6-end 貫かれた心
「どうして、お前がそんなに弱いんだと思う? どうして、お前にシズクさんを預けたんだと思う? 全ての答えはな――――あの事故にある」
「事、故……?」
すると、ヒュウガはしゃがんで、足元のカロに語り始めた。
「俺が禁書魔術を手にしたのは、24年前。まだ、特魔として働いていた俺は、禁書魔術を盗み出したんだ。……やり方は、企業秘密だがな」
(特魔……!? それは嘘じゃなかったのか……)
「シズクさんを生き返らせるために、まず必要だったのは素体だった。今の、あの体だな」
そう言って、ヒュウガは影の魔術で作られた檻の中で眠るシズクに目をやる。
「幸い、土人形を作るのは簡単だった。――――だが、問題はここからさ」
「問題……?」
「魂を何かに定着させるには、12年の時が必要だった。その期間、毎日欠かさず祈りを捧げ、魔力を注ぎ続ける。そうして、ゆっくりと素体と魂が結ばれ、いずれ離れない関係になっていく。――――魔術の根源は、人の愛。禁書魔術を発動するともなれば、それほど想いを捧げ続けられるほど強くなくっちゃならなかった」
「だが、24年前なら、俺はまだ生まれて……」
「まあ、そう焦るな。依代の用意、毎日の魔力供給、このあたりまではなんら問題はないんだ。さっき言った問題ってのは、その次――――自分がいなくなった後の魔力供給問題だ」
「転生するから……」
「そうだ。俺が生きてるならそれでもいいが、俺の計画上、ずっとそばにいられるわけでもない。それに本来、特魔がやってきたなら俺が秘密裏に処理しようと思ってたからな。そうしたら当然、魔力供給している暇なんてない。この問題を、シズクさんの魂が依代に定着する前に、その問題を解決しなくちゃならなかった。――――が、そんな矢先のことだった」
カロはヒュウガと目が合う。とてつもなく、嫌な予感がした。
「俺の知り合いに子供が産まれた。赤い目をした子供だった。そして、俺は思いついた。そいつを外部の魔力供給器官として使おうって。子供の内なら、先入観も少ない。魔術師として、十分育てられる」
すると、叔父は自身の左目をトントンッと人差し指で示す。
「魔力を自動的に供給するための器官――――それが、その義眼だ」
「やめて……」
「その子供が3歳になった時、俺は事故を起こした。移植作業をするため――――そして、経緯を偽り、命の恩人として自分の言葉を信じさせるためにな」
「やめてくれよ……ッ!!」
「2年。短いようで長いようで、やっぱり長かったな。だが、そんな日々にも意味はあった。その子供は、予想よりも遥かに早く最低限の魔力コントロールを身につけたんだ。修行の間も、シズクさんに魔力を吸われ続けながらな。そして、シズクさんの禁書魔術が完了する頃、俺にとってその子供は外部の魔力供給機関として完成したわけだ。あとは12年、淡々と準備を進め、時を待った」
カロの言葉はヒュウガを拒絶する。しかし、カロの心は気づいてしまう。
(シズクの魔術は12年で完了する。――――そして、俺が叔父さんと別れたのは5歳の頃。今が17歳で、ちょうど12年前)
そう、ヒュウガは用済みになったから自分と別れたのだ。
そこには、情も愛もない。ただ、目的が達されたから。
「事故の時に、お前の両親は亡くなったよ。今の親は、子供のいなかった俺の妹の夫婦だ。血の繋がりすらない。いやあ、家族ごっこを見させられるのは辛かったよ。が、そんな中でも、俺はお前の監視の一方で自分に適した依代も探し、着々と計画を進めていった。お前が高校生になる、その時まで」
カロの頭は、大きな大きな金槌に殴られたようにぼやけていて、もはや回ってはいなかった。
ただ、受け入れたくないはずの事実だけは、しっかりと頭に入ってくる。
(なんだよ。つまり、全部逆だったってことか……?)
恩人だと思っていたヒュウガさんは――――本当は親の仇で。
事故だと思っていたものは――――故意に引き起こされていて。
生きていたと思っていた両親は――――実は死んでいて。
この義眼は、俺のためじゃなく――――シズクのためで。
ヒュウガさんはただ俺を、自分の代わりのシズクの魔力機関として利用したかった。
そのためだけに、事故を起こした。
(……そして、俺とシズクと出会った。松永として)
もはや、カロには手元の砂を握る気力すらない。
そんなカロに、ヒュウガは立ち上がって優しく声をかける。
「なあ、カロ。お前が弱いのは、お前のせいじゃないよ。魔力のコントロールが不安定なのも、ずっとシズクさんに魔力を吸われ続けてるからなんだ。――――そして、弱いのは本当の愛を知らないから」
そう言うと、ヒュウガはシズクの方に――――影の魔術で作り出された鳥籠へ向かって、ゆっくりと歩き出す。
「魔力の強さは感情の強さであり、その感情は愛から生まれる。愛は全ての始まりだ。喜びにも、悲しみにも、怒りにも。嫉妬にも、支配欲にも、依存にも、野望にだってなる。無関心なものには、感情なんて抱かないだろう?」
ヒュウガは初めてカロに魔術を教えた時のように、分かりやすく抑揚をつけて語る。
「電車で割り込まれたり、肩をぶつけられたり。それに怒るのは自己愛だし、誰かを自分のものにしたいなんてのは他者へ向けられた愛だ。――――そして、他者愛は自己愛よりも強い。誰かのために何かをする、誰かの期待に応えたいなんてのは、時に想像以上の力を発揮するものだ」
そして、鳥籠の前で立ち止まると、
「だけど、お前は誰からも愛されていない。お前の両親はすでに死んでいて、今の愛は俺に作られた偽物の関係で。お前は愛を知らない。だから、お前は弱いんだ。お前自身のせいじゃない」
そう、哀れむような目をカロに向けた。
カロは嫌な予感がして、ふと顔を上げる。
「何する気だ……!? シズクに……!」
「……ずっと、考えてたんだよ。どうして、シズクさんがお前みたいなやつを好きになったのかって。するとな、最初から計画にミスがあったことに気がついたんだ」
「――――え?」
「魔力の根源は、愛。ならば、魔力で繋がる=心と心で通じ合うってこった」
そう言いながらヒュウガは鳥籠を解くと、シズクが目を覚ます。
シズクは、寝ぼけ眼であたりをキョロキョロと見回していた。
パチッ――――その最中、カロと目が合う。
「《浮遊》」
しかし、ヒュウガはそれに構わず指を鳴らすと、シズクを宙に浮かび上がらせた。
シズクは不思議そうに自分の体を見回したり、暴れたりするも、自分の意思ではどこへも行けない。
すると、ヒュウガが言った。
「だから、シズクさんはお前を好きになった。半ば強制的にな。――――そして、今からその繋がりを断つ」
「やめっ――――」
「お疲れ様、カロ。魔力供給の役割も、今日でおしまいだ」
ヒュウガがニコッと笑う。――――と、次の瞬間、ヒュウガの右腕がシズクの胸を貫いた。
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