4-1 特魔がやって来る?
とある日の放課後。屋上には1人、松永がいた。
「……もう仕掛けて来たか、特魔」
学校を屋上から見下す。手には、魔術布が握られていた。
「この学校に潜り込むために、俺どころか全員の認知まで一気に書き換えるとは」
と、松永は手に持った魔術布を握り潰す。
「……魔術布の書き換えの効果は、あくまで人に対してだけ。書類にまでは及ばない。
すでに特魔の連中が何かしらの資料を手に入れていれば、玉砂シズクの記載がないことに気がつくはず。
気がついてしまえば、この学校でのこともショッピングモールでの事件も全て……」
風が、鋭く尖った松永の目にかかる髪を強く煽る。
「つまり、玉砂シズクという存在に接触しようとしてくる奴が――――特魔。
なら、俺はそれを排除するだけだ」
そう言って、松永は屋上を後にした。
▼ ▼ ▼ ▼
あのショッピングモールでの事件から数日。
シズクが日常生活に混ざり込み、38に増えた席の並びにも見慣れた頃。
カロは穏やかな日々を送っていた。
ただ、変化がないわけはなくて、カロと松永は昼休みに屋上で雑談をする程度の仲にはなっていた。
「そういえば、あの騒ぎ。爆破事故ってことになってたけど、大丈夫だったのか?」
「何が?」
「ほら、逃げた人が魔術の話しちゃうとか、あの取り憑かれて暴れてた人とか」
「……まあ、特魔がなんとかしただろ」
「良いのかよ、そんな感じで……」
カロ、松永、シズクは金網に背を預け、3人横並び。
カロは親が作ってくれたその痩せ細った体格には見合わないような唐揚げ弁当を、松永はその恵まれた体躯を満足させるためにコンビニパンの山を消化していく。
「で、彼女が――――玉砂シズクが話したってのは本当なのか?」
「ああ。まだ名前だけだけど……」
そう言って、カロはシズクのほうを振り返る。
相変わらずシズクは、『骨喰』と刺繍された学校指定のジャージを身に纏い、呑気にゆらゆらと揺れていた。――――が、その時。
パクッ――――カロが箸で掴んでいた唐揚げに、シズクが食いついた。
「だー!! 俺の箸ーッ!!」
カロが箸を持つ手をブンブンと振っても、シズクは一向に離さない。
カロの箸ごと口に含む様は、まるで釣り針を咥えた魚だった。
どうやら、虎視眈々と狙っていたようだ。
「離せ! 離せ!! 唐揚げならやるから離せ!!」
ようやくシズクの口が箸から外れる。が、そこにはもう唐揚げはなかった。
「……すごいな。もう飯を食うようになったのか」
松永が、驚きの声を漏らす。
「ああ。俺が食ってるもんをこうやってたまに……。なあ、お前なんか知らないか? 特魔なんだろ?」
「まあ、1つ言えるとしたら人間化が進んでるということだろうな」
「人間化……。ヒュウガさんは、1年で完全な人間になるって言ってたけど……」
「進行度は、それぞれってことなんだろう。
ここで停滞するのかもしれないし、もっと変わっていくのかもしれない」
「へえ。案外、特魔でも分からないことだらけなんだな」
「そもそも禁書魔術だからな」
「禁書魔術?」
「その危険性から、扱うこと自体禁止された魔術だよ。
悪霊を呼ぶなんかその典型例だろ。だから、特魔側にもデータがねえ」
「お前が調査、というか監視してるのもそういう理由で?」
「……ま、そんなとこだ」
すると、松永はパンの山からクリームパンを1個取り出して、シズクに差し出す。
「1個いるか?」
しかし、シズクは首を振る。――――代わりに、シズクは再びカロの唐揚げを箸から奪った。
「お前っ!!」
カロが声を荒げても、シズクはそっぽを向いて知らん顔で唐揚げを咀嚼する。
「いいじゃねえか、1つくらいまだまだあるんだから」
「でも、奪われるのはなんかムカつくんだよ! ってか、せっかく松永がパンくれたんだから、そっち食えばいいのに……」
カロは、松永の向こうに置いてあるパンの山を覗く。そして、若干引きながら聞いた。
「それ、全部食べんの?」
「ああ。この体、どうも燃費が悪くて」
「んな、他人事な……」
その時、予鈴が鳴る。
カロは「やべっ!」と言って弁当を急いで掻っ込むと、3人は屋上を後にした。
▼ ▼ ▼ ▼
たった1滴の小さな力でも、波を起こせば潮目を変える。
カロは、それを松永と関わるようになったことで嫌でも自覚させられた。
「――――なあ、骨喰って松永と仲良いの?」
授業と授業の合間のことだった。
カロは、教室で女生徒に話しかけられる。
話しかけてきた女生徒の手には、確かにカロの消しゴムが握られていた。
「あ、これ、消しゴム。落としてたよん」
「あ、どうも」
その女生徒は、元気に育ったトマトのように瑞々しい唐紅色をした髪を腰元まで伸ばし、シズクの細長い和美人のような切れ目とは正反対のぱっちりまんまるな大きなガラス玉の瞳をしていた。
カロは、女子生徒の顔を見ずにさっさと消しゴムを受け取ろうとする。――――が、その寸前、女生徒は消しゴムをヒョイっと持ち上げると、
「――――で、答えてよ! どうなの、松永とは」
そういえば、そんな話の途中だった。
「あ? ……ああ、仲良いってわけではないよ」
「でも、一緒にご飯食べてたでしょ?」
「ああ、あれは……。ペットの、相談?」
「ペット?」
ガンッ――――その時、後ろの席の机がカロの背もたれを強く叩く。
「でっ!!」
後ろの席では、シズクが不満足そうにこちらをじっと見つめていた。
「どんなペット?」
カロは、慎重に言葉を選ぶ。
表情を見なくても、シズクがじーっと威圧的な視線を送ってきているのが分かった。
「え、えっと……。気まぐれで、無口で……」
「……猫?」
「っぽい感じ」
「ふーん、松永も猫好きなのかなぁ。バイク好き以外の情報がなくって。あと事故ったっていう」
「……まあ、少なくとも嫌いじゃないと思うけど」
「ふむふむ、そんな感じかぁ……。あ、これ消しゴムね」
「ありがとう。ええっと……」
「今垣」
「どうも、今垣さん」
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また、そんなことがあったかと思えば、その日の放課後には――――……。
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