雷火の魂
王都から東へ三十里、農村地帯カリベール。
かつては麦とぶどうの産地として名を馳せたこの地も、今では荒れ果て、畑は手入れを失い、農具すら税として召し上げられていた。
ある夜、村の広場に人々が集まっていた。
中心に立つのは一人の若者。粗末な旅装を纏いながらも、目には燃えるような光を宿していた。
「……もう黙ってはいられない。
俺たちが奪われ、踏みにじられてきたのは、戦に負けたからじゃない。
何も変えられないと思っていたからだ。
雷火の者たちは言った。
“正しくあれ、そして強くあれ”と──!」
若者が掲げたのは、ぼろ布に手書きで描かれた雷火国の「稲光と剣」の紋章。
それは民草の中に、静かに蓄積された怒りに火を点けた。
──その夜、徴税官の詰所が焼き払われた。
翌朝には、街道を封鎖する農民。
港町では船乗りたちが交易を拒否し、山間では鍛冶職人と鉱夫たちが自らを武装。
各地で次々と蜂起が勃発し、「雷火の思想に学ばん」と叫ぶ旗が翻る。
王都ではこれを「雷火による謀略」と断定し、鎮圧軍を派遣。
だが、民兵となった彼らは予想を超える統率と戦術を見せた。
中には雷火国から密かに持ち込まれた教本や、かつての留学生の影も見え隠れする。
──こうして、かつてない規模の民衆一揆が王国を内から揺さぶり始めた。
王国はもはや、内も外も敵に囲まれていた。
そして雷火国──いや、健二の教えは、確実に別の国の魂を変えつつあった。
民衆蜂起の報せが雷火国に届いたのは、春の芽吹きが始まる頃だった。
健二は王都にある学び舎の講堂にいた。民草に教えを説いていたその背に、使者が耳打ちした。
「……王国にて、一揆が広がっています。雷火の名を掲げる者も少なくなく」
健二は目を閉じ、小さく息を吐いた。
「来たか。今こそ“あれ”を果たす時だな──」
その日のうちに、雷火国評議会が開かれた。魔王、ランドルフ侯爵、ライナス、そして健二が並ぶ中、雷火国の介入が全会一致で可決される。
表向きの大義名分は明白だった。
> 「圧政に苦しむ民を守るため、雷火国は派兵を行う」
だが、その実情は――
かつて雷火国を侮り、戦火を招いた王国貴族どもへの粛清。
民を見殺しにし、勝者の文化を排除せんとした神の騎士団の残党狩り。
そして、雷火の理を知らぬ領地を新たに掌中に収め、次代の礎とするための領地奪取である。
健二は軍服に身を包み、雷火の旗を掲げると静かに呟いた。
「この戦は、正しき者の未来のために。
だが情けは無用だ──根から腐った枝は、容赦なく落とせ」
魔王は微笑み、彼の肩に手を置いた。
「征け。お前が信じる“強さ”で、未来を切り開け」
こうして雷火国は、民の救済を掲げて大規模な越境軍事作戦を開始。
健二率いる飛竜大隊と魔術大隊はまず蜂起地域に降下し、民兵を援護。
各地の農民・職人・元兵士が次々と雷火軍に合流し、義勇軍を形成。
ライナス率いる精鋭剣術隊は、王国貴族の本拠地を次々と急襲。
そしてドゥーガンと灰刃隊は、夜陰に紛れて神の騎士団の残党を次々と葬っていった。
数週間後には、王国東部三州のうち二州が雷火の支配下に入った。
──だがこれは、まだ序章に過ぎなかった。
健二の「正しさ」が、古き王国を終わらせ、新たな秩序を築いていく。




