7-2 共闘
グググッ――――強制的に自分を抑え付けようとしてくる影に、カロは何度か押し戻されそうになりながらも、それをこじ開け――――引き千切った。
「なっ……! 《支配》の魔術を――――」
カロは影の呪縛から解き放たれると《魔蜘蛛の糸》を呼び出す。――――そして、赤木に向けてムチを振るった。
ズバッ――――赤木に纏わりつく影が、カロのムチで引き裂かれる。と、地面に倒れ込んだ赤木は、急にやって来た酸素に驚いてむせ返した。
「……ッ、ゴホッ。……ぁ、かはッ……!!」
続けて、赤木が尋ねる。
「お、お前、その力は……」
困惑する赤木の瞳に映ったのは、紫の魔力に全身を包まれたカロの姿だった。
「純粋なる心によって求められた《強化》の魔術×洗練された《糸魔術》――――」
それは、純粋に誰かを守るために求められた力。
そして、洗練された使い手によって引き起こされる究極の糸魔術。
「――――完全自己支配魔術《魔蜘蛛姫ノ綴織》」
今、その条件が『シズクの「生きて」という言葉』と『シズクへの魔力供給が途絶え、今までよりも遥かに多い魔力量が湧いてくる』という2つの事象と噛み合う。
この瞬間――――カロは、魔術師のステージを3段飛ばしで駆け上がっていた。
カロはその場でバク宙をし、軽々と縦にくるっと回ってみせる。
そして、今度は手を横に振ってみると、腕からはいくつものムチが飛び出した。
「……思った通りに体が動く。《強化》の魔術を宿した糸が、身体中に張り巡らされているのか」
魔術の強さは感情によって左右され、形は想いに応えて性質を変える。
たとえば、カロが屋上でみせた《魔蜘蛛古城》のように、理解してなくても発動するなんてことは不可能ではなかった。
「あ、ああ。理屈はな……。だが、その魔術を、その純度でなんて1等魔術士どころか、もっと上でも……」
すると、そんなことはどうでもいいと言った態度で、カロは赤木に尋ねた。
「おい、戦えるか?」
「は……?」
「一時共闘だ。お前は、禁書魔術の根源を排除したい。俺は、シズクを助けたい」
困惑する赤木に、カロが端的に説明する。早く立て、と言わんばかりに。
「……終わった後、あたしはお前を殺すかもしれないぜ」
「それで構わない。お前なら、俺のことぐらい1人でも殺せるだろ。だが――――あれには、1人じゃ敵わない」
赤木が試すように尋ねてみても、カロの瞳には一瞬も赤木が映ることはなかった。
代わりに――――その視線の先には、ヒュウガが立っていた。
「チッ、図に乗りやがって……」
赤木はそう溢しながら、瓦礫から立ち上がる。
と、「《聖痕火葬》」と言葉にし、ハンマーを取り出して言った。
「てめえごと攻撃しても恨むなよ」
「ああ」
2人が並び立つ。
「カロ、殺せるか? 俺を――――この身体の持ち主である松永を」
「……俺は、目的のためなら手段はどうでもいいと思ってる。シズクのためなら屋上からだって飛び込むし、交換条件として提示されたなら悪霊だって逃がす」
カロの頭の中に、
――――俺は、お前をここで見逃す。だから、代わりにシズクの居場所を教えてくれ。
そう、新井に放った言葉が過ると、
「だから、ヒュウガさんを――――あんたを殺さなきゃ、シズクを守れねえんだってんなら、俺は――――」
前を向いて、
「――――あんたを、殺すよ」
と、真っ直ぐ下目をしていった。
次の瞬間――――赤木が、ヒュウガに向かってハンマーを投げつける。
これは、赤木がカロとの戦いの時に見せた『ハンマーだけを投げて、後から走り込んで蹴りをかます』というフェイントだった。
しかし、《支配》を覚醒させたヒュウガは、当時のカロとは違った。
ヒュウガは、そのハンマーを簡単に蹴り返してみせる。
「……なんだ、フェイクか」
すると、そこへ、
「まだだ」
と、カロが飛び込んでくる。それは、ヒュウガも凌駕しえる速さだった。
「カロ……! こいつ、身体能力が跳ね上がって……!!」
カロは飛んでいったハンマーを腕から放ったムチで掴み、
「――――うらッ!!」
と、ヒュウガに振り下ろす。
しかし、ヒュウガは「そう来たか」というように笑って、
「よし来いッ!!」
と、それを右手1本で真正面から向かい合った。
次の瞬間、ヒュウガの足元の地面が割れる。――――が、肝心のヒュウガはノーダメージといった様子で、ハンマーを受け止めていた。
そこへ、遅れて赤木が走り込んでくる。と、赤木は、
「ロープ、寄越せ!」
と、カロに向かって叫ぶ。
カロはその意図を一瞬で理解すると、赤木に向かってムチを伸ばした。
そして、赤木がムチを掴んだ瞬間、カロが空中で身を翻す。
と、赤木は、カロのムチに手を引かれてけん玉を振り回した時のように遠心力でぐるっと振り回され、予想外の角度からヒュウガに向かって飛び込んだ。
(もらった――――)
赤木が確信する。
しかし、赤木の飛び蹴りはヒュウガに届く直前――――ヒュウガを囲うように地面から伸び上がってきた影の鳥籠によって阻まれた。
ヒュウガと目が合うと、赤木は自分の影に捕まり、持ち上げられる。
が、それでも赤木はニヤリと笑う。――――と、
「――――《爆華爆々》」
そう、呟いた。
直後――――ヒュウガが右手で受け止めていた十字架のハンマーが爆発する。
と、爆風は校庭の砂を巻き上げ、砂の霧を作った。
「目眩し……」
すると、そう呟いたヒュウガの耳に――――微かな風を割く音が聞こえてくる。
直後、ヒュウガは反射的に鳥籠のてっぺんを開いて、真上に3メートルほどジャンプした。
次の瞬間――――土煙が、モーゼが海を割ったようにぱっくりと開かれる。と、遅れて、ビシィッというムチの音が耳に届いた。
それは、カロが土煙に向かって真横に振るったムチの攻撃だった。
ヒュウガが校庭を見下すと、さっきまで自分がいたところにあった鳥籠の檻は、カロのムチによって上下に真っ二つにされていた。
そして、その近くにあった赤木を縛る影も、見事に破壊されていた。
「そうか、あの女のためにわざと足元を狙って……。なら、こんなに飛ぶ必要なかったなかなぁ……」
ヒュウガがそう漏らすと、
「――――いいや、ありがたいね。狙いやすくなった」
と、目の前で、カロの声が聞こえる。
ヒュウガが顔を上げると、カロの顔面は既に宙に浮いているヒュウガの目と鼻の先にまで迫っていた。
しかし、そんな状況でもヒュウガは動じず、むしろ、
「こちらこそ――――」
と言うと、右手でカロの頭を鷲掴みにする。そして、
「――――《覚醒:強化》ッ! ぶっ潰れろッ!!」
と、叫んだ。
その言葉に応えるようにヒュウガの右腕はボコボコと変形すると、まるでイチゴを握り込むかのように簡単にカロの頭を粉砕する。
が、しかし――――それに反して、カロの頭からは一滴も血が出なかった。
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