9-4 戦術的対象転換
駆ける、パタパタとした足音。
老朽化して斜めになった案内板を通り過ぎる。これから向かう先は、『受付ロビー』と書かれていた。
「――――《U・9》」
その時、足音を追ってきたふわりとした風が、酸の雨を運んでくる。と、あたりのものに纏わりついた酸は、ゆっくりと、しかし確実にじわりじわりと物を溶かしていった。
その様子をロビーのカウンターから顔を出して眺める、足音の主――――シズク。
すると、遅れてやってきたのは、
「悲しいなぁ……。わざわざ周りに気を使わなくても良いところまで、逃げてきちゃうなんて……」
青髪の少女――――ルイスだった。
受付ロビーは旧特魔の顔だったというだけあって広く、天井は4階まで吹き抜けだった。
一方で、正面玄関は現在、瓦礫が崩れて通れなくなっている。もう随分と、受付としての機能を失っているであろう。
カウンターを挟んで、シズクとルイスが対峙する。
すると、シズクは不意にカウンターを蹴り壊して、ルイスに向かって滑らせた。
「……ッ!」
ルイスはそれに驚きながらも、なんとか前に飛び越えて回避する。――――と、次の瞬間。
「くらーっしゅ」
そんな声と共に、地面が揺れる。目の前では、シズクが拳を地面に突き刺さしていた。――――そして、その手は砕けた床をちゃぶ台のようにひっくり返すと、ルイスに向かって大小様々な瓦礫を一斉に飛ばした。
「――――ッ!!」
ルイスは地面から溢れ出る酸を纏った手を上げると、自身を覆い隠すように酸のベールを作り出す。――――しかし、大きな瓦礫は溶け切らずに通り抜けてきて、
「うっ……! ううっ……!!」
と、ルイスの体を襲った。
すると、ルイスが後退りをしている間に横に移動していたシズクは、続けざまかつて待ち合わせなどのために置かれていたであろうソファやテーブルを投げつける。
そして、それをもルイスがなんとか避けると、酸の溜まる中を投げたソファやテーブルを飛び石のようにして渡り、ルイスの顔を殴った。
シズクは酸の溜まりからは離れたところに着地すると、
(枷をかけるには、酸が邪魔。溶かされちゃう。なら、1度気絶させるか魔力を使い切らせて、酸をどかすしかない)
と、考えながら項垂れているルイスを見る。
シズクの瞳の中で、ルイスは頭を抱え、怯え、蹲っていた。
「痛い……!! なんで、こんなことになるんだよぉ……!! なんで、なんで――――」
しかし、そうは言いながらも、ルイスはフラフラと左右に揺れながら立ち上がる。と、
「――――なんで、好きでもない人から傷つけられなきゃならないんだぁッ……!!」
と言って、地面に槍をつき、カーンッ……と甲高い音を鳴り響かせた。
「《哀時雨》」
涙を流すその目で、シズクを睨み、呟く。
すると、少しの静寂の後――――槍についた青い魔石のアウトラインを光がくるりと回り、空気が振動し始めた。
ルイスの近くに転がっていた小石たちが、酸とともに浮かび上がる。と、小石は酸の中に溶けていき、小石を取り込んだ酸は土星の周りを飛ぶ宇宙デブリのように円状にルイスを囲った。
カーンッ――――もう1度、ルイスは槍で床を叩く。すると、ルイスが纏っていた酸は剣のような形になって、その切先をシズクに向けた。
超音波のようなもので、酸を操っているのだろうか。全く原理は分からないが、ともかく厄介になったことは分かった。
マシになった点といえば、ルイスの体から酸の放出が止まったことだけだろう。
しかし、相変わらず矛先は酸を纏っているし、さらに酸を自由に操れるようになったのだとしたら、それは厄介なことこの上ない。
「……さっさと終わらす」
ルイスはそう宣言し、シズクに向かって駆け出す。
その素早さは、シズクと同等かそれ以上だった。魔力の放出が止まった分、身体能力の強化に割かれているのだろうか。
「……!」
シズクはルイスの槍を後ろに飛んで躱す。と、息つく間もなく、その着地点を狩るように酸の剣が襲いかかった。
今度は受付カウンターを盾にして躱す、シズク。――――しかし、槍を振ってルイスがそれを切り裂くと、酸の剣はルイスの槍の矛先に集まり、それから1つの大きな筆のように横一線に尾を引きながらシズクに襲いかかった。
「――――くらっしゅっ!」
その瞬間、シズクはわざとその懐に飛び込んで、手につけた魔石具でルイスの足元を殴った。すると、地が割れ、ルイスの槍の軌道がシズクよりも上に逸れる。
生じた隙に、シズクが真っ直ぐ拳を叩き込もうとする。と、今度はルイスがシズクの拳に合わせるように両足を上げ、その足の裏をシズク拳に乗せた。
勢いのままにシズクが拳を振り切ると、ルイスは拳の力をそのまま跳躍力として利用し、まるでサーカスの宙返りのように大きく飛び退く。――――と、再び両者は睨み合いになった。
(……酸は、彼女からは切っても切り離せない)
目の前のルイスは、再び自身を囲うように円形に酸を纏ってみせる。そんなルイスを見て、シズクは、
(なら、一か八か。酸で溶け切る前に、この拳を届かせる。少しのダメージ、問題ない。幸い、痛み感じない体)
と、決意すると、ガシャンッと拳を合わせた。
そして、覚悟を決めて走り出す。――――が、その時だった。
「――――おっしゃあッ!!」
という、レンの荒々しい声が酸の蠢く地面の下から、そして、
「――――あっぶなーいッ!!」
という、カロの情けない声が酸の滴る天井から聞こえてくる。
すると、次の瞬間――――2階の壁を切り裂いて飛び出てきたリトリーから逃げるように、カロが空から――――地面を突き破って出てきたレンと、それをガードしつつも吹き飛ばされるアザミが地面から――――同時に飛び出て来た。
「――――ッ!?」
その場にいた6人全員が一斉に、躊躇と戸惑いを見せる。と、そこに時間が生まれた。
それを、カロは見逃さなかった。
「アザミ!」
と、カロが名を呼ぶと、アザミはシズクに視線を飛ばし、シズクが頷く。
そして、3人はそれぞれ、
「シズク――――」
「カロ――――」
「アザミ――――」
と、口にすると、今度は揃って、
「――――戦術的対象転換ッ!!」
と、言った。
すると、ハッと遅れてリトリーがコインをカロに構え――――ルイスは矛先に酸を集め――――レンはトンファーで追撃をかけようとした。
が、それよりも早くカロはシズクとアザミをムチで縛ると、それから空中でくるっと回り――――自分たちの位置を入れ替えた。
その瞬間、リトリーたちの目論見が外れた。
カロはそのまま自由落下をすると、ルイスが振り下ろした酸の軌跡を《魔蜘蛛古城》で編んだ隙間のない網で受け止める。
そして、カロによって大きく横にスライドしたシズクは、構えていた拳をレンのトンファーにぶつけて威力を相殺し――――カロによって宙へ釣り上げられたアザミは、ハンマーをくるくると華麗に回すと、襲いかかるコインの弾丸を全て弾き落とした。
さらに、そのままカロはぎゅっと網の中に酸を閉じ込めると、ヨーヨーのように先端の膨らんだムチを振り回し、ルイスに――――シズクはトンファーを払うともう1歩踏み込んで、拳をレンの顔に――――アザミはハンマーを回転した勢いのままに振るい、自分に向かって落ちてくるリトリーに――――それぞれ、ぶちかました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
励みになりますので、良いと思ってくださった方は【☆】や【ブックマーク】をポチッとしていただけると嬉しいです!




