5-5 戻って来い
ハッとする。
カロの目には、校庭で項垂れている新井と半分ほど黒い魔力――――悪霊によって侵食されているムチが映し出された。
カロは咄嗟にムチをちぎって、新井から距離を取る。
すると、新井もくるっと回転して、後方に飛び退いた。
(今のは、新井さんの心……? いいや、今はとにかく新井さんを捕まえて、悪霊を引き剥がさないと。じゃないと……)
考えるカロの視界の中で、新井が笑う。しかし、それはさっきまでの人間味を持ったものではない。
「――――じゃないと、話も出来なそうだ」
肩が異様に怒り、頭は真ん中に落ちて、顔は瞬きもせずこっちを見つめている。
まるで、悪霊に乗っ取られたように。
(ま、捕まえたところで、きっと変身されて逃げられちまうだろうな。だけど……)
さっきも、そして初めて新井が変身していたシズクをムチで捉えた時も、魔力を通じて心に繋がった感覚があった。まるで、記憶や感情を追体験するように。
(なら、捕まえた一瞬で、ムチを伝って心に魔力を送り込めれば……)
カロは右手をグッグッと握ると、
「前回と違って、さっきの《魔蜘蛛古城》は一瞬だったから、まだ持ちそうだな」
と、呟く。
そして、次の瞬間、新井と視線がぶつかる。と――――カロは、ムチを新井に向かって走らせた。
新井はその場で少しだけ跳ねるとリスに変身し、小さくなってあっさりとムチを躱わす。
そして、地面に着地すると同時に、今度は人間に――――それもいかにも陸上部といった格好の人間になり、一気にカロに向かって走り出した。
「そんなの有りかよ……!」
カロが振り切った腕を今度は反対に動かす。と、ムチはしなり、波打ち、速度を上げて新井に襲いかかる。
しかし、新井はニヤリと笑うと――――次はシマエナガへと化け、ムチを躱わした。
そうして新井は飄々とカロの攻撃をやり過ごすと、最後には元の新井の姿に戻り、想像よりもずっと重い蹴りをカロの腹に突き刺した。
「かはっ――――」
カロは西部劇で足元を転がる草の塊のように、簡単に転がっていく。――――が、その途中、カロはムチをサッカーゴールのバーに引っ掛ける。
と、ムチが伸び切ったところでくるっと体を回して起き上がり、ゴムパッチンのように反動を利用してビュンッと新井に襲いかかった。
「――――!」
螺旋回転しながら迫ってくるカロは、まるで人間ミサイルのようだった。
新井は思ってもみなかった反撃に、一瞬、目を丸くする。――――しかし、間一髪のところで、新井は再びシマエナガに変身すると、なんとか飛び上がってそれを躱した。
……はず、なのだが。
「飛んだな?」
カロは不意をついた攻撃でさえ空振った――――というのに、ニヤリと笑う。
「――――応えろ! 《魔蜘蛛古城》ッ!!」
そう口にすると、カロの右手から漁業で用いる投網のような魔術の網が飛び出す。
と、網は一瞬にして、シマエナガの頭上を覆った。
シュパンッ――――網は鳥シマエナガを包むと、きゅっと出口を絞って、縛り付ける。
その姿を見ると、カロは叫んだ。
「だーしゃッ!! ついに捕まえたぞ!! お前はピンチになると、すぐに小動物に化ける癖があったからな! これなら、リスや人間になったところで身動きは取れねえし、鳥のままでも逃げられねえ!!」
「バーカバーカ!」とはしゃぐ、カロ。しかし、新井もただでは終わらない。
新井は網の中で人間の姿に戻ると、網の一部を掴んで黒く染めていく。
「侵食……!?」
悪霊の魔力は、カロの紫の魔力を黒く染めていく。が、しかし――――それがカロと新井の間でぴたりと止まった。
「悪足掻きしてんじゃねえよ……ッ! ボケッ!!」
すると、今度はカロの紫の魔力が、黒い魔色を新井自身の方へと追いやっていく。これは、魔力の押し合いだった。
「――――ガァッ!!」
悪霊は歯を食いしばると、カラスアゲハを体の中から大量に呼び出してカロに突撃させる。
降り注ぐそれは、まるで矢のようだった。
しかし、カロも一歩も引かない。
「おい、新井ッ!! 俺はまだ、てめえを許しちゃねえぞ! もしてめえが自分を嫌いで、自分を好きになりてえってんならなぁ……」
カロは、新井に向かってそう投げかける。今は悪霊に支配されている、その少女に。
「そんなとこに閉じこもってんじゃねえ! まずは、ちゃんと――――」
そして、グッと網の根元を自分のほうに引き寄せると、
「――――シズクに謝るために! 戻ってッ! こいッ!!」
自分に襲いかかるカラスアゲハもそのままに、力強くそう言った。
――――グッ、ググググッ……!!
黒い魔力が、カロの魔力と気迫に押され、新井のほうへと帰っていく。
「はぁああああああああああああああああッ!!」
そして、紫の魔力が新井の元まで届く。と――――バサァッと翼の羽ばたくような音がして、新井の背中からカラスアゲハが飛び出した。
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