11-5 自ら溺れる
「――――やっ、神夜の子供。骨喰加那太♪」
槍が首に刺さった陽華が、血を吹き出して倒れていく。
岩手が困惑に、カロが呆然とする中――――その命が潰えたことを証明するように、カロの目の前に禁書《妄信》が現れた。
そして、次の瞬間、目の前にはそう言って笑う小さな生物がいた。
肌は少し褐色だが人間と変わらず、薄ピンクの髪を高い位置でお団子に纏め、ふわりとした黒基調の可愛らしく豪華なドレスからは黒い尻尾がぴょこんと覗いている。
「お前は……!?」
よく見れば、あたりは崩壊した古城に変わっていた。岩手もいなければ、旧特魔でもない。
「アイの名前は、《妄信》♪ ――――禁書に閉じ込められた“愛における七大罪”――――その《妄信》を司る悪魔の王なんだよ」
「禁書に、閉じ込められた? ……ってことは、ここは!」
「そう。禁書の中の精神世界。ここでは、時間なんて流れない。だから、いっぱいお話しできるよ♪」
「話……?」
「うん。――――禁書を使うのか、使わないのか」
目の前の存在が、にやりと笑う。その目に見つめられると、カロは一瞬で心の内を見透かされたような気になった。
「分かってるんだろう? 今のカロじゃあ、岩手には勝てないって」
カロは無意識に目を伏せる。
「だけど、禁書は――――あれは、人でなくなる。……危険な力だ」
脳裏には、禁書《支配》を使ったヒュウガの姿が浮かんでいた。最後まで欲に塗れ、カロに襲いかかってきたあの醜い姿を、思い出さずにはいられなかった。
すると、アイポニーは同じビジョンを見たのか、
「……そうかそうか。ああはなりたくないよね。意外と過程ってやつを大事にするんだなぁ、君は。父親に似て、優柔不断なのかな」
と、言った。
「父親……!?」
カロはその言葉につられて、顔を上げる。が、アイポニーはそれを気にせず、
「でも、ま、アイって心の内を引っ掻き回して無理やり契約させるの好きじゃないからなー……」
と、続けると、それからパチンッと指を鳴らした。
「そうだ、もう少し見てくるといいよ。そして、陽華の言葉を思い出すといい。――――大丈夫。それでも君は、母親と同じように結末を見届けるまで優柔不断でいられるほど弱くはないからね♪」
直後、視界が白くなっていく。と、意識は、
「待てよ! 俺の両親のこと――――」
というカロの言葉を待たずして、現実に戻ってきた。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――ッ!」
現実に戻ってくると、アイポニーの言う通り時間はほとんど進んでいなかった。
目の前では、首に槍を刺した陽華が地面にどさりと倒れ込み、岩手はまだ困惑の中にあった。
さらに手元にやってきた禁書《妄信》は、意思を持つように動き出すとカロの背中のシャツの中に隠れた。
一方、そんなことはつゆ知らず、岩手は、
「自害……!? まさか、命を代償にした魔術……!?」
と、身構える。――――が、何も起こらない。
「なんだ……? 血迷ったのか? それとも禁書《嫉妬》の魔術で、自分の命を利用されるとでも思ったのか?」
その死の理由を訝しみ憶測を重ねる、岩手。しかし、岩手は同時に、
「どちらにせよ、自らの命まで損得で切り捨てられるとは、最後まで強く高潔な人だ。――――だが、強く高潔であるからと言って、最後に勝つとは限らない」
と、陽華を讃えると、振り返ってカロに向き直った。
もう、岩手は素早く詰め寄ったりなどしない。
そうでなくとも、カロを制圧できることは明らかだった。
間合いに入った時、カロは苦し紛れに残った右腕で殴りかかる。――――が、岩手はそれをあっさりと止めると、左腕でカロの首を掴んだ。
「残念でしたね。骨喰加那太。――――あなたたちの負けです。これで特魔は、ボクのものだ……!!」
そんな時だった。――――空間に、聞き覚えのある声が響く。
「お姉、ちゃん……?」
岩手の手が緩む。
それは、アザミだった。
陽華の元へと駆け寄ったアザミの瞳孔が、キュッと小さくなる。そこで、ようやくそれを死体だと認識できたようだった。
「……何があった。ここで」
アザミは泣いてはいなかった。その感情に涙がまだ、追いついていなかった。
「何があったんだよ……! なあ、カロ!!」
だけど、胸にある感情は分かる。
これは、後悔と失望と取り返しようのない絶望と――――そして、決して晴らされることのない寒気に似た“怒り“だ。
「――――そいつがやったんだろ!? 殺してやる!!」
キッと顔を上げると、アザミは魔術でハンマーを呼び出し、岩手に飛びかかった。
アザミの赤い魔力が、いつにも増して鮮やかに力強く揺らめく。対照的に、岩手の黒い魔力は全てを覆い隠すようにどこまでも深かった。
アザミが、ハンマーを下から振って思い切りかち上げる。と、それを黒い魔力を込めた腕を交差して受け止める、岩手。
しかし、その予想以上の力に押されると、続けざま、
「死にやがれ!! ――――《爆花爆々》」
という言葉と共に、ハンマーを顔面に叩き込まれた。
爆破の勢いで顔が消し飛ぶ。岩手の上半身は、蒸気に包まれていた。――――が、次の瞬間、岩手は顔を取り戻し、その白いベールの中から姿を現す。
そして、アザミを《魔術:強化》でこれ以上ないほど高めた拳で殴り飛ばした。
アザミは白目を剥く。が、岩手はそれだけに留まらず、その放物線に追いつくと何度もラッシュをかまして、最後は地面に叩きつけた。
地面に着地すると、岩手はアザミに告げる。
「あなたは後です。まずは、骨喰特等。そして、あなた。――――最後に、あの土人形だ」
そう言うと、岩手は再度カロの元へやってくる。――――が、その時だった。
ガラッと瓦礫が崩れると、その中から真っ赤な手が伸びてくる。それは、アザミの手だった。
岩手はその生命力に驚きを隠せない。
「なぜ……!? どこにそんな力が……」
「……お前を殺す。それ以外、もう何もいらない」
それから「殺す」とうわ言のように何度も繰り返すアザミの姿を見て、カロは陽華の死に際の言葉を思い出す。
――――骨喰くん、何かを得られる機会には躊躇してはいけません。何も得られなければ、全ては無駄になってしまう。欲張ってはいけない。貫き通すんです。たった1つの、大切なことを。それが、人生で得られる唯一のものになんです。
そして、アザミと目が合うと、アザミは、
「カロ……。何してる。殺せ、そいつを……。でなけりゃ――――シズクも死ぬんだぞ」
そう告げた。
「みんな無様に、死ぬんだぞ」
その目は、カロの無力さを責めているようだった。
シズクが死ぬ。叔父の時とは違う。
奪われるでも、自分が死ぬでもなく。――――シズクが死ぬ。
(……それだけは、だめだ)
その言葉をきっかけに、カロは覚悟を決めたように目を瞑る。
「彼は何もできませんよ。左手もない。心も折れている」
しかし、その言葉とは裏腹にカロはふーっと息を吐く。
(俺は本当は、こんなことしたくねえんだよ。ただ平和に平凡に暮らせれば、それで良かった。――――だけど、そこにシズクが無理やり入ってきて。――――シズクの死どころか、悲しむ顔も見たくなくなって。――――だから、シズクと友達になってくれたアザミ(お前)もいなくなってほしくなくて。――――陽華さんだって、本当は)
そして、立ち上がると、
(なら、なんで戦う? なんで求める? なんで殺す? ――――そんなの決まってる。――――シズクが生きている。それだけが、俺が生きてるってことだから。シズクがいなきゃ、意味がないから)
そう自問自答し、
(だから、戦うよ。――――戦う)
と、真っ直ぐな目で、岩手を見た。
「アイポニー、力を貸せ。寿命は問わない。今、あいつをここで殺せれば、それだけでいい」
カロは、禁書に手を伸ばす。と、その体を黒い魔力が包んだ。
「何を――――」
そんな岩手の動揺を置き去りにして、
「まさか、禁書《妄信》か……!? いつの間に!?」
霧が晴れると、カロは黒い魔力を纏って現れた。そこにもう、子供らしい面影はなかった。
カロの前に禁書が浮かび上がる。と、頭の中でアイポニーが、
「さすが親子、同じ選択をするとは。――――話が早くて、助かるよ♪」
と、そう確かに笑った。
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