2-2 シズク・スクランブル
それは、ショッピングモールに着いて間もない頃。
大きな木を中心に円形に作られたショピングモールの廊下は、そこにずらっと並ぶ店舗の3Dホログラム広告――――光による立体看板によって彩られていた。
ペット用品展から飛び出した光の猫が壁や地面を飛び回り、スポーツショップは有名選手同士の対戦を再現。
本屋に至っては、本のホログラムの中から竜や勇者から兵士、恋する高校生まで飛び出してきて目の前で演技を始める始末だった。
そんな光の広告を、子供たちは親の予定も気にせず立ち止まって眺める。
そして、それはシズクも同じだった。
何度「シズク」と呼んでみても、シズクは反応をしない。もしかして、シズクの生きていた頃にはこんな広告はなかったのだろうか。
(……そういえば、こいつ年上なんだよな)
今は2050年。シズクが死んだのは、叔父から耳にタコができるほど聞かされた話によれば22歳の頃。――――で、叔父の4歳下。その叔父が死んだのは50歳だから……。
(2000年に叔父が生まれて、そこに4を足して2004年生まれ。
そこから22年進めて――――2026年か、シズクが死んだのは)
すると、シズクは本来46歳ということになる。
(……本来なら、俺たちは出会うことなかったんだろうな。
なんならヒュウガさんと結婚してて、いとこの母親ってことになってたかも)
そう思って、カロはシズクのほうを見る。
と、ちょうどその時――――ホログラムの1つである三毛猫を追いかけて、不意にシズクが走り出した。
「――――え?」
その動きは、身軽も身軽。シズクは、猫にぴったりついていく。
「なっ! シズクッ!!」
右に左に、上に下に、人の隙間を縫っていくシズク。
カロは、シズクを必死に見失わないようについていく。と、その後に続いてもう一つ、カロとは別の影も動き出す。
「なんで、あんなに動けて……! これも、土人形だからなのか!?」
しかし、カロには今はそんなことを呑気に考えている暇はなかった。
やがて、シズクと猫は、ショッピングモールを貫くように生えた中央広場の大きな木の根元にたどり着く。
「ま、待っ……! くそ、もっと運動しとくんだった……」
そこまで来ると、やっとシズクと猫の速度も緩んで、息絶え絶えになりながらも追いつくカロ。――――しかし、文字通り息つく暇もなく、災難はやってくる。
「んあ?」
木を囲うガラス張りのショッピングモール。
その各所からシズクの追っていた猫と同じように、十人いや十匹十色のホログラムの猫がやってくる。そして、それらは大木の根元に向かって走り出すと、突如として空に跳ね上がり、花火のように弾けて、星屑を撒き散らした。
そして、その星屑は大木の周りに集まり、やがて大木を中心に土星のような輪を作る。と、その輪は急加速すると、
《ペットショップ《星ねこ亭》 2階 南エリア 午前10時から午後8時まで営業中!》
という宣伝文に変身、自身を見せつけるように猫のイラストと共に宣伝ホログラムとして大木の周りを浮かび、回りだした。
それは、単にショッピングモール内をホログラムの猫が駆け回るという宣伝広告の一環だった。
そして、大木の周りに集まる人は皆、その演出を見上げていた。――――が、しかし、その大木のふもとで一人、気が気ではない人物がいた。そう、カロである。
カロは猫が宙に飛び上がる直前、猫を追うシズクに追いつきかけていた。
が、走りながらその肩に手を置こうとした時――――急に猫が跳ね上がる。
すると、シズクはそれを目で追って急停止。カロは手を空振って、シズクを追い越してしまう。
そして、疲労困憊な様子でよろよろと前に出たカロは、シズクのほうを振り返る。
が、その瞬間――――猫が弾け、同時に猫が弾けたのに驚いて――――シズクも一緒に弾けた。
「お前も弾けんのかい!」
カロはそう怒りつつ、
「出でよ! 《魔蜘蛛の糸》ッ!!」
と、皆の視線が上――――大木の周りの広告に集中している隙に糸魔術のムチを出し、例のごとく縄のように使って、手早くシズクの破片をコアである赤い玉の周りに集める。
そして、シズクのコアは糸魔術でぐるぐる巻くにされ、繭に包まれると、それから何度か蠢き、やがてバサッと解かれた。
中からは、感情の読み取れない表情をしたシズクが現れる。シズクは、初めて弾けたあの日のようにすっかり元に戻っていた。
「こんだけ世話されてちゃ、どっちが年上か分かったもんじゃねえな……。ここ数日の世話のおかげで、もう糸魔術も念じずに簡易詠唱で出せるようになっちまったよ」
カロはその様を見てホッと一息、文句を垂れる。
シズクの表情はうまく読み取れないが、少なくとも申し訳なさや音を感じているわけではなさそうだ。
「……ま、いいや。ほら、今のうちに、本来の目的に戻ろうぜ」
そう言って、気を取り直すカロ。
辺りを見回しても、誰もシズクの様子には、気づいていなさそうだった。
それに、もし数人が見ていたとしても、それは猫の広告に影響されてみた幻覚の類として納得されるだろう。
魔術を知らない者は、いつだって超常現象を科学として処理するものだ。――――が、しかし、1人。
シズクが元に戻ったその後ろ、カロたちがやってきた入口には誤魔化せない人間が立っていた。
そして、それはカロたちが走り出した時に、カロの影を追ってきた人物だった。
「……あ」
松永。――――あの悪霊事件があった日、カロたちを助けた特殊魔術対策課の人間であった。
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「――――まさか、あそこで急に止まって振り返るとは……。いやあ、でも、見失うほうがまずかったか」
アイスコーヒーをテーブルに置いて、松永はそう呟いた。そして続けて、「まあいいや」と椅子を引いて立ち上がると、
「どうせなら、この後一緒に回るか。俺の仕事は、お前たちの監視だし」
と、カロに言った。
「……え?」
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