1-9 なりたかったもの
校庭。空は、暗く歪んでいた。
中央には、ツギハギだらけの体に黒い蝶の羽、鋭く尖った爪を持つ悪霊の集合体と――――土人形の少女、玉砂シズクがいた。それも、首を絞められた状態の。
少女は、首を絞める悪霊の両腕をどうにかして解こうと抵抗する。
が、悪霊はものともしない。体を蹴っても腕を掴んでも、ただ少女の顔を睨んでいた。
まるで、1人だけ現世に戻った少女の魂を恨むように。
つぎはぎの悪霊は、いくつもの顔が張り付いたような頭部を持ち、両頬に1ずつ口を持っている。
そして、その頬に張り付いた口が金切り声を上げ、ぐっと悪霊の爪が少女の首に食い込んだ。――――が、その時だった。
「止まれ、ゴラァァァァァァァァァァッ!!」
石が1つ、遠くから聞こえてくる怒声に乗って飛んでくる。
そして、その石は明確な意思を持って――――悪霊のこめかみを貫いた。
少女は石のやってきた方向に目を向ける。
投擲者はカロであった。
カロは勢い余って転んだのか、地面に這いつくばり、顔には泥がついていた。
石は、悪霊のこめかみにドーナツのようにぽっかりと穴を開けた。――――しかし、石を喰らっても、少女を襲う悪霊の腕が緩むことはなかった。
「なっ……!?」
穴からは、2、3羽、小さなカラスアゲハが飛び立つだけで、蝶が瞬くとすぐに埋まってしまう。
悪霊は、穴のこともカロのことも全く気にかけていなかった。無傷と言っていいだろう。
「なら――――」
だが、カロはめげずにすぐさま近くの石を手に取ると、
「――――帯びよ、宿れよ、我が精神よ。秘めよ、纏えよ、我が意思を! 魔術《付与》ッ!!」
と、再び、悪霊に向かって石を投げた。
その石はさっきと違い、カロのムチと同じように紫色の魔力を帯びており、先ほどよりも早く鋭く正確に少女の首を掴む腕を目掛けて飛んでいった。
「――――!」
刹那――――悪霊は危険を察知したのか、少女を手放し、大きく後ろに飛ぶ。と、石もそれに合わせて方向を変えた。
悪霊は咄嗟に右手を出す。と、左手で支えながら、カロの放った石を受け止めた。
悪霊はあまりに驚いたのか、不思議そうに自分を襲った石を眺める。
「おい、大丈夫か!」
一方、カロはその隙に少女の元に駆け寄ると、
「なんで俺のところに来なかった! なんで……」
と、言った。
が、少女は苦しそうにしながらも、ふるふると首を横に振る。カロは、その意図が理解できなかった。
やがて、悪霊は石に興味を失ったのか、それを豆腐のように握り潰す。と、今度は、その恐ろしい目をカロに向け、素早く蹴りかかった。
が、その時、悪霊が蹴ったのは――――カロを庇って前に出た土人形の少女、玉砂シズクだった。
カロは、自分を庇った少女ごと勢いよく吹っ飛ぶと、少女と一緒に校庭に転がる。
その蹴りは、つぎはぎだらけの体とは思えぬほど、強烈なものだった。
しかし、カロにはそこまでダメージはない。
代わりに、少女の腹には穴が空いていて、コアである赤い玉が覗けている。
「お前……! どうして、俺を庇って――――」
そして、カロはようやく理解する。
「いや、ずっと……。ずっと、そうだったのか……? 俺に迷惑をかけまいと……!?」
カロの頭の中には、犬に吠えられ少女が初めて弾けた時のことが浮かんでくる。
あの時、少女は助けてもらったお礼も言わず、どこかへ行ってしまったように見えた。しかし、そこには確かにいたのだ。カラスアゲハが。
だから少女は、カロに危険が及ぶまいと、その場から立ち去ったのだ。
カラスアゲハの目的は、カロではなく――――自分だったから。
今朝だってそうだ。
カロが少女にカラスアゲハをお追いかけてたのかと問うた時、少女は首を振っていた。
そう、少女はカラスアゲハを追いかけてたんじゃない。
遠ざけていたのだ。カロに、迷惑がかからないように。
――――迷惑なんだよ。俺は独りでいたいんだ。お前は大人しく、席で待っとけ!
初めて少女が学校に来た日に言い放った言葉が、頭で何度も響く。重く鈍く。
「なんで俺のところに来なかったって……。来るなって言ったのは、俺じゃねえか……」
今日の昼休み、独りで席で大人しく座っている少女の姿が浮かんでくる。
そして、その姿は友達に省かれた子供の頃の自分の姿と重なる。
「……突き放される辛さは、独りの悲しさは俺が1番わかってるはずだろう」
昨日手を握ってくれた少女の姿が、温かさが心に溢れてくる。
「なのに、俺はあんなこと……。こいつには、俺しかいなかったのに……」
その時、カロは戒めるように自分の頬を殴った。
「昨日言ったけど、俺は情けねえやつなんだよ……!
手が震えて、足もすくんで……。
優柔不断で、信念もねえ。勢いだけで、お前に酷いこと言っちまった。
そして、今――――こんなにもお前に死んでほしくねえと思ってる」
カロと少女の状況など気留めず、悪霊は1歩1歩カロたちに迫ってくる。
「……俺は、お前に死んでほしくない。お前を守りたい」
と、カロも立ち上がり、悪霊と向き合う。
――――何かなりたいものとかないの?
頭の中には、昨日の母の言葉が響く。
すると、カロは力強く地面を踏み、涙と恐怖を振り払うように叫んだ。
「あーッ!! ちくしょうッ!!
俺は、ヒーローになりたかったんだよ!!
ヒュウガさんみてえな、誰かのヒーローにッ!!」
1歩前に出て、少女の前に立つ。
が、意気込んでみても、いざ悪霊の恐ろしい目つきと存在感を目の前にすると、四肢は冷え、呼吸は浅くなる。
「選ばせてやるよ、運命。――――この俺をな」
だが、カロは知っていた。自分の無力さを。出来ることなど、ほとんどないことを。
そして――――だからこそ、勝負は一瞬で決まり、そこに勝ち目があることを。
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