8-5 魔蜘蛛姫ノ手鏡(トワル・ミロワール)
「そ、そんなバクバク食って大丈夫かよ……」
庭で行われた魔力供給期間の移植は――――無事成功した。
初めに、カロと魔力供給用の小さな魔石とを《魔蜘蛛の糸》で繋ぐ。――――と、次にシズクの新たなコアとなる魔石と小さな魔石とを繋ぎ――――それから一気にシズクの中にその魔石を押し込んだ。
一瞬、シズクの目からは光が消え、項垂れたものだからびっくりした。が、カロが呼びかけると、シズクは顔を上げ、いつもの調子でグッドサインを作ってみせた。
それからカロは小さな魔石との繋がりを、そしてシズクとの直接の繋がりを断ち――――今はアザミがシズクの新たなコアとなった魔石が満タンになるまで充電をしているところだった。あと、前のコアを押し出したことで体に空いてしまった穴を塞いでもいた。
だが、アザミが引いていたのは、その補修中の姿だった。
シズクは、まるでハンバーガを食べるようにバクバクと腐肉やら土やらの混ざった土人形の素材を食べ進めていっていた。
バクンッ――――最後の一口を食べ終えると、それからシズクの体がボコンボコンと変化を始める。
「おおっ! おお……! おお……!! おおおっ……!!」
その様子にアザミが困惑し、
「おおっ――――」
と、立ち上がった次の瞬間――――その頭に、どこからか飛んできたカロが激突した。
「――――へぶっ!!」
不意に後頭部に衝撃を受けて俯く、アザミ。その頭上では、カロが重力を失ったように跳ね上がっていた。
すると、アザミは怒りを抱えたまま、
「何――――してんだ、お前はッ!!」
と、その拳で落ちてくるカロを殴った。――――が、そこに手応えはなかった。
それもそのはず、カロはアザミの拳が腹部に命中すると、スルスルと解け、バラバラの糸になってしまった。すると、そこへ遅れて、
「すまんすまん。糸人形のコントロールが効かなくて……」
と、カロが声をかける。
アザミが声のほうを向くと、カロと陽華が向かい合って修行をしているのが見えた。
「ふむ。溢れ出る魔力に感覚が追いついていないのでしょうか……。しかし、この魔力をコントロールできなければ、《魔蜘蛛姫ノ綴織》は夢のまた夢……」
カロをじっと観察しながらそう呟く、陽華。
「ともかく、やってみます。自分同士で組み手ができるように、ですよね」
そう宣言すると、カロは、
「――――《魔蜘蛛姫ノ手鏡》」
と、唱え、再び目の前に糸人形を1体作り出した。
「大切なのは勝ち負けではなく、実戦のイメージです。……おそらく」
「おそらく……」
「……正直言って、糸魔術なんて初歩の技、ここまで極めている魔術士はほとんどいません。ここから先は、自力で感覚を掴み、切り開いていってもらうしかありません」
陽華は、頭を抱える。
しかし、状況を見れば、一度発現したことがあるとはいえ、《魔蜘蛛姫ノ綴織》習得までの道のりは、随分と長そうだった。
それから、出しては魔力量が少なすぎて風に攫われ――――出しては今度は魔力量が多すぎてコントロールが効かず1歩も動かず――――出しては自由にどこかへ駆け出していき――――出してはすぐに爆発して――――。
「――――だぁーッ!! 全然掴めねぇッ!!」
とうとう根負けして、カロは地面に寝転んだ。
「あーあ……。いい風だ……」
すると、顔に影がかかって、直後に脇腹を蹴られる。
「いでっ!」
そこに立っていたのは、シズクの充電を終えたアザミだった。アザミは、
「ストレス溜まってんだ。組み手しようぜ」
と、カロを誘う。
「あたしをボコボコにしにきてみろよ。できるなら、糸人形は何体出したっていいぜ」
その提案に、陽華が、
「アザミ、まだ基礎もできていないのに」
と、突っ込むと、
「大丈夫だって。あん時も実戦だったろ?」
と、カロに言った。
カロは叔父と対峙した時のことを思い返すと、それから、
「――――よっしゃ、やるか」
と、起き上がる。そうして、止めても無駄だと悟ると、陽華は、
「何かあったらすぐに止めますからね」
と、釘を刺し、少し離れたところでそれを見守ることにした。
2人が正面で向かい合うと、アザミが早速、
「《聖痕火葬》――――《減殺》」
と、唱え、小振りなハンマーを取り出す。すると、それを見て、
「あれ? なんか、小さくね?」
と、カロが聞いた。
「ああ。まあ、いろいろあってな。まだ馴染んでないが強いぞ、あたしは」
「ふうん。俺と同じってわけね」
自信満々のアザミに対抗するように、カロも糸人形を召喚する。ただし、それが思い通りに動くかどうかは別問題だった。
そんなカロの不安を差し置いて、
「じゃあ、行くぜ――――」
と、アザミは声をかけると、遠くで爆発音がした次の瞬間――――風を纏って目の前に現れた。
「――――ッ!」
ハンマーがカロの脇腹めがけて飛んでくる。
と、カロは咄嗟に直感的に糸人形を動かして、自分とアザミとの間に滑り込ませた。
しかし、糸人形はハンマーを止めるには柔すぎたのか、あっさりと砕かれ糸に戻ると、アザミのハンマーは少しだけ軌道を変え、のけ反ったカロの顔を掠めた。
「こいつ! 殺す気じゃねえか……!!」
すると、今度はハンマーの柄を槍のようにしてカロを3度突く。
その連撃にカロは思わず後退りし、距離を取った。
「どうしたどうした! あの時は、もっと自由だったはずだ! 伸ばした糸から人形出したり、砕かれた人形の糸をそのまま相手に巻きつけたりな!!」
「もっと自由に……」
「そうだよ、こうやってな!」
戦闘中に考え事をしかけるカロに、アザミはハンマーを投げつける。と、そのまま、
「《爆花爆々》ッ!」
と、カロの目の前で、飛ばしたハンマーを爆発させた。
「ぐっ……!」
カロは咄嗟に自分の前で糸の盾を生み出したものの、爆風に押されてさらに後ろに飛ぶ。――――が、アザミは攻撃を止めず、すかさず詰め寄って、
「過去から学んでも、追い求めるんじゃねえ! 出来ないなら、今ここで1から作り出すんだよ!!」
と、言いながらカロの左腕を掴むと、
「――――《爆花爆々》ッ!!」
と、自分の手の中で爆発を起こした。
「お前……ッ! ハンマーなし無しで爆破を……!!」
直後、カロの左腕が吹き飛ぶ。と、それはどさっと地面に落ちた。
「土人形の腕で良かったな。実戦だったら死んでたぜ」
アザミはカロの驚いた顔にそう言うと、トントンと人差し指で胸を押し、元いた位置に戻る。そして、
「さあ、来な。あたしはお前より強い。だから、本気で殺しに来ていいさ」
と、再びハンマーを構えた。
「本気で……。自由に、今ここで1から作り出す……」
すると、カロは全身をだらんと脱力させ、身体中から《魔蜘蛛の糸》を地面に垂らし始めた。その姿は、傍で見ていた陽華が、
「すごい魔力……」
と、驚愕を通り越して畏怖さえ覚えるものだった。
「……来た」
カロはゴルファーが風の微細な変化を感じ取るように、不意にそう漏らす。と、真っ直ぐ手を伸ばして、
「――――《魔蜘蛛姫ノ手鏡》」
と、魔術を唱えた。
目の前に現れたのは、不格好でも勝手に動き出すわけでもなく、親しいものさえ見抜けないほど――――完璧なカロだった。
本物のカロがニヤッと笑う。
そして、糸人形のカロがアザミに襲いかかった。――――しかし、その瞬間、カロはドサッと地面に倒れた。
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