10-5 自己愛
「それが、世界を壊す権利……」
「ボクだけじゃない。彼らも、親のいない子供たちだった。彼らも、この世界に幸せと平穏を奪われた人間なんだ。――――だから、権利がある。世界を壊して、幸せになる権利が」
「彼ら……。久慈1等や工場の少年少女たちですか……」
旧特魔。
禁書の封印されていた部屋の、さらに地下。
禁書《盲信》の攻撃によって腹を貫かれて横たわる岩手と、それを見下す陽華が対峙していた。
「なら、あなたは彼らのために生きようとは思わないのですか? 彼らに闘争以外の道を示そうとは……」
「違う。それは、違う。――――ボクは、彼らを率いてるからこそ、背中を見せなきゃいけない。成し遂げなきゃならないんだよ」
「なぜ、止まらないのです!」
「止まれないんだ。ボクか特魔、どちらかが尽きるまでやる。じゃなきゃ、幸せになれないんだよ……。ずっと、苦しいままなんだ。だから――――」
岩手は死に体ながらも、虚な目で陽華を睨むと、
「――――止めたきゃ、殺せ。でなきゃ、あなたが死ぬだけだ」
そう、言い切った。――――次の瞬間、陽華の背中を酸の槍が襲った。
「ル、イス――――」
その言葉通り、陽華を襲ったのは左手をだらんと垂らし、右手だけで槍を操るルイスだった。
(話は、時間稼ぎか……!)
真意に気づいた時、陽華はその場に倒れていた。一方で、ルイスは岩手の姿を見つけるとすぐさまそばへ駆け寄る。
「岩手様……!!」
その姿を見て狼狽える、ルイス。だが、ルイスが名前を呼んでみても、岩手は、
「ルイスか……?」
と、尋ねるだけだった。
始めて見る弱々しい姿。もう命が長くないことは明らかだった。――――が、ルイスはその手を取ると、
「岩手様、私の命を。――――あれを、お使いください」
と、希望を持って強く岩手のことを見つめた。
▼ ▼ ▼ ▼
岩手の視界は、霞んでいた。
目の前には青黒く変色した左手がある。
それと、何かから無理やり手抜いたような輪っか状の後もついていた。
おそらく、使い物にならないだろう。
(……青髪。柔らかな手。これは、ルイスか……?)
見えているのに認識できない。
そんな最低限しか機能していない中、知る由もないルイスは必死に語る。
「私、戦場にあなたが現れた時、神様だと思ったんです。――――親を殺されて弟と2人きりで、人の足音に怯えて、いつが朝か昼かも分からない。明日には殺されるかもしれない、そんな日々の中からあなたが助けてくれたから。居場所を、生活を、友達を、読み書きも、家も……。全部全部くれたから。――――だから、私、もう後悔ありません……!」
耳に水が満ちているようだった。まるで言葉が入ってこない。
「だから――――お返ししたいんです」
しかし、ルイスはそれでも訴え続ける。と、その想いが実ったのか、
「お願い。岩手様、生きてください。――――私の命で」
という言葉だけが、岩手の頭に届いた。
視界が晴れて、ルイスの顔が見える。悲しい顔をしていた。まるで、迷子になった子供のように。
その頬を岩手は、優しく撫でると、
「……ルイス、ありがとう」
と、優しく微笑む。そして、
「君の想いは、分かった。最後のカードを切る。だから、泣かないでくれ」
と、告げた。
すると、ルイスは、
「はい! 良かった。最後に岩手様の力になれて」
と、満面の笑みになった。
次の瞬間、空から禁書が降ってくる。
「あれは……!!」
陽華は自分の目を疑った。しかし、それは陽華のものでも、かつてヒュウガが使っていたものでもなかった。――――3つ目の禁書《嫉妬》だった。
陽華は這いつくばりながらも、それを岩手の元に届かすまいと必死に黒い魔力の霧を伸ばした。しかし、それよりもコンマ早く、
「ルイス――――君の命、くれるね」
と、岩手が頭を撫で、
「はい」
と、ルイスが返事すると、禁書《嫉妬》は黒い霧を拒むように弾いた。
「――――《O・リフィス・禁書形態》」
次の瞬間、禁書《嫉妬》がパラパラとめくれ、岩手の手の中にいたルイスが――――真っ黒な魔力になった。
岩手は黒い魔力を体の中に取り込むと、今までそうだったように肉体を若返らせ、立ち上がった。
「やられた……!!」
陽華が危機感に包まれる一方で、岩手は妙な充実感に包まれていた。
体に満ちたかつてルイスだった魔力が、岩手に語りかける。
――――嬉しいなぁ。最後に、岩手様のためになれたから。
胸を押さえて、その想いを噛み締めると、岩手はゆっくりと目を開き、
「最後にじゃない。最後まで、だ。ルイス、君の初めてわがまま。最初で最後の君の願い。叶えるよ。――――ボクは、生きる。そして、最後まで成し遂げるよ。復讐を」
そう、優しく微笑んだ。
それから岩手は禁書《嫉妬》を自分の目の前に浮かばせると、
「さて、逆転しましたね」
と、いつもの薄っぺらい笑顔とは違い、真剣味のある表情で言った。
陽華が黒い霧を飛ばしてみても、岩手は手を前に翳して防ぐばかりだった。
「無駄な足掻きはやめた方がいい。守ってるんじゃない。吸収してるんですよ。それ以上攻撃しても、ボクのためにしかならない」
岩手はゆっくり近づきながら、そう諭す。と、それから、
「ずっと、ボクとあなたは同じだと思っていた。だから、この計画において、赤木家だけで唯一、あなたとは協力できるかもしれないと」
と、衝撃的なことを口にした。
「私と、あなたが……!?」
「だって、そうでしょう? あなただって、赤木家が。――――妹が、憎かったはずだ」
「……!」
「なぜ、あなたの魔力の色は紫なのです? 妹を守るのが使命なら、それは黄色になるはず。でも、あなたは使命感で動いているわけでも戦っているわけでもない」
岩手の言葉は教えを語る神父のもののように、スッと心に入ってくる。いや、入ってきてしまう。
「なら、そもそも何のために魔力を生み、戦うのか。――――それは、自己愛ですよ」
「自己愛……?」
「妹のことなど、言い訳に過ぎないのです。当主の座を奪い、服従することを選ばせ、どんなに活躍しても越せない存在。――――あなたの本当の原動力は、“妹への嫉妬心“。そして、役目を果たすことで“自分のことを認めて欲しいという承認欲求”なのです」
「そんなことは……!」
「生得魔術は、自分の本当の欲求を理解し、認めなければ発現できません。あなたが発現できていないのが、その答えなのではないですか?」
陽華は何も言い返せなかった。すると、岩手は最後に、
「ねえ、陽華補佐。ボクと手を組みませんか? ――――このクソッタレな世界を。ボクたちを拒絶したこの世界を」
と、陽華に言った。
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