9-2 コインは踊る
「――――で、どこまで行くんです?」
リトリーが刀を構える。黄色い魔石が光を放った。
「やばっ――――」
カロは、咄嗟に曲がり角に身を隠す。――――と、遅れて廊下を引っ掻いたように斬撃が削った。
「せっかちだなぁ!」
そう言いながらさらに奥へと逃げていく、カロ。
それを追いかけてリトリーが辿り着いたのは、通信司令室だった。
刑事ドラマなどでよく見る、皆が大型モニターに向かって座って指示を飛ばしている場所だ。
今はパソコンは撤去されていて、椅子と机だけが並んでいた。電気はかろうじてつくようだった。
「こんなところへ誘い込んでどういうつもりですか?」
「別にどうもこうも……。ただ、お互いが干渉しない位置でやり合うためだよ」
「へえ、それは好都合です」
すると、リトリーはあの日の魔石具工場の時と同じように、ポケットからコインを取り出した。そのコインは、黄色い魔力を纏っていた。
「《A・スカーレット》――――《マイニング》」
そう唱えると、リトリーの手に持ったコインの影からもう1つコインが現れる。そして、
「《ランドリー》」
と、続けると、コインは宙に浮かび、リトリーとともにじっとカロを睨んだ。
パチンッ――――その時、リトリーがスッと腕を伸ばし、指を鳴らした。
すると、次の瞬間――――コインたちは意志を持つかのようにふいに素早く不規則に、カロに向かって飛んできた。
「――――《魔蜘蛛の糸》ッ!!」
それをカロはムチで椅子を掴み、振り回すことで、振り払う。と、そのままカロはそれを、リトリーに向かって投げつけた。
リトリーは、自分に向かってそれをさも当然のように刀で斬って見せる。――――が、目を丸くしたのはその後だった。
斬った椅子の陰から、カロが現れた。
(いつの間に詰めて――――)
カロは、既に《魔蜘蛛の糸》を振りかぶっていた。そして、それを躊躇なくリトリーに振るう。
「――――ぐッ!!」
リトリーの腹に、ムチの冷たい痛みが突き刺さる。しかし、リトリーは吹き飛ばされてすぐ、獣さながら四つ足になって最低限のバランスを取り戻すと、
「《ランドリー》ッ……!!」
と、唱え、先ほど放った2つのコインを呼び起こし、カロを背中から撃ち抜かせた。
(――――勝った!)
しかし、次の瞬間――――カロは魔術の糸に戻って解ける。
「糸、人形……!?」
すると、続けざま、リトリーが四つん這いになっているすぐそばの机の陰からカロが現れる。
それを、リトリーは反射的に斬った。――――が、それを目の前のカロは驚異的な反射神経と運動能力で躱した。
(躱した!? 以前より、格段に早い……! しかし、この身体能力ならば、これも糸人――――)
が、その予測とは裏腹に、カロの出した拳はリトリーをしっかり捉える。そこには、確かな重みがあった。
吹っ飛ばされたリトリーは、情けなく地面に転がる。すると、それを見下したカロが言った。
「……糸人形だと思ったか?」
そして、高笑いをしながら思い切り顔を歪ませると、
「ざーんねんッ! 俺だよ、俺ッ! やーっと殴れたぜ、てめえの顔面!!」
と、渾身のドヤ顔をかました。
「……っ、そうか、《魔蜘蛛姫ノ綴織》を習得したのか。厄介ですね……」
そう呟きながら、リトリーは切れた口元の血を拭って立ち上がると、
「《マイニング》」
と言って、コインを手元に呼び出し、4つに増やす。
「てめえの能力は、そのコインだろ?」
すると、その光景を見て、カロが言った。
「この間の戦いで、だいたい見当がついたぜ。――――お前は1分から2分くらいのインターバルを挟んで、《マイニング》を唱えることでコインを倍にすることが出来る。そして、そのコインを《ランドリー》で自在に飛ばすことができる。――――ただし、強度は『魔力量÷コインの数』でどんどん脆くなっていくから、実質ある程度までしか増やせないってとこだな」
「……ええ。使い勝手の悪い力なんですよ」
すると、リトリーはその言葉を置き去りにして、一気に間合いを詰めた。
「――――だから、こっちで行かせていただきます」
カロは、リトリーの振るった刀を反射的にムチで受け止める。――――と、ぎしっとムチは軋みはするものの、なんとか刃をカロの元まで通さずに済んだ。
カロは、そのままムチを刀にぐるっと一周させてきつく縛ると刀の主導権を奪い、さらに懐に潜り込み、リトリーの腹を蹴った。
「……ッ」
リトリーはその攻撃にしっかり顔を歪めるものの、しかし、決して刀は手放さなかった。そして、弱音の代わりに、
「――――《銀牙万咬》」
と、口にした。
「まずっ――――」
カロは咄嗟にその場で身を左に翻し、刀の斬撃の軌道上から逃げようとする。しかし、それよりも寸分早く――――刀は唸りを上げた。
黄色い光の明滅。
次の瞬間――――地面が抉れ、擦り切れる空気が女性の断末魔のような甲高い音を上げる。
カロはその衝撃をすぐそばでもろに喰らうと、木枯らしにさらわれた落ち葉のように軽々しく吹き飛ばされた。
誇りと衝撃波の余韻の中、そんなカロをリトリーの瞳が捉える。と、リトリーは一も二もなくカロに向かって手を伸ばし、
「《マイニング》――――《ランドリー》」
と、コインを弾丸のように飛ばそうとした。
が、その時だった。――――急転直下、リトリーはまるで支えを失ったようにその場で転んでしまう。
2人以外いない空間。確かに、左足が引っ張られた。
リトリーはその正体を探ろうと、自分の左足を見る。と、そこにあったのは――――先ほどの斬撃で破壊されたはずの土人形の義手、カロの左腕だった。
「なっ――――」
その義手は、破片になって砕けたはずだった。
が、よく見ると、破片たちは中に通る1本の紫色の魔術の糸で数珠繋ぎになっており、再び結びつくと元の機能を取り戻していた。
「《魔蜘蛛姫ノ綴織》……ッ!!」
きっと、カロが糸を通じて命令を出したのだろう。これは、カロが義足であるからこそできた芸当だった。
次の瞬間――――左腕が糸を辿るようにして、巻き尺が縮む時のように勢いよくどこかへと引っ張られる。すると、それに足を掴まれていたリトリーも連動して引っ張られた。
その先で待ち構えていたのは――――やはりカロだった。
《魔蜘蛛の糸》を腕にぐるぐる巻きにしたカロの拳と、咄嗟に構えたリトリーの刀がぶつかる。
それから2人の争いは、再び至近距離の乱打戦に突入した。
しかし、いくら《魔蜘蛛姫ノ綴織》で体が思い通りにそれも早く強靭に動くからといって、カロがリトリーと渡り合えるとはまるでおかしな光景だった。
それでは、高校生のカロと訓練されたリトリーとの差を埋めているのはなんだろうか
実際問題、リトリーはこの戦い何度もカロを刀で捉えていた。しかし、その度にカロの皮膚の下から現れるのは――――全身に張り巡らされた《魔蜘蛛の糸》だった。
(《魔蜘蛛姫ノ綴織》は、《魔蜘蛛の糸》を全身に張り巡らせることで筋繊維と神経伝達組織を保管し、身体能力を強化している。――――そして、それは皮膚の次の鎧ともなる。――――生半可な斬撃では、あれを斬ることはできない……! さっきの左腕のカラクリも、身体中に張り巡らされた魔術の糸を利用したもの……!!)
そう、強固な鎧ゆえに、相手の手を躱すのではなく――――受ける前提のいわゆるゾンビアタック。それこそが、カロとリトリーの天秤を釣り合わせていた。
すると、戦闘の刹那――――カロが徐に胸元から枷を取り出し、リトリーにつけようとした。
「枷……!?」
しかし、リトリーは目の端に映ったそれを察知すると、枷をつけられまいと間合いから1度大きく離れた。
「そうか、確保が目的か。なら……」
リトリーは獲物をじっと観察し、次の手を探るハンターのような鋭い目つきでカロを睨む。
しかし、一方でカロは、
(おそらく魔石にも残量があるはず。あの威力なら、斬撃はそう何回も打てやしない。だから、さっきだってコインで俺にとどめを刺そうとしたんだ)
と、恐るよりも前に畳みかけに動く。
すると、いかにもカウンターを狙っていると言うように、リトリーは刀を自身の左に構えてみせた。
カロはその動きを目で追うと、
(さらに、あの斬撃は直線にしか飛ばない。なら――――)
と、分析し、リトリーの体が動き出したその刹那、
(――――上に飛ぶ!)
と、地面を強く踏んだ。
リトリーの刀は、カロの狙い通り宙を空振る。――――しかし、斬撃は飛んでいなかった。これは、フェイクだ。
「斬らねえのかよ!!」
カロはそうツッコミながら、取り出した魔術のムチをリトリーに向かって振り下ろす。――――が、その攻撃は、
「《ウォレット》」
と、リトリーの唱えた魔術によって阻まれた。それは《マイニング》でも《ランドリーでも》ない、コインを盾のように集める魔術だった。
「ガード……!?」
すると、カロが着地するのとほぼ同時に、リトリーは続けて、
「《アルト》」
と、またもや新たな呪文を唱えた。
次の瞬間――――カロの世界は真っ白に染まる。それは、暴力に似た閃光だった。
目を抑えて、瞼に焼きついた白い染みを振り払おうと頭を左右に振る、カロ。――――しかし、リトリーは休ませない。
「《ランドリー》」
量が増えていて1つ1つの威力は弱まり体を貫通はしないものの、コインたちはカロに向かって銃弾のように放たれると、ズシンと確かに重い衝撃を与える。
そして、カロを宙に浮かせた。
「しまっ――――」
「――――《銀牙万咬》」
まだ完全には世界の色と形を取り戻せていないカロの視界の隙間――――見えたのは、刀を構えるリトリーだった。
モニターのガラスが一斉に割れる。と、ガラスの降る中を、カロが飛んで行った。
壁に衝突しようと勢いは止まらない。
むしろ、斬撃がカロより早く壁に激突し、砕き、辺りを食い散らかしていく。
カロは廊下にゴロゴロと転がり出ると、リトリーに斬られた箇所を見た。
腹の上では、魔術の糸で編まれた鎧が腹巻きのようになって、斬撃から臓物を守っていた。
さらに《魔蜘蛛姫ノ綴織》によって張り巡らされた糸たちが、叔父と対峙したときのように傷口を縫い、繋ぎ止めてくれていた。――――が、そこまであっても、カロは体を起こすのがやっとだった。
すると、遅れて足音がやってくる。
「……枷など緩い。あなたはその手で、すでに1人殺しているでしょうに」
その言葉に、カロの頭には叔父の死に様がフラッシュバックする。すると、カロは歯を食いしばって、
「うるせえ……! やっちまったからこそ、もうしねえって誓ったんだよ……!!」
と、虚勢を張るように答えた。
すると、その喉元に刀を突きつけられる。
「そうですか。なら、そのくだらぬ意地のために死になさい。――――骨喰特等」
小さな殺意の塊が、カロのことを見下していた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
励みになりますので、良いと思ってくださった方は【☆】や【ブックマーク】をポチッとしていただけると嬉しいです!




