8-3 その名は、アイポニー
血だまりで、1歩。陽華は腕を前に伸ばす。
獣のような声を出し、ゾンビのように地を這いずる。
地面に溢れたかつて自分の一部だった血がその足を止めようとするけど、構わずに手を伸ばす。――――だが、そこで次の手が上がらなくなった。
そして、陽華は目を閉じた。
「――――アイを使えよ、人間」
次に陽華が目を覚ました時――――そこは天井も城壁も無くなってボロボロになった、しかし、赤い絨毯と大きな玉座があることで、かろうじてそこがかつてどこかにあった王国のどこかの城の王室であろうことが分かる空間にいた。
そこに、陽華は這いつくばっている。その対面には、大きな玉座に小さな子供が座っていた。
子供は、玉座にもこの荒れ果てた城にも似合わない、綺麗にクリーニングされたフリフリのドレスと可愛らしい尻尾を生やしていた。
「どうする? アイ、なんでもしてやれるよ♪」
「アイ……?」
「うん。――――《盲信》のアイ♪」
「ならば、あなたが……」
そう言いかけて、陽華が起き上がろうとする。――――が、その時だった。
「頭が高い。誰が許可した」
と、アイポニーを名乗る子供は一転。
玉座とドレスの間からはみ出た尻尾が地面を刺すと、陽華は従う以外に選択肢がないほどの圧力で地面に押し付けられた。
「――――ッ!」
かろうじて、片膝を立て、頭を下げた姿勢になる。すると、アイポニーはまた元の調子に戻って、
「そうだよ。アイが、この禁書に閉じ込められた――――“愛における7つの大罪“――――その《盲信》を司る悪魔の王なんだよ」
と、自己紹介した。
「その証拠に血も止めて立てるようにもして、その上で精神世界にも招いてあげたでしょー?」
陽華はそう言われたことで、ようやく自分の傷が塞がっていることに気がついた。手首についていた錠だって、今はなかった。
「……何を、私に求めるのです」
「求めるだと?」
警戒しながらそう質問する、陽華。すると、アイポニーは再び鋭い目つきになって、
「何度も言わせるな、人間。求めるのは私ではなく、お前だ。――――いつだって強者に縋るのは弱者であり、対価を支払うもの弱者なのだ。――――それともお前は、アイを弱者にするつもりか?」
と、言った。
(……『愛における7つの大罪』、『悪魔の王』、それにこの城のこと。聞きたいことはいろいろあるが、今それを聞いてこれ以上機嫌を損ねるわけにはいかない)
陽華は、この短時間でアイポニーに対し――――魔術士としては崇敬の――――交渉者としては危惧の――――生物としては畏怖の念を抱くようになっていた。
「……いえ。申し訳ありません」
その謝罪が届いたのか、アイポニーは不機嫌そうにもう1度だけ座り直すと、
「で、何を望む?」
と、尋ねた。
「望む……」
その言葉を聞くと、陽華の脳裏には――――アザミとそれから岩手の顔が思い浮かんだ。
「……ならば、私に岩手紫衣羽を倒せる力を授けてください」
すると、アイポニーは空を見上げ、それから、
「うーん……。――――なら、寿命50年ってところかな」
と、言った。
「寿命……!?」
「対価だよ対価。本来は魔力をもらうんだけどさ。足りない分は、寿命で払ってもらうことにしてるんだ♪」
「……70年」
「悩むよねぇ〜。たとえこの窮地を乗り越えられても、この先、いとしのアザミちゃんを守れなくなっちゃう。――――それに、君がもし78歳で死ぬ運命にあったとしたら、この空間を出た瞬間にお先真っ暗。魔力と寿命だけ吸われて、お亡くなり」
死が伴う選択など、深刻なことのはずだ。
しかし、目の前の子供は悪魔の王らしく、その状況とそこに置かれた人間の反応をただただ楽しんでいた。
「……なら、その前にお願いがあります」
「お願い? いいよ、面白そうなら♪」
「アザミの味方になってくれる者に、繋げてほしい」
「繋げる?」
「電話でも、伝言でも構いません。私の意志を託せる人間に繋げてほしい」
「ずいぶんアバウト。――――でも、いいよ」
すると、アイポニーはどこからともなく魔力を集め、黒電話のようなものを陽華の前に召喚した。
「それを手に取るなら、寿命は5年で済ましてあげる」
アイポニーは頬杖をついて、笑った。
「5年……」
陽華はそう呟くと、一度は躊躇ったその手を――――黒電話に向かって伸ばした。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――そして、あの日繋がったのがあなただったのです」
「ああ、あの電車での電話はそういう……!」
浴室の前。
カロの中で、点と点が繋がった。
「あれ、なら魔石具工場でのあの黒い魔力は……?」
すると、陽華は息を吸い直して、
「骨喰くん。――――私は2週間後に死にます」
と、告白した。
「……え?」
「それを条件に、私は禁書の力を借りました」
「2週間後に死ぬ、それが条件……」
「……骨喰くんは、禁書の力を使わずにどうやって岩手紫衣羽がクラゲ大樹を生み出したか、分かりますか?」
「いえ……」
「私もです。確かなのは、クラゲ大樹は確かにこの日本の下に存在していること。そして、それを岩手紫衣羽が開発したこと。――――つまり、岩手は禁書と同等の、未知の力を持っている。だからこそ、禁書《盲信》を持っていてなお、母は彼を警戒したのだと思います」
「未知の力……」
「禁書は、私の傷も塞いでくれた。寿命の代わりに力を貸してくれる。でも、いつ私に牙を向くか。私が私でなくなるか分からない。――――しかし、不安と同時に、私はその力を信じてる。――――この力があれば、岩手を殺せる」
「……差し違えるつもりですか」
「あなたに電話したのは、その保険です。万が一、私が失敗したら、なんとしてもあなたが岩手紫衣羽を倒してください。――――そして、その時は禁書《盲信》をあなたに託します」
「え?」
「あなたになら、任せられる。あなたには、玉砂シズクという守るべき存在がいるから」
「……ずいぶん勝手ですね」
「それでも、岩手を倒さねばあなたもアザミも玉砂シズクも、その命を狙われ続けることになる。これは、どちらかが倒れるまで終わらない。そういう戦いなのです」
その言葉に、カロは何も言えなかった。
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