4-4 秘め事
2人はガタガタガタンッと机を辺りに撒き散らしながら情けなく崩れ落ちた。
しかし、カロは次の瞬間、怒りを忘れて悲鳴を上げた。
「――――って、ぎゃあああああああああっ!!」
むくりと起き上がる、シズク。
その顔は右半分が欠けていて、頭の段面が覗いていた。
たぶん転んだ拍子に、どこかに強くぶつけたのだろう。
「お前、おまおま、ごっそりいかれて……!! 大丈夫なのか!?」
その言葉にこくりと頷く、シズク。とはいえ、カロは気が気じゃなく、
「と、とにかく早く帰るぞ! 家に帰るまで体は補充できねえし、それに誰かに見られたら――――」
が、その時だった。
「――――え?」
教室の前方から明らかに動揺した声が、カロの耳に届く。
振り返ると、そこに立っていたのは新井櫻子だった。
(見られた……!?)
素早くシズクの前に回り込む、カロ。今ならまだ、見間違いと思ってくれるかもしれない。
カロは生唾を飲み込む。と、新井から次いで出て来たのは、
「なんで、こんなに机が乱れて……」
という言葉だった。
(セェーーーーーーーーーーーーーーフッ!!)
どっと冷や汗が額から溢れてくる。
カロはその隙に熊のように上からシズクの頭のことを素早く押さえ込み、廊下側に並ぶ列の机と机の間に詰め込む。これで、わざと机の間を覗き込まない限り、シズクはバレないはずだ。
「ああ、いや! ちょっと転んで机にぶつかっちゃって……」
「はぁ……。ずいぶん派手に転んだんですね」
「派手に……。……まあ、うん。派手に」
シズクに担がれすっ転ぶなんてのは、想像している『派手』よりも斜め上だろうけど。
「ところで、新井さんは? まだ帰ってなかったの?」
「日直日誌、出してたので」
「そ、そうなんだ」
カロは怪しまれないよう、新井とシズクの距離感を気にしながら最後尾から席を正していく。
廊下側に、6席ずつ綺麗に並んだ2列。
しかし、カロはふと中央で立ち止まる。手元には1席あぶれていて、それがどっちの列に並んでいたのかど忘れしてしまっていた。
「それ、ここです。私の席。新井、今垣で」
すると、新井が1番端の廊下側の列、その前から2番目を指差す。
それに従ってカロは席を移動させると、1番目と2番目の間に席を捩じ込んだ。
「ここでいい?」
「ありがとうございます」
新井が答える。――――と、その弾みで新井の机からプリントが滑り落ちた。
「あ」
新井が、桜のようにひらひらと舞うプリントを追いかける。と、カロは席の並びを直す中ですっかり油断していた。
「……あ」
今度は、カロが声を漏らす。――――が、気がついた時にはもう遅かった。
「きゃっ! た、玉砂さ――――」
直後、悲鳴が上がる。
プリントを追いかけていった新井が発見したのは、机の隙間で膝を抱え、顔を伏せているシズクの姿だった。
瞬間――――カロは、シズクと新井の間に頭から滑り込んだ。
「――――大丈夫!? 新井さん!!」
それは時間にして、0.5秒。
新井の眼前に堂々と広がる、寝そべった姿のカロ。
その左手には、プリントが握られていた。
「ほら! これ、お・と・し・も・の!」
カロは新井がシズクの頭の欠損に気がつく前に、あくまでプリントが地面に落ちる前に飛び込んで拾っただけという体裁を装って全身でシズクを隠す。
「あ、ありがとうございます」
しかし、新井はそうプリントは受け取りつつも、それよりもシズクが気になるようでカロの奥を覗こうとする。
が、カロも鏡合わせのように動き、それを見事に邪魔し続ける。
「な、なんで邪魔するんですか!?」
「なんでもない! なんでもないから!!」
「た、玉砂さん! 何か意地悪されたりとか……!?」
ヒートアップして、ついに立ち上がる2人。
すると、カロの背からシズクが顔を覗かせる。
しかし、それは右目側だけで、左側はカロの後ろにうまく隠せていた。
シズクがふるふると首を横に振ると、
「ほ、本当に……?」
と、声をかける新井。そこで、これを好機と見たカロは、
「シズクは、俺が転んだのにびっくりして隠れてただけなんだ。ほら、俺がもし意地悪してたらこんなに密着しないだろうし。な、シズク」
と、畳みかけた。シズクも、援護するようにコクコクと頷く。
「……それも、そうですね」
カロたちはなんとか押し通すと、新井はハッとして、
「いや、隠れてたってことは隠したかったってことで、もしかして2人はそういう関係で……」
と、今度は思考を垂れ流すようにぶつぶつと語り出す。
一方で、カロもなんとか誤魔化し切ったものの、どうシズクを避難させようかと思考を巡らせていた。
新井が立ち去るのをこのまま待つのか、先にうまく逃げるのか。
すると、カロの視界に新井の手に握られたプリントがチラッと見える。
「……クラス表?」
「え……。ああ、これ? 2年生になる時にもらったやつですよ。自分のクラスが分からなくならないようにって」
そう言って見せてくる。と、安心も束の間、カロはギョッとさせられた。
「机に入れっぱなしだったんですね。ほら、初日以外必要ないですし……」
そんな雑談など、カロの耳には入ってこない。
なぜなら、そのクラス表には――――シズクの名前が記載されていなかったからだ。
計36名の名前が書かれたその一覧表は、上から追っていかなければその違和感に気がつくことはないだろう。が、しかし――――。
(――――万が一、バレたらまずいんじゃないのか?
それこそ、洗脳が解けた悪霊騒ぎがあった時の松永みたいに。
ああ、くそっ! なんで持ってんだ、なんで持ってんだ、なんで持ってんだ!?)
カロの心臓は、緊張と不安でドクンと高鳴る。
「懐かしいですね。……って、あれ?」
その心臓を突き刺すように、新井が何かを見つけて訝しむ。――――瞬間、カロは魔術のムチを呼び出し、クラス表に夢中な新井の足に巻きつけると、それを引っ張った。
「――――へっ?」
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