6-2 標的
自由に身動きの取れない体が重力に導かれ、壁にぶつかりながら穴の中を落ちていく。
カロはなんとか体を振って飛び出した鉄骨を魔術のムチで掴み、それにぶらーんとぶら下がることで自分の体の支配権を取り戻した。
一方で、1階までぶち抜かれた穴にカロが引き摺り込んだ影は、急転直下。
何にも遮られず1階の地面に叩きつけられ、砂埃を上げる。
スルッとムチを解いて、足元に気をつけながら地面に降りる、カロ。
すると、土煙の向こうからは、
「ああ、くそッ! 余計なことしやがって……!!」
という言葉と共に、今垣が姿を現した。
瓦礫がガラッと崩れる。と、今垣は頭上に降ってきたそれを右腕で荒々しく砕いた。
以前までの明るい声色とは打って変わって、力強い口調。
ガラッと変わった雰囲気は、全くの別人と言っていいほど刺々しく暗かった。
「……今垣、お前だったのか特魔は」
「そっちこそ、お前が骨喰ヒュウガだったとはな」
「ヒュウガ……!?」
「ショピングモール、屋上……。その現場に、データベースに登録されていた骨喰ヒュウガの魔力と一致する魔力痕があった。いくら巧妙に隠していても、それぐらいは見破れる」
その時、カロは以前叔父が言っていた言葉を思い出す。
――――なんせお前に宿ってるのは、俺の魔力だからな。
カロの魔力は完全に後付けだ。
そして、その魔力の根源は、義眼を通じて叔父から分け与えられたもの。
だとするなら、カロの魔力痕=叔父の魔力痕ということになる。
カロは一層表情を険しくして、今垣に尋ねる。
「――――で、シズクを排除しにきたってわけか、今垣」
「その名は正しくない。私の本当の名前は、赤木アザミ。2等魔術士だ。煩わしいからこっちの名で呼べ」
「……それで、どうなんだよ。赤木2等魔術士」
「まあ、それもあるがそれよりも重要なことがある」
「重要なこと?」
「禁書魔術を使い、玉砂シズクをこの世に召喚した者。――――そして、この明坂高校とあのショッピングモールで悪霊を呼び出した、骨喰ヒュウガの魔力を持つ者の排除だ」
禁書魔術。
以前、叔父が綴った手紙の中でそれでシズクをこの世に呼び戻したと言っていた。
が、その叔父は、もうこの世にいない。
明坂高校にも、ショッピングモールにも魔力痕を残しようがない。
つまり、彼女が――――赤木が探している骨喰いヒュウガの魔力を持つ者とは――――この事件の中心にいるのは――――赤木の目的とは他でもない――――カロ自身だ。
「なら、ヒュウガさんの魔力を持つ人間を直接狙えばいいのに、なぜ今シズクに攻撃を?」
「玉砂シズクがピンチになれば、そいつは必ず現れるだろ? なんせ、わざわざ禁書魔術まで使って、その魂を呼び出したんだ」
「どうして、そんな回りくどいことを……」
「てめえのせいだろうがッ……!!」
「は!?」
すると、赤木は頭を抑え、苦悶するように顔を歪ます。
「……昨日、あたしは玉砂シズクに何かをしたはずなんだ。階段から突き落とすとか、何かを投げつけるとか、危害を加えようと。そして、その裏にいる人間を誘き出そうってな。ちょうど今日みたいに」
その言葉を聞くと、カロの脳内では昨日の踊り場でのシズクと赤木の接触事故や、中庭で昼食を取っていた時に飛んできた野球ボールが想起される。
「だけど、何も思い出せない。――――なぜなら、てめえに記憶を消されてっからなぁ」
赤木はカロをギロリと睨む。カロはその視線だけで、心臓をきゅっと掴まれた気分になった。
(……おそらく、記憶を消したのは事後処理をした松永だろう。しかし――――)
カロの中には、ささやかな疑問があった。
「……どうして、記憶を消されたことに気がついたんだ?」
「――――髪ゴム」
「え?」
「髪ゴムが、失くなってた。失くすはずのない、髪ゴムが。あたしは毎朝同じところから髪ゴムを取って、毎夜同じところに髪ゴムをしまう。……なのに、今朝は手に取るまで無くしていたことすら認識していなかった。失くして、回収するのを忘れてたわけじゃねえ。認識すら、してなかった。つまり、その前後に――――髪ゴムを失くす前後に何かがあった。それぐらいは、推測できる」
いっそのこと、シズクに関する記憶ごと消してくれればよかったのに。
カロは、松永に対してそう思った。
しかし、それでもこの執念深さがあれば、いずれはここに辿り着くだろうが。
「……さて、時間稼ぎはもういいか? 玉砂シズクを逃していたんだろ?」
すると、赤木がカロに言う。
「でも残念だったな。私の目的があの女ではなく――――」
そして、赤木は燃え滾る焔のように髪の毛を逆立てると、それから赤い魔力を右手の一点に集め、
「骨喰ヒュウガ――――お前自身でッ!!」
と、十字架のハンマーを呼び出して、振り上げた。
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