4-3 今垣さんと新井さん
「体育館裏? お前――――」
「――――あっ、美味しそー!!」
しかし、その寸前。――――答えは、屋上に吹く風に乗ってやってきた爽やかな石鹸の香りに遮られてしまった。
「新井さんが作ったの? ねえ、私も食べて良い?」
「え……」
いつの間にか目の前にやって来ていた今垣が、新井よりも何倍も大きく明るい声で問う。
目が合うと、今垣と新井、2人の間に一瞬の緊張が生まれた。
今垣の、じっと獲物を観察するようなまん丸な赤い瞳。
それが怖くて、新井は目を逸らし前髪の下に逃げ込んだ。――――そんな時だった。
そんな緊迫した空気を吹き飛ばすように屋上に風が吹いて、
「わぉ――――」
松永の目の前で、今垣のスカートを捲り上げた。
次の瞬間――――遠くで苦悶の声が上がる。
「いでででででででででででっ!!」
それは、カロの声だった。
カロはシズクに両手で、目を潰されるんじゃないかという勢いで視界を覆い隠されていた。
「い、今垣さん! 早く、スカートを押さえて!! じゃ、じゃないと俺の目が!!」
カロがシズクの両手を掴み、なんとか痛みを和らげようと抵抗しながら叫ぶ。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。見せパン履いてるし」
「俺がダメなんだよ! いいから抑えろ!! パンツどころか、何も見えなくなる!!」
「あ、はいはい。ほら、もう見えてないよ」
そう言って、今垣はスカートの前後を抑えた。
「ほら、シズク! 押さえたって!!」
シズクの腕を振り払い、その場から抜け出すカロ。
今垣は「大丈夫だよ」と言うように、シズクにヒラヒラと手を振った。
「仲良いねぇ、あの2人」
今垣がぽつりと呟く。と、それから、
「隙ありっ!」
と、唐突に言って、今垣から社交辞令的に目を逸らしていた松永の弁当箱から、ピックの刺さった肉団子を手に取り口に運んだ。
「……うん。美味しい!」
すると、その行動を見て新井が、
「あ! そ、それは松永くんのもので……!」
と、遅れて動揺する。そして、続けて、
「と、というか、なんで今垣さんがここにいるんですか……!?」
と、今垣の奥にいるカロを覗いた。
「なぜ連れてきたんだ。自分と松永に協力してくれるんじゃないのか」と、訴えるように。
(いやそんな目で見られても……。仕方ないだろ、鉢合わせちゃったんだから……)
▼ ▼ ▼ ▼
それは、昼休みになったばかりのことだった。
「――――あ、玉砂さんと骨喰。あれ、どこか行くの?」
屋上に向かう途中、カロとシズクは今垣とばったり出会う。
同じ授業を受けていたはずなのに、職員室の方からやってきた今垣に面を食らうカロ。
弁当箱を持ちながらのんびり歩いていたカロとは対照的に、今垣の手には授業の質問でもしに行っていたのかプリントが握られていた。
「ああ、ちょっと屋上に……」
「え!? あそこ入っていいの!? いいなー! 私も行きたい! ついて行っていい?」
「え……」
「あ、もしかして2人きりの予定だった?」
その言葉は、大人数と知らない人が苦手なカロにとって絶好の断れそうなチャンス。
が、しかし、間の悪いことにそこに、
「あれ、屋上行かねえのか?」
と、パンを抱えた松永が購買からやってくる。
「あ」
「お、なんだ松永も一緒なんだ。なら、良いよね! 待ってて!」
そう告げて、今垣は颯爽と階段を降りていった。
▼ ▼ ▼ ▼
と、まあこんなやり取りがあって、カロは完全に断る機会を失っていた。
それに、今垣を無理に断る理由もなかった。
別に新井に協力すると、約束したわけではない。「自分で弁当を渡したら」と、提案しただけだ。
「――――ってことで、一緒に」
今垣も新井に同じような説明をする。
と、新井は不服ながらも納得したのか、
「そう、ですか……」
と、膝を抱え、拗ねるように座り直した。
初めて来た時に比べ、騒がしくなって来た屋上。
「カロ、カロ――――」
カロの隣では、シズクが卵焼きを無理やり口に突っ込もうとしてくる。
(そろそろ、飯食う場所変えようかな……)
カロは心の中で、密やかにそう呟いた。
▼ ▼ ▼ ▼
場所は変わって、夕日の甘ったるいオレンジ色に染められた教室。
カロとシズクの他には誰もいない。
「……やばい。帰るのすら面倒くせえ。てか、息するのも面倒くせえ。あーあ、このまま誰か運んでってくれねえかな……」
カロは立ち上がりながらそうボヤく。いや、ボヤいてしまった。
「――――ん?」
カバンを肩に担ぐ。と、カロの目の前で、シズクがしゃがんだ。
「カロ」
シズクは名前を呼ぶと、自信ありげに手を羽のように広げてみせた。
「……」
カロは困惑しながらも、シズクの意図を考える。――――が、すぐにロクなことにならないだろうと直感し、「帰るぞ」と素通りしようとした。
しかし、再び前にやって来てしゃがむシズク。
どうやら、カロの「誰か運んでってくれねえかな」という愚痴を聞いて、自分がおぶろうとしているようだ。
が、その華奢な体つきでは全くカロのことを支えられそうにない。
「……いや、乗らねえよ」
カロは机の間を縫って、進路を変えながら出口に向かう。
しかし、シズクも譲らず、カロは後ろに向かってバランスを崩すと無理やり担ぎ上げられた。
「うおっ!」
魔術由来の体による力なのか、カロはあっさりとシズクに持ち上げられてしまう。
が、力は足りていてもシズクの体の線は細く、さらに非常に不安定な体勢であったため、少し動いただけでグラグラと揺れてしまう。
「お前! さっさと降ろせ!! 最近はマシになったけど、またどこで爆散するか分からねんんだし……!」
そして――――案の定4歩ほど歩いたところで、2人はガタガタガタンッと机を辺りに撒き散らしながら情けなく崩れ落ちた。
「やっぱりな! 思った通りだよ、バァーーーーカッ!!」
うつ伏せで倒れたままのシズクの背中に、怒りをぶつける。しかし、カロは次の瞬間、
「――――って、ぎゃあああああああああっ!!」
と、怒りを忘れて、悲鳴を上げた。
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