1-1 冥途の土産は女の子
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おっす、カロ!
前にあったのは、5つの頃か。約束した魔術の訓練してるか?
ダラダラとした前置きはなしにして、要件を伝える。
ケースには、女の子が入っている。それを、お前に守って欲しい。
がっかりしたか? お前のことだから、魔術の道具とでも思っただろ!
よもや、女の子とはな! あ、えっちなことはしちゃダメだぞ~!
目安としては、1年。世話を頼む。ま、学校まで連れて行けばなんとかな
るから。土人形につき、ご飯は与えなくて大丈夫。ってことで、よろ☆
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軽薄な文。
文字を目で追っていくと、頭の中の叔父が煽ってきたりからかってきたりコロコロと表情を変える。
「『よろ☆』じゃ、ねえよ!!」
通学路。
手に持っていた手紙を、地面に叩きつける。叔父の軽さは、時に人の気分を軽くするが、時に人を苛立たせる節があった。
「どうすりゃいいんだよ!!」
天に向かって、そう叫んでも返事は返ってこない。叔父は、もしかしたら地獄にいるのかもしれない。
カロは諦めてため息を吐き、道を振り返る。
後ろには、『骨喰』の文字を胸に掲げ、ふらふらと左右に揺れながらついてくる少女がいた。
(とにかく、学校ジャージを着せてみたけど……)
カロの着ている白の制服と対照的な黒のジャージは、彼女の儚さを際立たせていた。
(……おそらく、黒魔術で作り出した土人形。それも、たぶん初恋の――――)
少女をじっと見つめていると、叔父の話を思い出す。
それは、叔父が酔った時に耳にタコができるほどよく聞かせてきた叔父の初恋の話だった。
24年前、初恋の人が目の前で死んだらしい。結婚の約束までしていたそうだ。
叔父はよほど好きだったのか、生涯独身を貫いた。
しかし同時に、叔父は口が酸っぱくなるほどカロに言った。
どんなに誰かに会いたくなっても霊だけは呼び出しちゃダメだ。呼び出せば、それに釣られて悪霊もやってきて、術者ごと連れ去ろうとする。そしたら、きっと酷いことになる――――と。
そう語った叔父の顔は真剣で、だからこそそんなことは絶対にしまいと決めていた。たとえ、もう一度会いたいと思える人が――――叔父が死んでしまったとしても。
(だから、幽霊を呼び出すのではなく土人形で初恋の人を――――いや初恋の人らしき存在を作り出して、一緒に暮らしてた? ……だとしたら、ちょっとキモ過ぎるよヒュウガさん。しかし、どうして守って欲しいだなんて。役目が終わったなら破壊すればいいものを。まさか、感情移入し過ぎて……)
と、カロはそこで気がつく。いつの間にか背後にいたはずの彼女が姿を消していた。
「ん? あれ、どこ行った?」
あたりをキョロキョロと見回す。
少女はすでに自分よりも前を歩いていた。
こう見ると、無口すぎるところ以外は普通の人間となんら遜色ない。――――と、そんなことを思った矢先。
「バウッ! バウ、バウッ!!」
曲がり角から、おばあさんを連れて現れた柴犬が、少女に向かって吠え掛かった。
そして、カロは理解した。なぜ、自分が少女を託されたのかを。
「……え?」
土人形の少女は――――玉砂シズクは、赤い玉を宙に残して霧散した。
「――――ぇええええええええッ!?」
カロは思わず声を上げる。
が、しかし、何かに気がついたようにハッとすると、すぐさま右腕をまくり、左手で右手首を掴んだ。
「……ッ、出でよ出でよ出でよ出でよッ! 伸びろ伸びろ伸びろ伸びろッ!!」
そして、目を閉じて、念じるように何かを呟き始めるカロ。
すると、魔力を纏った紫色のムチのようなものが1本、右手のひらから姿を現した。
「出た!」
カロはそれを確認すると、バッと前を向き直って、腕を振るう。
「伸びよ《魔蜘蛛の糸》!」
そして、その叫びと共に、紫色のムチは体をしならせ、散っているかつて少女だったものを赤い玉の周りに集めていく。
「んぎぎぎぎぎぎぎッ!」
カロはムチのしなりに体が持っていかれないように何とか全身で抵抗し、素早く鞭を振るう。そして、
「――――だらぁッ!!」
と、最後にそれらを赤い玉に向かって縛り上げた。
「はぁっ……! はぁっ……!!」
ムチは少女の破片を逃がさないよう、カロの手を離れると、繭のようにぐるぐる巻きになって赤い玉を包む。
そして、それから数秒後――――繭が大きく収縮した。
眩い紫色の光を放って、繭が破られる。
現れたのは、先ほどと変わらず儚い雰囲気を纏った少女――――玉砂シズクだった。
「あれまぁ、今、女の子が弾けたような気がしたけど……」
すると、シズクを驚かせた犬の飼い主であるお婆さんが、曲がり角から姿を現す。
が、カロは何事もなかったかのようにそれを無視すると、また吠えようとした柴犬には睨みを利かせ、黙らせた。
「……気のせいかねぇ」
そう言って去っていく、お婆さん。カロはその背を見送る。
と、安堵から、道路だというのに構わず大きく尻餅をついた。
そんなカロに、少女は何事もなかったかのように近づいてくる。
そして、疲れ切っているその様を見て、あまり感情の見えない顔を横に傾げた。
「な、なんだよ……」
じっと見つめ合う。その土人形の少女は精巧な作りをしていて、体さえ弾けなければ人間と見間違うほどだった。
いつの間にか、少女に見惚れていたカロ。――――と、次の瞬間、少女はねぎらいの言葉もなく、どこからかカラスアゲハがやってくるとそれから逃げるようにして向こうへ行ってしまった。
「心配なんかしてねえか。魂なんか入ってなくて、空っぽなんだもんな」
カロはその自分勝手な後ろ姿を見ると、そう吐き捨てるように冷たく笑った。
さて、こうなってくると問題は――――どうやって学校に入るかだった。
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