8-4 シズク、自立します
翌朝。
アザミは、見慣れないベッドで目を覚ます。
体を起こすと、傍ではシズクが腕を枕にして寝ていた。
「なんで、こいつが……?」
それから、部屋を出て1階に降り、リビングに行く。と、大窓の向こう、庭に見えたのは、焚き火で石を温める陽華だった。
「お姉ちゃん……」
その姿に気がつくと、陽華はガラッと窓を開けた。
アザミが、
「おはよう」
と言うと、陽華も、
「おはよう」
と、返す。
「……」
「……」
「……アザミ、体はもういいの?」
陽華の問いに、アザミは黙って頷く。
「そう。……あ。なら、お風呂入る?」
「……」
陽華の言葉にアザミはまたコクコクと頷くと、最後に小さく、
「……うん」
と、答えた。
▼ ▼ ▼ ▼
それから時間がさらに経って、カロとシズクもリビングに集い、一同は缶詰やカップ麺を食べながら作戦会議を行うことにした。
が、その前に、陽華の寿命のことは伝えずに昨日の浴室で陽華に語られたことをアザミに話した。
「そうなんだ。禁書を……。それも、お母様が持ってたなんて」
「使わなきゃ死んでたってんだから仕方ねえさ」
カップ麺をズズズッと啜る、カロ。
「……分かってる」
アザミは、理解はしているが納得はしていないと言いたげに俯く。
そんな空気の中、カロはカップ麺を食べ終えると、器をドンッと机に置いて、
「それより、今後のことです。見てください。――――朝、こんな連絡が届いてました」
と、切り替えるように言った。
カロが見せたのは、スマートフォンのメッセージアプリだった。そして、そこにはリトリーから、
× × × × ×
『10日後に、赤城清流及び赤木家全体の処分を下す会議が行われます。それまでに決着をつけましょう。前日の20時、岩手様と共に旧特魔の跡地で待っています』
× × × × ×
と、メッセージがあった。
「どうやら、向こうはちゃんとここの場所が分からないみたいで、俺たちを誘き出すつもりらしいです」
「……確かにいま思えば、昨日の段階で端末を追跡さえてもおかしくなかった。その認知さえも歪めているのでしょうか」
「とにかく、好都合っすね。これで、決戦の日取りは決まった」
「ええ。そして、これから行うことも」
「行うこと?」
すると、陽華は立ち上がって、
「手始めに、骨喰特等――――あなたと玉砂シズクの繋がりを断ちます」
と、宣言した。
「へ……?」
▼ ▼ ▼ ▼
「あと9日で《魔蜘蛛姫ノ綴織》をマスターって、いま聞いても信じられないんですけど」
カロが、ギイッと扉を開ける。そこは、叔父の家の離れにあった大きな倉庫のような場所だった。
「いえ、以前に1度発現したことがあるなら素養はあるということですし、習得も格段に早いはず。不可能ではありません」
「でも、そのためにシズクとの繋がりを断つって……」
倉庫の中は、真っ暗だった。陽華を先頭に、カロ、アザミ、シズクと続く。
「確かここに来た時、玉砂シズクと繋がりが切れたことがあったと語っていましたね」
「ええ」
「それを聞いてピンと来たのです。――――もしかしてその時だったのではないですか? 《魔蜘蛛姫ノ綴織》が発動したのも、魔術的恍惚感に入ったのも」
「……!」
カロはその言葉で、シズクのコアが叔父の魔力で真っ黒に染まったことを思い出す。
「……そ、そうです! 確かに!」
「おそらくですが、その瞬間、あなたは普段使っていた以上の魔力料を受け取ったことで魔術的恍惚に入り、同時に《魔蜘蛛姫ノ綴織》を発動するだけの魔力量を満たすことで、発現することができたのだと思います」
そこでようやく陽華がカーテンを開け、倉庫に陽が差し込む。
「つまり、あなたの力を100引き出すには、あなたの中であなたの魔力をロスなく循環させる必要がある。――――そのために、この離れに玉砂シズクが自立できるよう大量の魔力が込められた魔石を探しにきたのです」
そう言って陽華がさし示した先には、書類の散らかった机に魔石や魔術に必要な道具の並べられた棚、そして奥には鎖と南京錠で閉じられた部屋があった。
「……あそこ」
すると、シズクが南京錠で閉じられた部屋を指差した。
それは、シズクでなくとも全員が分かった。あれは、おそらくシズクが生まれた場所だ。それだけ、禍々しい禁書の魔力が今もまだこべりついている。
「行きましょう。魔石以外にも何かあるかもしれませんから。一旦、あの部屋以外を……」
カロが頷くと、それぞれが散り散りになって、探索を始める。と、陽華が魔石の棚、アザミが机の上の書類、シズクはカロと一緒に書類棚を漁った。
『土人形における素材と比重』、『魔術式まとめ①』、『骨喰加那太:身辺調査書』『松永:身辺調査書』……。
手書きの書類、その表紙を見進めていく。――――と、1つのタイトルが目に止まった。
「『禁書の悪魔とファルファナ教について』……」
カロはそのファイルを何気なく開く。
「禁書は、この世に7つ存在している。そして、その全てにファルファナ教における愛の7大罪を冠した悪魔の王が封印されている。愛における7大罪とは、《支配》、《依存》、《虚栄》、《嫉妬》、《臆病》、《盲信》、《無情》である……!」
愛における7つの大罪。それは、陽華の話の中でアイポニーも言及していた。
「悪魔の王たちは、人の強い負の感情と弱い意志に漬け込み、力の対価にその者が死ぬまで感情を食い続ける。――――しかし、対処法がないわけではない……!?」
もし、それが本当なら、陽華が寿命の縛りから助かる方法だってあるかもしれない。そう思って、カロはさらに読み進めていく。
「禁書の中には、悪魔の王と対をなす、愛の7美徳を冠した封者が存在する……らしい。――――というのも、封者については資料が少なく、『かつて悪魔と対峙した神の使いであること』、『悪魔の王たちと共に禁書に封印されたこと』、『封者の力を借りるには“白のページ“に辿り着くこと』というくらいしか調べることができなかった。どこで発祥したのかも分からない。―――― “白のページ“に関しても、禁書の中に黒く塗られたページはあれど、白いページはなかった。こんな時、特魔や正魔術協会の資料でもあれば、もっと深く知ることができただろうか」
それからは、各禁書ごとの判明している能力や特徴が書き並べられているだけだった。
「……白のページ。封者」
それこそが、陽華を救う鍵になる――――の、だろうか。
しかし、禁書の中にないのなら、対となる本や物体が存在する可能性もある。
それに、この資料が完全にあっているとも言えない。おそらくだが、これは叔父が1人で調べたものだろう。
「――――カロ」
その時、隣でシズクが不意に名前を呼んだ。そこでハッとして、カロは現実に帰ってくる。
カロはパタンとファイルを閉じると、そっと棚にしまう。いたずらに情報を流して、掻き乱すことはしたくなかった。
すると、陽華が、
「ありました。これなら使えそうです」
と、以前シズクの中から現れたコアと同等の大きさの魔石を持って言った。
それから庭に出ると、陽華はシズクのコアとする魔石の他にもう1つ、小さな魔石を用意した。
「これは?」
カロが尋ねると、
「玉砂シズクのコアを、充電のたびにいちいち取り出すわけにはいきません。これは、外部から魔力を送り込む、いわば充電器です」
と、陽華が答えた。すると、続けてアザミが、
「つまり、今までカロが直接やっていたことをそれを経由させることで誰でもできるようになるってこと?」
と、質問する。それに、陽華は頷くと、
「魔石同士を繋げれば、人が魔力を直接供給しなくとも活動できるようになるはずです」
と、その利便性を説いた。
一方で、便利になるというのにカロの顔は暗かった。カロは、叔父のある言葉を思い出していた。
――――魔力の根源は、愛。ならば、魔力で繋がる=心と心で通じ合うってこった。
――――だから、シズクさんはお前を好きになった。半ば強制的にな。
魔力が自分の中で循環しだすということは、その“繋がり”を失うことでもあった。
「それでは、準備はいいですか?」
陽華が尋ねる。それに、カロはすんなりとは頷けなかった。
だけど、隣にいたシズクがカロのぎゅと腕を握ると、カロは、
「そうだよな。あの時、お前は繋がりなんかなくても俺を助けにきてくれた。大丈夫だ……」
と、握り返し、覚悟を決めた。
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