10-end 白のページ
「ねえ、陽華補佐。ボクと手を組みませんか? ――――このクソッタレな世界を。ボクたちを拒絶したこの世界を」
岩手は、酸の槍に背中を切られて這いつくばる陽華に言った。
陽華はそれをすぐに突っぱねることは、出来なかった。
「……確かに、恨んでましたよ。妹のことは」
そう答えると、陽華の魔力がブワッと溢れ出す。
「《魔術:障壁》は、ろくに教えてもらえなかった。だから、何度も川に飛び込んだ。不貞腐れて家に帰らなかったり、妹より何倍も食べてみたり、格闘技を習ったり……」
陽華は痛みに耐えながらも、無理矢理に上体を起こす。そんな陽華を、魔力はより一層騒がしくなり囲った。
「……ほらね、欲求を正しく認識すれば、魔力はこんなにも艶やかに輝き出す」
黒い魔力の霧は、陽華自身の紫の魔力と混ざり合って一種の美しさを纏っていた。永遠に続くような深い深い、宇宙の広大さに似た色だ。
「だけど、気づいたんですよ。――――本当に嫌いなのは、両親だったって。あの家だったって。アザミじゃない。私とアザミを阻む、全てが嫌だっただけなんだって」
しかし、次に紡がれたのはアザミを否定する罵詈雑言でも、現状を憂う嘆きでもなかった。
「でも、気づいた時には、もう遅かった。――――私たちは、“当主“と“そうでないもの“に分かれてしまっていた。――――なのにね、アザミはそんなの関係ないように乗り越えてきて。私が岩手隊に移る時についてこようとするし、無茶だっていっぱいするし。お姉ちゃんて、呼んでくるんだよ」
禁書《妄信》は、陽華の言葉にガタガタと揺さぶられていく。そして、黒いページがバシッと開かれ。
「私は、結果のために過程を放棄してしまった。――――だから、決めた。お母様の言葉通り、アザミを守るって。――――このしがらみも、赤木家も、アザミがトップになって全部ぶっ壊して、跡形もなく燃やし尽くしてくれるまで。それまで、アザミを守る」
そう背中の痛みに抗いながら立ち上がった時、
「――――未来を変える。そうすれば、何の躊躇いもなくアザミを抱きしめられるから」
陽華の前に浮いていた禁書《妄信》の黒いページの向こう側から現れた白い光が、陽華を包んだ。
▼ ▼ ▼ ▼
そこは、水中にいるような真っ白な空間だった。
「よくぞ、自分の欲を乗り越えましたね。――――赤木陽華」
そう語りかけるのは、陽華よりも遥かに大きい目を閉じた女性だった。背中には、翼も生えている。
「あなたは……」
「我が名は、《尊重》。《妄信》の封者にして、かつてこの世界に存在した神の使徒」
「封者……。使徒……」
それは、禁書に関わることを聞くには絶好の機会だった。しかし、陽華はハッとすると、
「それでここに連れてきてどうするつもりですか? 私が死んだわけではないのなら――――いえ、たとえ死んでいたとしても、さっさと私を現実に戻してください! 私は、戦わなくてはならないのです!!」
と、要求した。
「ここに来たものは、皆、居心地の良さに甘んじ、飲み込まれ、自我を失う。しかし、さすがですね。欲を超えた意志と決心を持つ者よ。私は、あなたが望めば、あなたを現実に返しましょう」
「なら――――」
「――――しかし、良いのですか? 現実に戻り、たとえ岩手紫衣羽を倒したとしても、あなたは2週間も経たずして死んでしまう。《盲信》とは、そういう契約だったでしょう?」
ウェスーリの試すような問いかけに、しかし、陽華は、
「構わない」
と、即答した。
すると、ウェズーリは笑顔になって、
「地に落ち、それでもなお太陽を求めようとする人の子よ。――――正しき意思には、私の力を授けましょう」
と、言った。
▼ ▼ ▼ ▼
陽華は、現実に戻ってくる。――――と、その姿は一変していた。
自分を包む魔力はどこまでも明るい白色に変わり、自分を照らしていた禁書《妄信》の上には、黒い部分が払われ、“白いページ“が現れていた。
「何が……!」
そう警戒する岩手の目の前に、
「――――《爆花爆々》」
と、声を置き去りにして現れたのは、アザミではなく――――陽華だった。
「なっ……!?」
かと思えば、
「《流我引水》――――」
と、聞いた直後には、陽華に足を払い投げられた身体をさらに追い打ちで襲ってきた水流に突き上げられていた。
宙に浮く、岩手。一方で地面では、陽華が空気のビームを撃つ時と同じように腕を前に出して構えていた。
「《百花氷結》」
直後――――凍りついた空気が龍のように畝り、岩手を貫く。
「がはっ――――」
岩手はそのまま壁に叩きつけられると、そのまま体を氷漬けにされた。
「なんだ……!! その力は……!! 総司令にアザミ1等……。まるで、赤木家の全ての生得魔術を使えるようになったみたいに。――――いや、”みたい”ではなく、”なった”のか!? 全てを使えるように!!」
「――――《赫螺模倣》。それが、私の生得魔術。この力は、この血に宿る全ての魔術を自由に扱える。そう、魔力が教えてくれている」
「ここに来て進化か……!! だが、ボクだって……!!」
すると、岩手は黒い魔力を纏い、手のひらの上に魔術を発動させると氷を砕く。そして、2人は同時に飛びかかった。
陽華が右手を振って殴りかかると、岩手がそれを左手で受ける。しかし、陽華はそれに飽き足らず、アザミのように拳を爆発させるとその勢いで岩手を吹き飛ばした。
「他者からの魔力の吸収。そして、承認した他者の命を魔力に変える能力。――――知ってはいたが、思ったよりも厄介。――――魔力を使い切らせるしかない。あるいは、有無も言わさず殺す」
そう言うと、陽華はすかさず空気の渦を放つ。――――が、岩手は右手を前に伸ばすと、それを吸収するようにして若返った。
相殺しても、岩手の顔色は良くならない。むしろ、焦りを段々と帯びていく。
「あの魔力量……! 禁書《妄信》の白いページが供給しているのか……!! あの背中の傷を放置してるのから見て、回復系の魔術は持ち合わせていないはず。――――なら、魔力切れには期待せず、隙をついて殺し切るまでだ!!」
禁書《嫉妬》をどうして岩手が持っているのか、自分がなぜウェズーリに会えたのか、そして仲間たちはどうなったのか。
そんな積み重なる疑問を忘れて、2人は戦い続けた。――――しかし、決着はあっさりと訪れる。
それは、中央で近接戦闘になった時だった。
釣り合っていた拮抗を、陽華が足裏を爆破させ加速した蹴りで岩手のガードを壊すことで、崩す。
そして続けざま、魔力から生まれた水を纏った陽華の鮮やかな柔術に投げられると――――岩手は着弾地点に落ちていたルイスの槍を手に取って、詰めてきた陽華の顔に振り下ろした。
が、それを氷を纏った腕で受け止めると、陽華は、
「――――うらぁっ!!」
と、声を上げ、岩手の無防備な腹を蹴った。
今までは魔術で上回っていたからこそ、対抗できていた赤木陽華という存在。――――しかし、そのアドバンテージを埋められ、魔石具もないとなれば、こうなるのは必然だった。
「まずい……!!」
勢いの押されて壁まで後退りした岩手の顔に、陽華の投げた槍が矢のように鋭く飛んでくる。と、岩手がそれを避けたのと同時に、陽華がその顔を鷲掴みにし、蹴りで撃ち抜いた。
躊躇のない暴力と、息つく間もない戦闘。
岩手は転がり逃げると、陽華は壁に刺さった槍を抜いて、そんな岩手を追いかけようとした。――――その時だった。
カラン、カランッ――――陽華は、槍と共にその場に倒れた。
陽華自身も、なんで倒れたのか分からないと言った様子だった。しかし、よく見ると、
「血だ……!」
その岩手の言葉通り、陽華の後には血の跡が続いていた。
「……ッ、ははっ! 運がなかったですね、赤木陽華」
岩手は安堵したように笑う。しかし、そこに軽蔑はなかった。
「最も手強く、最も驚かされた相手でした。赤木陽華補佐。私は、あなたと戦えたことを忘れないでしょう」
岩手はそう言うと、槍を拾う。
「せめて、一思いに。――――《魔術:強化》」
そして、それを振り上げた。
「――――《魔蜘蛛の糸》ッ!!」
が、次の瞬間――――そこに、陽華はいなかった。魔術の糸が攫っていったのだ。
「骨喰ぃ……!! 加ぁ那ぁ太ぁ……ッ!!」
岩手の目に映ったのは、陽華を抱き抱えるカロの姿だった。
カロは陽華の背中に添えた自分の手が真っ赤に染まったのを見ると、優しく地面に置いて、それからルイスと同じように傷口を補剛した。
「骨喰、くん、気をつけて……。彼は禁書を持っている、あれは魔力を吸収します」
「岩手隊長が、禁書を……!? ――――分かりました。あとは任せてください」
陽華にそう告げると、カロは立ち上がる。そして、怒りで爆発寸前の岩手の前に立ち、
「間に合ったっぽいな」
そう言って、拳を構えた。
「間が悪いんだよ」
すると、それに応えるように岩手も槍を構える。
しかし、カロが《魔蜘蛛姫ノ綴織》と《魔蜘蛛姫ノ手鏡》で戦えるほど――――禁書《嫉妬》を手にした岩手は、甘くなかった。
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