3-3 どうしようもない
瞬間――――息を吹き返したように悪霊が顔を上げる。
そして、子供に向かって手を伸ばすと、影の池がうねり、子供に向かって触手が飛びかかった。
(――――人質を取るつもりか!)
カロと松永は、同時に意図に気がつく。
そして、この時になって、松永はようやく触手に足を取られていることに気がついた。
母親と子供の存在に気を取られ、今の今まで足元に触手が迫っていることに気がつけなかったのだ。
松永は即座に触手を踏み潰し、子供へ向かって走り出す。
無論、その触手自体は松永にとって何の問題もない。
命を奪われるわけでもなければ、すぐに振り払うことができるだろう。――――が、しかし、子供にとっては違う。
松永が出遅れるということ――――それは、死に直結する重要な出来事だった。
(――――間に合わない)
非情にも、カロと松永は同じ結論に至る。
カロは、別に子供を助けたくないわけじゃなかった。
むしろ、目の前で人が死ぬなんてのは御免蒙りたかった。
しかし、絶望に沈んだ体は動いてくれない。
(俺じゃ間に合わない。どう足掻いても、この距離じゃ――――)
目の前で、人が死ぬ。
カロの心は、その事実から逃げるように自分で自分を納得させ、諦めようとした。
――――今のお前じゃあ、何も守ることはできねえ。
しかし、その直後――――。
「――――カロ」
「そうじゃない」と言う代わりに――――誰かに名前を呼ばれた気がした。
▼ ▼ ▼ ▼
一方で、松永は同じ結論に至っても絶望はしていなかった。
代わりに機械のようにひどく冷静に、
(……間に合わない。なら、仕方ない。悪霊優先だ)
そう状況を判断すると、「死んでもらおう」と呟き、照準を悪霊に変える。
松永は、別に子供を助けたいわけじゃなかった。
むしろ、松永にとっては悪霊の排除が第一優先なわけで、子供は戦いにおいてノイズとして認識していた。
もし、悪霊が子供を人質に取って、こちらに対しての抑止力として使おうとするなら、それを見せつけるための時間――――「お前らが動けばこいつを殺すぞ」と警告する間が生まれるはずだ。
であれば、その間、悪霊はは無防備になり、そこが攻撃の隙となる。
それに、もし問答無用で殺されてしまったとしても、どのみちまとめて殺してしまえばいい。
コラテラルダメージ――――致し方無い犠牲というやつだ。
それは、命懸けの戦いの中では、合理的な判断と言えた。
上手く転べば、もしかしたら子供もまとめて救えるかもしれない。
しかし、その時――――松永の目の端に影が映る。
「なっ……!」
それは、子供に向かって走る影だった。
その影は、もしかしたら救えるかもなんてことは許せなかったのだ。
「――――ははっ! ははははっ!! そうだよな……。それでいいんだ!」
遅れて、松永の耳にカロの笑い声が届く。しかし、影の正体はカロではない。
「な、なぜ……!」
困惑する松永の瞳。
そこに映ったのは――――玉砂シズクの姿だった。
(――――まずい! この距離じゃ間に合わない!!)
悪霊に向かってすでに走り出していた松永と、子供に向かって走り出していたシズクとの距離はそう誰もが理解できるほど明らかに開いていた。
すると、そこにカロの声が届く。
「……キュクロープス、キュクロプス」
松永が、振り返る。そこには親指、薬指、小指を曲げて、余った2本の指をシズクに向けているカロが立っている。
「授けたまえ――――《強化》《付与》ッ!!」
カロの声に応えるように、シズクの体が魔力を帯びる。
と、シズクはギュンッと加速して、子供に向かってさらに速度が上げる。
それは、死にに行くようなものだった。
「な、なぜだ! 子供は切り捨てるべき対象で、彼女は守るべき対象で……! なのになぜ彼女を死地に……!!」
「それが、シズクだからな!」
「は!?」
「強いとか弱いとか、守れるとか守れないとか関係ねえ!! やっちまうんだよ!! 助けてえから助ける。そんなどうしようもない衝動でな!!」
――――彼女は、自由にしないほうがいい。
「そんでもって、俺もそうだ。理屈じゃねえ。俺が守るんだ。心配掛けさせるけど、好き勝手動いて、嬉しそうに笑って。そんな、あいつを。あの事件の日、そう約束したんだ。迷惑なんて、何遍でもかけりゃあいい。縛りつけるなんて、まっぴらごめんだね!」
すると、シズクの後を追って、カロも走り出す。
「――――っ! 危ない!」
「――――ユウキ!!」
触手が、眼前に迫る。その時、カロが叫ぶ。今度は、自分がシズクの背を押すように。
「行け、シズク!! 俺を信じて飛び込めッ!!」
すると、シズクはカロの言葉通りに頭から突っ込み、間一髪のところで子供を抱え――――勢いのまま屋上から飛び降りた。
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