1-3 相性は最悪
「……隣かよ」
教室の窓際の席の1つ隣、前から4番目。そこが、カロの席だった。
そして、隣の席は『田淵』という名前の女子だったはず。
が、今、そこにはカロが連れてきた少女――――玉砂シズクが座っていた。
朝、とりあえず教室までやって来ると、『田淵』の席は1つ後ろに下げられていた。
そして、その列の最後尾には机が1つ足されている。
6列×6席の36人が綺麗に並ぶ正方形。
その形が今、シズクの存在によって、変に出っ張った形になっていた。
隣にこの少女がいるということは、カロにとって好ましいことではなかった。
しかし何より嫌だったのは、この席を目にした瞬間、それが玉砂シズクのものだと直感的に理解できたことだった。
それは、つまり自分も叔父の術中にいるということであった。
今まで過ごしてきた時間など関係なくその事象を受け入れていて、まるで玉砂シズクという少女を受け入れるために世界全体がズラされたみたいだった。
授業が始まっても、誰も少女の存在に何かを言うことはなかったし、先生が少女に触れることも、授業中に解答を要求することもなかった。
授業の間、少女は何を考えているのか、ただ席に座ってゆらゆらと揺れているだけだった。
4時間目を終えて、昼休みになる。――――と、教室のどこからか、
「ねえ、松永くん、事故ったって聞いたけど大丈夫だったの?」
と、聞こえてくる。
声の方を向くと、女子数人が松永――――朝、カロに声をかけたけ褐色肌の男を囲っていた。
「……ん? ああ、そんなこともあったな。でも、1ヶ月も寝てたから」
「あれ、事故って2週間前じゃ」
「ああ、そうだっけ。事故で記憶飛んじまってて」
「やばいじゃん! 何かあったら言ってね!」
そのうち、その小さな集団は段々と男女問わず巻き込んでいって、大きなグループになる。――――が、カロはそんなことには目もくれず、カバンを持って真っ先に席を立った。
立ち入り禁止のバーを飛び越えて階段を駆け上がる。
と、カロは階段の手すりの影に隠れて、鎖付きの古びた魔導書をカバンから取り出し、めくり始めた。
ここは誰もやって来ない、カロのお気に入りの場所だった。
カロが探していたのは、“土人形“の魔術が記されたページだった。
「土人形の魔術。素材には――――人間の死肉!? と、魔法水で練った土、コウモリの……。あいつが驚いた時に飛び散ったのは、これか……」
カロは該当するページを指で追い、ぶつぶつとそう呟く。
そして、とあるところでピタッと指を止めた。
「……あった!
土人形の主な動力は、魔法石、あるいは術者による継続的な魔力供給。
供給さえあれば、土人形として一度形を成した皮膚片は、何度でも元の形に戻る……」
魔法石――――魔力の込められた石。魔術における、電池のようなもの。
(だけど、そんなもの、あの女が犬に吠えられ弾けた時には見当たらなかった。
……なら、継続的な魔力供給?
けど、どこから……)
それとも、箱から現れた時に見えたあの赤い玉が魔法石なのだろうか。
だとするなら、自分の持っているものとはずいぶん違う気もするけれど。
そんなことを考えていると、カロの鼻をそよっとした柔らかのものがくすぐる。と、次の瞬間、
「――――ヘップシッ!!」
と、カロは不意にくしゃみをして、直後、
――――ガチンッ!!
と、遅れて奥歯さえ砕いてしまいそうな衝撃が、一瞬にしてカロのおでこから首に広がった。
「~~~~っ!!」
カロは咄嗟に魔導書を手放してのけ反り、熱くなったおでこを抑えて、隙間から何が起きたかを覗く。
そこにあったのは――――薄紫色の後頭部だった。
「てめえ! 何すんだ!!」
どうやらいつの間にかやってきていた少女が、魔導書を横から覗こうとした際に、その髪がいたずらにカロの鼻をくすぐったようだ。
曲げていたカロの膝と魔導書との間に寝そべるように体を差し込んでいた少女は、何があったのか分からないといった様子で、カロが手放してしまった魔導書を拾う。
と、それをカロに向かって差し出してくる。
この衝撃を喰らっていて無傷なのは、さすが土人形といったところ。
しかし、カロはそんな微塵の反省もない様子に苛立ったのか、乱雑に魔導書を取り返すと、
「……俺はよ、ヒュウガさんに感謝してるんだ。
友達いなくて1人だった俺に、魔術を教えてくれた人で。俺の恩人でもある。それにお前を俺に預けた理由もなんとなく分かるよ。
あの人の周りで魔術を使えるのは、俺ぐらいだったからな。――――でも、だからってつきっきりでお前を世話する義理はねえ。いいか、学校ではついてくんな。
迷惑なんだよ。俺は独りでいたいんだ。お前は大人しく、席で待っとけ!」
と、思わず怒鳴りつける。
が、カロは、すぐさまやってしまったと直感した。
全身を流れる冷や汗が、そう感じさせた。
「ぁ……」
すると、少女はカロに魔導書を押し付け、静かに階段を下っていってしまう。
「……痛え」
声にならない罪悪感が、カロを襲う。
カロは伸ばしかけた手を爪が食い込むほど握り込み、自分の左目の上に打ちつけた。
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