2-5 子供で、大人で
お金を払ってコーンを受け取ると、シズクはハンドルを下げ、ぬるっと出てくるシンプルなバニラソフトをぐるぐると巻いていく。
そんな姿でさえ、今は子供っぽさの残る大人の女性って感じで、17歳と22歳という歳の差をしっかりと感じる。――――が、そんなセンチメンタルな気分になったのも、束の間。
シズクはどんどん積み重なっていくソフトクリームを見つめつつも、ハンドルを一向に手放さなかった。
そして、カロが顔を上げたころには、普通は3か4巻きで終わるところをすでに8巻きくらいしていた。
「お、おい……! シズ……」
カロがそう言いかけた時、自分の積み上げたソフトクリームに押されるようにハンドルを離し、後ろによろけるシズク。そして、ソフトクリームは、重力にされるがままシズクに向かって倒れかかる。
「――――危な!」
カロはシズクに手を伸ばす。――――しかし、シズクの背を支えたのはカロのひ弱な骨ばった手ではなく、もっとがっちりとした――――褐色に焼けた太く分厚い松永の手だった。
それは、まるで映画のワンシーン。少しやんちゃなスポーツマンと寡黙な少女の出会い。
松永の指先から伝う魔力は、ピサの斜塔よりも無理な体制で傾いているソフトクリームを、カメラで捉えたようにその場に留めていた。《付与》の魔術で、形を与えているのだろうか。
松永はソフトクリームをジッと見つめると、もう片方の手で魔力を変化させて形を真っ直ぐに戻していく。
「大丈夫か?」
そして、見つめ合う2人。――――しかし、その間に空のコーンが割って入る。
「はいはいはい!」
松永が軽く視線を下げると、そこではカロが自由の女神のようにコーンを掲げていた。
カロは、シズクが持っているソフトクリームの上部分を、自身が持ってきた新たなコーンでごそっと取り除き、2つ目のソフトクリームを作り出す。
ということは、つまり2つ分のソフトクリームを巻き上げてたということになる。そりゃ崩れるわけだ。
カロは一方をシズクに、もう一方を松永に渡す。
「ん」
「いいのか? 俺も」
松永が問う。
「なんだかんだ、つきあってもらったしな。食わないなら俺がもらうぞ」
「……いや、もらうよ」
と、そんなやり取りの傍ら、徐にシズクが歩き出す。
向かった先は、店の外れ――――さっきまで揉めていた親子の元だった。
子供は今も泣きじゃくっている。
と、シズクはそんな子供の前でしゃがみ、ソフトクリームを差し出した。当然、無言で。
親子が困惑していると、カロがシズクの後ろから声をかけた。
「あ、あの、たぶん食べて欲しいんだと思います。ソフトクリームを」
「え?」
当然ながら、母親は困惑。すると、そんな様子を見かねてやって来たのか松永が補足する。
「もし良かったら。僕ら、1個多くつくちゃって。何か、ご都合悪くなければですけど」
母親は、松永を見て息を呑む。すでにカロはその視界に入っていなかった。
普通、知らない人からアイスを差し出されたら引いてしまうだろう。
しかし、松永の爽やかさというか内から滲み出る雰囲気が、ソフトクリームを持っているシズクの端正な顔立ちがそれを覆い隠す。
子供はいつの間にか泣き止むと、指を咥えてソフトクリームをじっと見つめている。
母親も、その視線にやられると「はぁ……」とため息を吐いて。
「なら、すみません。ありがたく頂戴します。ほら、ユウキもお礼言って」
「ありがとう」
子供がソフトクリームを受け取ると、シズクはニコッと笑う。
それから子供は母に手を引かれながらも何度も振り返ってシズクに手を振り、その場を後にした。――――そんな2人の陰。
(美男美女って感じだ。お似合いかもな……)
カロは無意識に目を伏せると、心の中でそう呟いた。
(男らしい趣味と体つき、身長もぐんと高くて、他人を気遣って立ち回れる。それに比べて俺は……)
目つき、体格、口調、教養、それに趣味は魔術。
カロは、自虐で押し潰れそうになり、長いため息を吐く。――――が、次の瞬間。
「――――んぐっ!?」
急に口いっぱいに広がったバニラの息苦しさに、カロは思わずすっ頓狂な声を上げる。
気づけば、目の前ではシズクが、ソフトクリームをカロにグイグイと押し付けていた。
「ちょ、コーンが刺さって……! ってか、俺は食わなっ……!!」
ショピングモールのど真ん中、バニラの海に溺れるカロ。しかし、シズクは一歩も引かない。
「んぐっう、んぐぐぐぐッ……!!」
と、カロはしびれを切らしたのか、シズクから荒々しくコーンを奪い取ると、リスのように口いっぱいに含んで、一気に胃に流し込む。
「これで満足か!」
そして、半分ヤケクソで、そう言い放った。
シズクは声にはならないものの、「お~っ」と称賛するような態度で拍手を送る。
と、それから、褒めるようにカロの頭を撫でた。
「ガキか、俺は! つーか、このソフト……」
すると、傍から見ていた松永が言った。
「俺のをあげたんだよ。そしたら、真っ先にお前に」
「え?」
「食べて欲しかったんだろ。な?」
松永がシズクを見るのに合わせて、カロもシズクに顔を戻す。
シズクは、満足そうに首を縦に振った。
どうして、シズクが自分の方を向いてくれているのかは分からない。
けれど、戯けることでシズクが笑うなら悪くないのかもしれないと思うようになってきた。
そして、そんな自分のちょろさに腹が立つ。
カロは、モヤモヤする心を発射するように「フンッ」と鼻を鳴らして、顔を背ける。
と、松永は「もういいか」と呟き、続けてカロに「で、これからどうする? 映画でも見るか」と、尋ねた。
「え、いや、帰るよ」
「でも、まだ……」
時計を見てみても、時刻はまだ、午後12時30分を過ぎたくらいだった。
「マジか、お前……。遊んでかねえの?」
「もう目的は終わったしな。……それに、ちょっと人に酔ったし」
「……じゃあ、帰るか」
松永は、少し引き気味にそう答える。
きっと、不満足なスケジュールだったんだろう。
が、それでも、カロにとっては人の多いところへの久しぶりの外出で、充実した――――いや、もうお腹いっぱいといった1日だった。
しかし、その帰り道。カロを引き留めるかのように、事件は起きた。
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