11-4 散り際に咲く希望
時間は――――カロが陽華を救い、岩手の対峙する時へと移る。
カロが腕を振って、体から《魔蜘蛛の糸》が出るのを確かめると――――岩手も槍をくるくると回し、手に馴染ませて構えた。そして、
「《魔術:強化》」
と、岩手が口にした時だった。
死の冷たさを感じさせるドス黒い魔力が、岩手の体に満ち満ちていく。と、刹那――――岩手はカロの前に現れた。
槍で突きを繰り出す、岩手。
ルイスが使っているわけではないから酸を纏ってはいないものの、禁書《嫉妬》の魔力によって出力を上げた《魔術:強化》は、カロとは比べ物にならない強さと素早さを持っていた。
その差を埋めるのは、やはり《魔蜘蛛姫ノ綴織》による身体能力強化と脳で想像・反射した通りに動かすことのできる身体操作性だった。
岩手の槍が、カロの頬を掠めながら切り裂く。
しかし遅れて、その傷をカロの体の中に張り巡らされている魔術の糸が補剛していく。
一方で、カロはカウンターで岩手の腹を右腕で殴りにかかる。――――が、それが触れる直前、岩手が槍をくるっと回したことで柄で弾かれて拳の軌道を変えられてしまった。
体制を崩して岩手の右横を抜けていく、カロ。
その背中に、岩手は思い切り肘を落とす。と、カロは地面に打ちつけられた。
すぐに身を翻して転がり逃げようとするカロを、岩手の槍が追いかける。――――と、何度目かの岩手が地面に槍を突き立てた時、カロはブレイキンのようにその場で回転する。
そして、槍を蹴り払いながら体を起こし、岩手の腹を殴った。
岩手は後ろによろけて顔を上げると、カロがさらに間を詰めて殴りかかってきていた。
それを岩手は槍で薙ぎ払う。――――が、そこに手応えはなかった。それは、カロが《魔蜘蛛姫ノ手鏡》で召喚した糸人形だった。
カロの糸人形は、斬られながらも岩手の槍に纏わりつく。と、その後ろにいた本物のカロが、手から伸びた糸を引っ張った。
すると、糸の先で槍に絡みついていた糸人形も連動して引っ張られ、槍をどこか遠くへと飛ばしてしまった。
「これで、マシになった!」
そう喜ぶカロとは、対照的に、
「そんなもの無くたって……」
と、岩手は表情1つ崩さず詰め寄る。そして、右フックを繰り出した。
「むしろ、1発で首を刎ねられない分、お前が死ぬ時に苦しくなっただけだ」
カロは、魔蜘蛛の糸を巻いて強化した左腕でそれをなんとか受ける。と、そこへカウンターの右拳を打ち込んだ。
しかし、それもあっさりと躱される。と、カロは次に飛んできた右ボディをモロに喰らってしまい、畳み掛けるように回し蹴りを右半身にもらって、なすがまま地面を転がった。
(馬力が違う……!! どっから持ってきたか知らねえけど、魔力のストックも《魔術:強化》に込められる魔力量も差がありすぎる……!!)
這いつくばって岩手を睨む、カロ。
さらに立ち上がろうとすると、ガクンと力が抜ける。
見てみると、土人形で作られた左腕がボロッと左手も砕けていた。
それでもなんとか膝を曲げ、右手を使い、立ち上がってみせる。
そして、初めてカロが悪霊と高校で対峙した時のように自身の左に右手を構えると、反応できないであろう間合いに入った瞬間――――居合斬りのように岩手に向かってムチを振るった。
その攻撃は、《魔蜘蛛姫ノ綴織》で身体能力を強化されている分、あの時よりも素早く鋭いはずだった。――――しかし、岩手はそれを右手を盾代わりにして防ぎつつ、左手で捕まえると、グッと強く握ってカロの意思に関係なくムチを消してしまった。
「……っ! 吸収てやつか……!!」
カロの頬を、汗が伝う。
左腕欠損どころか、五体満足でも勝てるビジョンが浮かんでこなかった。
一方、その場にはもう1人。――――絶望に打ちひしがれている者がいた。
背中を斬られ、壁を背に座り込んだままの陽華だった。
(このままでは、彼は負けてしまう。せめて、台頭に戦える力があれば――――)
その傍ら、陽華はおとなしくなった禁書《妄信》に手を触れる。
陽華はそれを使おうと、真っ直ぐに岩手に向かって手を伸ばした。
しかし、その瞬間――――陽華は背中から血を吹き出して倒れた。体が、受け取る魔力に追いついていないのだ。
近いのに遥か遠くで戦っているように見える、カロと岩手。
(これが、彼にあれば……。けれど、私が持っていったとしても《魔術:浮遊》で飛ばして届けようとしたとしても、スピードも力も骨喰特等より上の岩手に気づかれれば、先に奪われ、むしろ禁書《嫉妬》と合わせて誰も止められなくなってしまう)
歯を食いしばる。
力を持ちながらどうにもできないという歯痒さを奥歯ですり潰してみても、なんの解決にもならないことは陽華自身が1番分かっていた。
(どうにかして、骨喰特等の元にピンポイントで飛ばす手段があれば……)
すると、その時、禁書が笑うようにカタカタと揺れた。
「……私は、彼に託すことしかできないの? この戦いを見守ることしか……。そんなことって……」
しかし、その無念から溢れた自身の言葉が、ひらめきを与える。
(……託す)
そして、陽華は地面に転がっている槍を見る。幸いここから遠くはなかった。
――――万が一、私が失敗したら、なんとしてもあなたが岩手紫衣羽を倒してください。そして、その時は禁書《盲信》をあなたに託します。
背中の痛みを背負いながら、無様に這いずっていく。その結末は、決して陽華にとっても良いものではないはずなのに。
そうしてついに槍に辿り着くと、陽華は刃に映る自分を見て決心を固めた。
「――――骨喰特等。いえ、骨喰加那太くん!」
その声は、カロだけでなく岩手にも届き、その足を止める。
「何を……? ろくに戦えないはず……」
しかし、陽華は誰に聞かれていようと構わず、
「私からの人生の教訓です。――――骨喰くん、何かを得られる機会には躊躇してはいけません。何も得られなければ、全ては無駄になってしまう。欲張ってはいけない。貫き通すんです。たった1つの、大切なことを。それが、人生で得られる唯一のものになんです。そして、それは私にとって、『アザミが幸せに生きること』。だから――――」
と、続ける。
すると、岩手が困惑する中、カロだけが、
「まさか……!!」
と、勘づく。
「だめだ! 陽華さん!!」
悲壮感漂う、カロの叫び。――――しかし、それは覚悟を決めた人間には届かなかった。
「――――私はそのために、約束通りあなたに託します。あとは任せましたよ」
次の瞬間――――陽華は槍で自らの首を刺した。そして、
「なっ――――」
と、驚き固まる岩手の後ろ。
茫然自失のカロの目の前に――――その死を証明するかのように、禁書《妄信》は現れた。
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