6-5 お前のせい
カロが振り返ると――――そこに立っていたのは松永だった。
そのすぐそばには、黒い魔力で作られた檻の中でシズクが眠っていた。
「ちゃんと、シズクさんなら連れてきたから」
松永は「安心しろ」と言いたげにそう言う。
しかし、その言葉とは裏腹に、松永が纏う魔力は黒く歪んでいて、向けられた視線はいつも以上に冷たかった。
松永の目の前には、見るだけで冷や汗が止まらなかるような禍々しい圧を放つ魔術書が浮かんでいた。
カロは、一目でそれが“禁書“と呼ばれる代物だと直感した。
そんなカロの視界の中を、一瞬の影が通り過ぎる。
それは、松永に飛びかかった赤木だった。
赤木は、十字架のハンマーで松永の体を確かに捉えていた。――――かのように見えた。
しかし、実際は赤木の影が赤木自身を後ろに引っ張っていて、ハンマーは寸前のところで止まっていた。
「知ってるか? 影ってのは古代では、もう1人の自分だったんだ。だから、昔の魔術では相手の影を奪って衰弱させたり、影を攻撃して相手を痛めつけるものもあったんだぜ」
「……お前、骨喰ヒュウガだな? その影を使役してるってことは――――命を使役しているのと同じ。つまり、“人の魂に干渉する魔術”……!!」
「ご明察」
松永――――否、ヒュウガは赤木の推理に目を見開いたまま笑ってみせると、ポンッと1回手を叩く。――――次の瞬間。
赤木に纏わりついている影は、赤木をスリングに収められた石のようにグルングルンッと振り回し、それから校舎に向かって溜め込んだ力を一気に放った。
赤木は、稲妻にも似た轟音をあげて校舎に突っ込む。
幸い校舎には、襲撃前に赤木が手を回していたのか、それとも赤木の襲撃で全員逃げ出したのか、生徒はほとんど残っていなかった。
「……しかし、特魔も落ちたもんだよな。せっかく記憶を半端に消して違和感を植え付けて、カロにけしかけさせたのに。ガキ1人、殺せないなんて」
「どうして……。ヒュウガさん……!!」
すると、そう訴えるカロの前で、ヒュウガが1つ指を鳴らす。
と、カロの影は勝手に動き出して、カロを地面に縛りつけた。
「お前が悪いんだぜ、カロ。初めはさ、3年くらいの計画だったんだよ」
「計画……!?」
「やり直そうと思ってたんだ。――――松永と玉砂シズクという関係値で。青春を、全部全部。シズクさんとの出会いから恋に落ちるまで。――――1年生で出会って、適度にお前たちと仲良くなって、ピンチに颯爽と駆けつけて。2年生になれば2人で出かけたり、お互いのことを知っていって、ってな……。俺のこの禁書魔術《支配》の魂に干渉する力があれば、悪霊だって好きに呼び出せる。――――そうすればピンチもハプニングも、好き勝手に作り出せる」
「じゃあ、俺たちと出会った時に悪霊がやって来て、そこに松永が――――ヒュウガさんが駆けつけたのって……」
「ああ」
そうして語りながら、ヒュウガはカロの目の前でやってくる。と、地面に伏しているカロを冷たく見下した。
「そこまでは良かったんだ。……だけど、お前のせいだよ。カロ。計画が狂ったのは」
「俺の……?」
「さっきも言った通り、俺は3年をかけてシズクさんとの全てをやり直そうとしていた。――――だけど、どうだ? お前とシズクさんの距離は、ありえないほどの速さで近くなっていった。それに、俺は我慢ならなかった。大人げないけど、嫉妬したんだよ。殺したいくらい。だって――――」
すると、ヒュウガはフッと笑って、
「俺のこの愛は――――24年ものだからな」
そう言った。
それから、ヒュウガは影で作られたカロの拘束を解くと、思い切りカロを蹴り飛ばす。
地面に転がる、カロ。
しかし、カロはそうなっても、なおヒュウガを問いただす。
「嘘だろ……!? ヒュがさんだなんて……。そんな酷いこと……」
「嘘じゃないさ。元々、そういうやつだよ俺は。この体だって、お前たちに近づくために必要だったから乗っ取ったんだ。わざと事故に遭わせて、衰弱させたところで、な」
そこで、カロは気がつく。
だから、松永は2週間という脅威の速さで学校生活に復帰できたのだ、と。
そして、その復帰した日は――――シズクが初めて登校した日と被る。
「だから、シズクさんがこの世に誕生したあの日、反応は2つあったんだ。もう1つは、俺の魂が松永に乗り移るための魔術が発動したから」
「自分のためだけに、どうして他人を……。なんでできるんだよ、そんなこと……」
「お前の時に、自分がそうじゃない人間だって知っちまったからなぁ……。それにもう、止まれないところまで来ちゃってたし」
「俺の、時……?」
すると、ヒュウガは「あ」とつい言葉を漏らしてしまったと言ったように口を開けると、それから自身の左目をトントンッと人差し指で示して、
「……お前を事故に巻き込んで怪我を負わせたのは、俺なんだ。ついでにお前の親も、俺が殺した」
そう、言った。
「は? 何言って……」
「――――《爆花爆々》」
しかし、カロをその答えから遠ざけるように、赤木の呟きがカロとヒュウガの間に割って入った。
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