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4-5 オレンジの坂を、転がる想い

 挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)



 新井が何かを見つけて訝しむ。――――瞬間、カロは魔術のムチを呼び出し、クラス表に夢中な新井の足に巻きつけると、それを引っ張った。


「――――へっ?」


 自分たち以外には誰もいない教室で、突如として膝の力を失い、だるま落としのようにストンと椅子に座り込む新井。

 そして、咄嗟に何があったのかと振り返る。


 すると、カロは自分から視線が外れたのをいいことに、大手を振って窓までムチを伸ばし全開にする。

 そして、ムチを引き戻すとくるっと一回転、新井が手に持っているプリントを奪い取って窓の外に放り投げた。


「あっ――――」


 新井がクラス表を目で追う。――――が、その時には、もう紙は窓の外をひらひらと舞っていて手は届きそうになかった。

 側から見れば、プリントが風で吹き飛ばされただけのように見えただろう。


 カロは安堵しつつ、張り付いたような笑顔を新井に向けると、


「ああ、残念だったね……。でも、まあ、風じゃしょうがないね。それにほら、クラス表なんてもう使うこともないんだし」


 と、早口で言い、


「っていうか、俺たちそろそろ帰んなきゃ! こんな時間だし!! な、シズク! ってことで、さようなら新井さん!」


 と、続けて捲し立て、シズクの欠損部が見えないよう庇いながら、カロはカニ歩きに早足というなんとも奇妙な動きで教室を後にした。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 カロと別れてから少し経って、新井は教室を出る。

 廊下はがらんとしていて誰もおらず、独特の不気味さがあった。


 昇降口のロッカーまで辿り着くと、新井はカバンを床に置く。

 と、その時、鞄のチャックの隙間から弁当箱が覗き見えた。


「……健気な女子って思ってもらえたかな」


 ローファーをカタタンッと踊らせるように床に置いて、上履きから履き替える。

 その音が、新井の浮ついている心に似ていた。


 ロッカーの扉を閉じる。

 と、そんな心情を後押しするように昇降口のガラス扉の向こうに、校舎裏から出てくる松永が見えた。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 傾いた夕日に向かって伸びる下り坂。新井は、松永の数メートル後ろで歩く。


 当然ながら歩幅は合わなくて、新井は雛鳥のようにちょこちょこと小走りになってはまたゆっくりと歩く。


 前髪の隙間から覗く松永の後ろ姿は、夕焼けがその褐色肌によく似合っていた。


 しかし、新井は松永ばかり見ていたせいで――――足元の凸凹を見逃してしまった。


「――――はわっ」


 下り坂で転ぶ≒死。


 が、次の瞬間――――それを救ったのはいつもより弁当箱1個分だけ重いカバンだった。


 カバンは背負い投げされるようにくるっと回ると、新井の体も頭も通り越して、地面と新井の間に滑り込みクッションとなる。


「きゃふんっ!」


 情けなく地面に倒れ込んだ、新井。

 と、松永のために用意した大きめの弁当箱がカバンを飛び出して、自分の代わりに転がっていった。


 カコンッ、カコンッ――――軽くしかし確実にダメージを喰らっている音を何度も立てて、坂の下の交差点まで一直線。弁当箱は、好き勝手に跳ね回る。


 その姿を見ていると、自分があんな目に合わなくて良かったと思った。

 まあ、弁当箱ほど軽くはないから、あそこまでひどく地面に打ち付けられはしないだろうけど。


「はぁ……。今日はどうにも転びやすな……」


 左足をさすりながら、カロたちといた時に起きた足を引かれた不思議な現象を思い出す。

 幸い、体は膝にかすり傷ができただけで、動けなかったり致命的な怪我は特になかった。


「……拾いに行かなきゃ」


 我に帰って、新井は顔を上げる。

 と、その瞳に飛び込んできたのは――――転がってきた弁当箱を手に取り、不思議そうに眺める松永の姿だった。


「わわわわわわっ!」


 新井はそれを見ると、慌てて坂を駆け下りる。

 そして、何度も派手に転びそうになりながら松永の元まで辿り着くと、急いで乱れた髪を整えた。


「これ、新井の?」


「……は、はい! すみません」


 そう言って、松永から弁当箱を素早く受け取る新井。いや、早すぎて奪い取ったと言ってもいい。


「じゃ」


 松永はそう言って振り返る。


「――――あ」


 と、ちょうどそこで信号が赤に変わって、松永は交差点を渡る機会を逃してしまった。


 気まずい間が生まれる。

 2人して信号を待つなんて、昨日までは考えられない光景だった。


「体育館裏……」


 松永が呟くように声を発する。


「え?」


 しかし、それは通りかかったトラックの騒音に攫われてうまく聞き取れなかった。


「……いや」


 再び気まずい間に包まれる。――――と、白い押しボタンからパッポーと音が聞こえてきて、信号が青に変わった。


「それじゃ」


 さっきと同じようにそう言って横断歩道を歩き出す、松永。


「あ、あの……!」


「あ?」


「明日も、お弁当持って行っていいですか?」


「……うん」


 松永は、笑わない。――――でも、今はその言葉だけでいい。


 信号が赤に戻る。新井は方向を変えて歩き出す。と、車の行き交う雑踏の中で、


「これで、少しは近づけたかな……」


 と、ぽつりと呟いて、少しだけ頬を緩めた。


 その陰――――松永は新井が見えなくなったところで、ポケットから透明な包みに小分けされた4枚の魔術布を取り出す。


 それは土や埃や煤汚れがついていて、使用感がある。


 そして、その中の1つには、《体育館裏》とラベルに書かれた魔術布があった。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


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