4-2 主役交代?
「――――あ、あのぉ……! ほ、骨喰くん……っ!!」
下駄箱。
カロは、栗毛の少女に呼び止められる。
少女は琥珀色の瞳をギュッと瞑って、気弱な性格に見合ったか細い声を精一杯に張っていた。
「え、えっと……。新井さん?」
「は、はいぃ……」
名前を呼ぶと少女――――新井は目を伏せ、俯きがちに返事をする。
「な、何か用? ですか?」
何も切り出さない新井にカロが尋ねる。
と、新井は「こ、こっちへ……!」とカロの袖をグイグイと引っ張った。
▼ ▼ ▼ ▼
校舎裏。
カロは新井と一対一で向き合う。
しかし、新井は自分から呼び出したくせに何も言わず、ただモジモジとしていた。
(……全然、何も言わねえな)
それは見る人が見れば、カロの冷たい目つきと無愛想な態度に新井の低身長や小動物的な雰囲気も相まって、まるでカロが新井をいじめているように見えるかもしれない。
しかし、無言の中その様子を眺めていると、カロは新井のその頬の赤さに気がつく。
そして、年頃なカロの脳は、要らぬ邪推を始める。
(――――まさか告白か!? これは……!)
カロの心は、途端に沸いたヤカンの蓋のようにあたふたと暴れ出す。しかし、
「……」
柱の向こう。
新井の死角から、シズクがこちらをじーっと覗いていた。
だから、それを態度に出すわけにはいかなかった。
カロの期待感を抱きながら、新井から言葉が出るのを待つ。――――と、その時だった。
「あ、あの! これ、松永くんに渡してください!」
新井は、カロの心をぶった斬るようにそう言った。
(……あー、はいはい。また松永ね。ま、知ってましたけどね)
松永と接するようになってから、カロはこの短時間でこんな出来事に巻き込まれるようになってしまった。
まるで松永が主役で、自分が物語を進める道化になった気分だ。
肩透かしを食らって、心の中で勝手に不貞腐れるカロをよそに、新井は肩に下げている鞄をガサガサと漁る。
と、猫の布地に包まれた弁当箱を取り出した。
「……弁当?」
「は、はい! あの、松永くんいつもコンビニパンばかりだから、その勝手ながら……! あ、要らなかったら捨ててくださいって伝えてもらえれば……」
「あぁ……。あぁ?」
しかし、そこで1つ引っかかる。
「今から渡すの? もう放課後だけど……」
「……あ! 今日ずっと、渡そうか悩んでたから、いつの間にかズルズルと……」
渡すことが目的になっていたのだろうか。
新井さんは失念に気がつくと、ゴニョゴニョと言い訳のように分析を始める。しかし、
「それに、渡すなら直接渡しなよ。明日、屋上で一緒に飯食べるから、その時に。その方が、松永も嬉しいだろうし」
というカロの言葉を聞くと、新井はハッとしたように顔を上げ、
「あ、明日、また作ってきます!!」
と、ぺこりとお辞儀をし、足早に立ち去っていった。
そんな背中を見つめながら、残ったカロは1人、ため息を吐いた。
▼ ▼ ▼ ▼
次の日の昼休み。
1週間ほど前までカロ1人でひっそりと過ごしていた屋上には、5人の影があった。
「へー! こんないいところあったんだ!」
屋上に出るなり、赤い髪を靡かせながら今垣が背伸びをする。
「ってか、乗り越えてきて良かったの? 立ち入り禁止のコーン」
「……さあ。怒られる時は、連帯責任だ」
「えー……」
今垣に続いて、カロ、シズク、松永、新井の順に屋上に入る。
カロはいつも通り金網に背を預けて胡座をかくと、その左右にシズクと松永、松永の横に少し間を開けて様子を伺いながら新井が腰を下ろした。
「いつからここで? どうやって気づいたの?」
遅れて、今垣がシズクの横に座り、カロの顔を覗き込む。
「と、友達……」
「え?」
「1人なのはいいんだけど。っていうか、そっちの方が好きなんだけど『あいつ1人で飯食ってるぜ』って思われたくはなかったから、誰にも見つからないところでと……。ほら、立ち入り禁止のコーンがあれば、人も来ないだろうし……」
暗く小さく早口でそう語るカロは、赤城の陽気に晒されて塩をかけられたナメクジのようにどんどん小さくなっていく。
一方、隣では松永が鯉のようにそれが何味かも確認することなく、コンビニパンを開けては胃に放り込んでいく。
「あ、あの!」
新井はそんな松永に勇気をもって話しかける。
松永は、リスのように頬をパンパンにして咀嚼をしながら顔を向けた。
「……わ、私のこと、知ってますか……!?」
松永は口いっぱいのパンを飲み込むと、途中で詰まったのか胸をドンドンドンと叩き始める。
と、そこに新井が「ど、どうぞ!」と慌てた様子で、水筒からお茶を出した。
ゴッゴッゴッ――――胸のつっかえを流し落とす。
「大丈夫ですか?」
そう尋ねる新井に、松永は、
「知ってるよ。新井だろ? 新井櫻子」
と、それから飲み干したコップを掲げて「ありがとう」と続けた。
新井の顔は、名前を覚えてもらっていたというだけなのにみるみる赤くなっていく。と、それから、
「こ、これ,
良かったら……」
と、2段積まれた弁当のうちの1つを松永に差し出した。
それは、可愛い猫の足跡が散りばめられた風呂敷に包まれていた。
「弁当?」
「は、はい……」
感情の読めない松永の声色に、新井は消え入りそうな声で応える。と、続けて、
「あ、でも気持ち悪いかもしれませんし、アレルギーとかもあるかもしれないので気に入らなかったら全然突き返してもらって大丈夫ですし、そもそもいきなりすぎましたよね。そんなにパンあるなら私のお弁当なんてやっぱりいらな……」
そう顔を伏せた。しかし、そんな暗がりから新井を救ったのは、
「――――美味い」
松永のそのたった一言だった。
「……へっ」
新井の声はより高くか細くなって、高揚した顔を隠すため拳を口元に寄せて顔を隠す。
「これ、全部食べていいの?」
「は、はい!」
「じゃあ、ありがたく」
そう言って、松永は遠慮なく弁当を食べ進めていく。
と、少し間が生まれた後で、新井が尋ねた。
「ま、松永くんは、体育館裏でのことは覚えてますか!?」
「……体育館裏? お前――――」
「――――あっ、美味しそー!!」
しかし、その答えは――――屋上に吹く風に乗ってやってきた爽やかな石鹸の香りに遮られてしまった。
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