10-1 大将戦
カロとリトリーが再び合間見える数十分前。――――そして、岩手と陽華が2人きりになって、数分が経った頃。
「――――《牙》」
禁書が保管されていた部屋の地下。
大きな恐竜が口を開いたような荒々しく並ぶ黒い魔力の棘が、地面を波打ち、岩手に襲いかかる。
しかし、自身を食い千切らんとするそれを、岩手は横に転がり、間一髪のところで躱した。
「確かに早い……。しかし、こんなものですか! 禁書の力というのは!?」
岩手が、煽るように声を張り上げる。が、陽華は至って冷静に、
「いえ、これで完了しました」
と、返すと――――次の瞬間、
「《柊》」
という陽華の声を合図に、岩手の体の中から皮膚を蹴破って無数の黒い棘が飛び出した。
岩手は空を見上げ、そのままどさりと後ろに倒れる。誰が見ても、致命傷なのは明らかだった。――――が、風が吹く。
「――――《O・リフィス=ディレクション》」
すると、そう口にした岩手の袖が揺らめき、魔石のついた腕輪が姿を現した。
「……なるほど。動き回らせ、息を切らせる。そして、霧よりも細かくしておいたその禁書の粒子を体の中に取り込ませ、一気に爆散させる。相当な初見殺しですね」
岩手は、むくりと起き上がる。
それは、まるで出会った頃まで時が戻り、全て無かったことになったみたいだった。
「なぜ……!?」
「禁書《妄信》は、“望むものを生み出す力“。……であれば、あの黒い霧に似た魔力は、大きさも形も、数だって。どこまでも想像した通りに変化させられると言ったところでしょうか。――――流石、禁書。悪意ある者が一度手にすれば、誰も手をつけられなくなる」
分析を進める岩手に嫌な予感がして、陽華は黒い霧を這わせる。そして、
「――――《旋》」
そう、唱えようとした時だった。
ガクンッ――――急に足が重くなった。まるで、自分にかかる重力だけが強くなったような感じだ。
目の前では、竜巻のようになって岩手を囲っていた黒い霧が霧散する。すると、
「力に頼りすぎると、自分で立つことを忘れますよ」
と、岩手が笑った直後――――部屋を囲っていた6つの大きな柱たちがゴウンッと音を上げ、動き出した。
「……なぜ守るべき禁書よりも地下に、この空間があったか分かりますか? それはね、ここにはかつて禁書の力を封じるための装置があったんですよ」
「装置……?」
岩手の言葉を証明するように、柱の中から巨大な魔石が姿を現した。それは透明で、何色にも染まっていない魔石だった。
柱の魔石は、禁書の真っ黒く塗られたページから溢れ出る黒い霧をどこまでも際限なく吸い込み続ける。――――と、やがて陽華の前に浮いていた禁書《妄信》は、魔力を吸われ続けながらも行き場を失ったように部屋の中央天井近くまで浮かび上がっていった。
「これでようやく五分ですね」
それ見て、岩手が笑った。
「なぜ、そんなことを知っているんですか……!?」
「こちらには、情報提供者がいるんです。僕と同じ、逸れ者にね」
「情報提供者……。しかし、この施設は旧特魔でも、上の者しか……。――――まさか!」
何か確信を得たのか、しかし、陽華はその名前を口にしない。
代わりに陽華は魔力を纏う。自前の紫色の魔力だ。
「……ならば、なおさら私がケリをつけなくてはなりませんね。全て吐いてもらいますよ。――――岩手紫衣羽」
「さすがに禁書を奪っただけでは、戦意は失くしませんか」
「あんなものは、仮初の力です」
「そういえば、あなたとは戦ったことありませんでしたね。――――赤木陽華」
「ええ。味方でしたから、肩書き上は。ですが――――」
すると、その会話の直後、岩手の目の前には――――魔力を纏った小石が現れる。小石の向こうには、蹴り上げた陽華の足が垣間見えた。
「――――すでに敵なんですよ。私とあなたは」
バチィンッ――――岩手の《魔術:障壁》と小石がぶつかる。
「この程度では、ボクの《魔術:障壁》は砕けませんよ!」
そう叫びながら、次に岩手の視界が陽華を捉えた時、陽華は走りながら脱いだ上着を岩手に向かって投げつけた。
上着は不自然に浮くと、岩手の顔の前で大きく広がり、岩手から陽華を隠す。
「《魔術:浮遊》と《魔術:付与》で、目眩しを……!」
すると、次の瞬間、上着の向こうから――――5つの弾丸が岩手を目掛けて放たれる。
しかし、岩手の《魔術:障壁》は、その全てを拒絶した。
「……ッ! ただの弾丸では《魔術:障壁》は砕けませんよ!!」
岩手はそう良いながら上着を掴み、払う。――――が、開けた視界の向こう。あったのは、宙に浮く拳銃だけだった。
その光景を見て、岩手は悟る。
(まさか、これすらも《魔術:浮遊》で浮かせ、《魔術:付与》で遅れて発射するように……!?)
そんな一瞬停止した思考の中に、
「隙とは、後手に回った時間の積み重ねで生まれる。銃を撃てば嫌でも数秒は弾丸に気を取られ、ジャケットで動きを隠せば次の手に反応するのに数秒遅れる」
という陽華の声が、響き渡った。
岩手の背後――――陽華が両手を岩手に向けて構えていた。
その手のひらの中には、確かに透明な空気の畝りが見えた。
「――――そして、その数秒が欲しかった」
「しまっ――――」
直後――――陽華の手の中に圧縮された空気が放たれる。
空気は、螺旋回転する透明なビームとなり《魔術:障壁》を砕くと、岩手の顔に直撃した。
さらに、その後ろにあった柱までもを軽々と砕いていった。
「がっ……!」
のけ反った体、ボロボロになった岩手の顔。会心の手応えなのは間違いなかった。が、その時――――岩手の腕輪についた魔石が光ると、
「……ッ、がぁあああああああああああッ!!」
と、岩手は息を吹き返し、先ほどと同じようになんでもなかったような見た目に戻って、上体を起こした。――――しかし、それで終わる陽華ではない。
ガシャンッ――――上体を起こした岩手。その左腕に枷がつけられる。
そして、続けて岩手の目の前に、
「これで魔術は使えませんよ、岩手紫衣羽。――――動けば、その無防備な頭を撃ち抜きます」
と、指を銃の形にして突きつけた。
指の先端では、小さな風の渦が作られている。
おそらく、変な行動を取ればそれはたちまち岩手の脳天を貫くだろう。
「……小石を蹴って飛ばしたり目眩しをしたり、基礎魔術の応用であんなビームみたいなものまで……。流石、《魔術:付与》と《魔術:浮遊》に関しては達人と呼ばれるだけある」
岩手は銃を突きつけられたテロリストのように膝をつき、降伏を全身で表現する。
「生得魔術を使えないなりに、隊長補佐まで上り詰めましたから」
陽華はそう語りながら、岩手の後ろに回り込む。
そして、岩手の腕につけられた魔石具の腕輪を外し、投げ捨て、それから左手についている枷を両手につけるために地面に岩手を押さえつけようとした――――その瞬間だった。
「知ってますよ。だから――――」
岩手は一瞬で振り返り、掌底で陽華の腕を突き上げる。と、空気のビームの軌道を逸らし、同時に、
「――――こいつを使わせていただきます」
と、懐からリボルバーを取り出した。
(拳銃……!? しかし、魔石具でない武器は、《魔術:障壁》に……)
しかし、リボルバーから放たれた弾丸は正確に3発同じところに直撃すると――――《魔術:障壁》を砕いて、最後の1発が陽華の肩を撃ち抜いた。
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