魔蜘蛛姫ノ綴織》のせいで、全身に魔力がめぐってるじゃねえか!」
と、間抜けな声を上げた。
そんなヒュウガに、1人のカロが殴りかかってくる。と、ヒュウガは、それを回し蹴りで粉砕した。
しかし、さらに糸人形たちはヒュウガを取り囲むと、命も痛みも無いのをいいことにゾンビアタックを仕掛ける。ヒュウガが足で振り払えば、次の糸人形がその足を押さえ、また他の糸人形が頭突きで倒されれば、次の糸人形がヒュウガの首を押さえた。
「これも偽物、これも偽物……」
先ほどまでの戦闘で両腕が死んでいるうえに、まさに死ぬことを前提にした特攻といった感じの糸人形の戦術にヒュウガは業を煮やす。
「あぁー!! 鬱陶しいわッ!!」
ヒュウガは、自分にまとわりつく拳も腕も手も関係なく、一心不乱に破壊していく。――――と、その時、とある糸人形の拳がヒュウガの頬を殴った。
ボスッ――――明らかに軽い拳が、ヒュウガの頬にぶつかる。
ヒュウガは、その分身をギロリとした目で睨んで、それからその拳ごと噛み千切った。
「そうか……」
そして、ヒュウガは気がついた。――――分身のパンチが軽いことに。
(糸人形は、どこまで行っても糸人形。その拳に重さが乗ることはない。なら……)
そうして、1つの結論に行き着く。
(フィニッシュは――――本人が決めなくちゃならないってわけだ)
ヒュウガは確信を持つと、抵抗をぴたりと止める。
そして、内心ほくそ笑みながら、カロの分身たちに立ったまま全身を取り押さえられた。
すると、四方から一斉に襲いかかってくる、カロの集団。
その時、ヒュウガは待ってましたと言わんばかりに、
「――――《鳥籠》」
と、口にした。
次の瞬間――――地面からヒュウガを囲うようにして影が飛び出す。
(これで、飛び退いたやつがカロ本体ということになる。全員躱わさなきゃ、全員偽物ってわけで、また次を待てばいい。そして、もし飛び退いたやつがいた時は――――そいつを殺す)
にやりと笑う黒く歪んだ瞳の中、ヒュウガの影は四方から襲いかかってくるカロ1人1人の体を貫くように上方に向かって伸び上がった。
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