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王国の影

かつて覇を唱えた大王国、その首都の議事堂にて。冬の気配漂う石造りの広間には、老臣たちの怒号が響き渡っていた。


「──魔族との通商だと? 子供の教育? ふざけるな!」

「もはや雷火は、我が国の秩序を破壊せんとする反逆の巣窟よ!」


卓の中央、若き王太子は沈黙のまま杯を弄び続けていた。老臣たちの喧騒など聞いていないようにさえ見える。その傍ら、首相格の貴族が静かに進み出た。


「陛下。ご決断を。雷火国はもはや一つの『力』を持ちました。民も商人も心を奪われつつあります。放置すれば我が国は、経済も威信も喪うやもしれませぬ」


しばしの沈黙ののち、王太子は杯を置いた。

その瞳には、憎悪でも怒りでもなく──冷たく乾いた「合理」が宿っていた。


「では、粛清しよう。王たる者、民の混乱を許してはならぬ。

雷火国は、魔と結託した反逆国として、我が剣の下に滅ぼす」


やがて国王の名の下、討伐の布告が為される。表向きは「外交上の警告を無視したための懲罰戦争」。

だが実態は──文化と力を手にした小国への、嫉妬と恐怖の宣戦布告にほかならなかった。


そして、王国各地の駐屯地に戦鼓が響く。

王国最強と謳われる「蒼雷騎士団」もまた、南方へ向けて出陣の時を迎えつつあった。


雷火国は、未だその嵐の兆しに気づかぬまま、次なる収穫の準備を進めていた──。


それは春の終わり、雷火の港に立ち寄った一人の旅商が放った何気ない一言から始まった。


「……聞いたか。王都じゃ“雷火征伐令”が出るとか何とか。あんたら、戦支度はできてんのか?」


市街にてその話を耳にした健二は、即座に表情を引き締めた。商人の尾ひれを警戒しつつも、その声は確かに──現実の足音として響いた。


王国が動き出す。

雷火が、いよいよ標的となる。


その夜のうちに、健二は魔族領へ使者を飛ばした。翌日には自身も移動。

魔王との面会は、夜半を過ぎた静謐な玉座の間にて執り行われた。


魔王は、健二の顔を見るなり静かに頷いた。


「やはり来たか。…望むままに支援しよう。飛竜大隊一個、魔術大隊一個。雷火の空と地は、我らが守る」


「……感謝する。だが俺たちは逃げない。

ただ、希望者には避難の道を用意してやってほしい。学生も、老人も、女も」


その言葉に、魔王は小さく頷き、侍臣に命を下す。


数日後、雷火国中に「希望者は魔族領へ避難可能」との通達がなされた。

港には魔族の船、山道には魔術の転移陣が整えられ、誰もが安全に出国できるよう手は尽くされた。


──しかし、誰一人として、その道を選ぶ者はいなかった。


農夫も、鍛冶職人も、老兵も、若き学生も。

たとえ震えていても、目を伏せても、彼らは雷火に残ることを選んだ。


「……誰も、来なかったか」


その報告に、健二はしばし沈黙したのち、静かに呟いた。


「そうか……なら、俺が逃げる訳にはいかんな」


玉座の間の片隅で、それを聞いたランドルフ侯爵は目を細めた。


「──あれを“王”と呼ばずして、何と呼ぼうか」


雷火国は、覚悟を決めた。

そして、その覚悟を示す者たちが、静かに鎧を磨き、武器を研ぎ、明日の戦を迎える準備を進めていた。



王国軍の進軍が確定したその日から、雷火国は一丸となって動き始めた。


昼夜連続の迎撃計画――

それは雷火国において最も合理的で、かつ容赦なき作戦である。


昼は農民兵や職人傭兵、訓練された弓兵、そして剣と魔法を併用する学生たちが防衛と迎撃を担い、

夜は吸血鬼の夜間戦闘団、猫の亜人族による斥候部隊、そして灰刃隊――かつて盗賊上がりだったが今や精鋭たる暗殺部隊が密かに敵陣を削る。


これを数日繰り返し、敵戦線が弛緩した時点で、雷火国の精鋭――雷火武士団、ライナス指揮の突撃部隊、そして健二自身が率いる飛竜大隊が空から敵将を斬る。


いわば「雷火式斬首戦術」と呼ばれる、一国にしては過剰とも言える破壊力を秘めた戦法である。


だが――


「……ならぬ! 王が、開戦の狼煙を上げるなど、もっての外だ!」


雷火本陣、作戦会議の帳の下で、ランドルフ侯爵の怒声が低く響いた。


健二は、腕を組んだままその声音に目を細めた。


「飛竜は俺が率いる。上空から魔法で先制し、地上部隊を援護する。後方にいては何も見えん」


「見える必要など無い。王たる者は、勝ちを見届けることにこそ意義がある。お前が討たれれば、この国は終わる」


ランドルフの目は真剣だった。

軍人としてではなく、老臣として、国を想う父のような眼差しで。


だが健二もまた、譲らなかった。


「……この国の者たちは、俺のために逃げなかった。学生でさえ。

だから、俺も逃げない。『俺が先に立つ』と見せることが、奴らの心を守る盾になる」


「だが……!」


「心配するな。戻ってくる。……ちゃんと生きて」


一瞬、沈黙が落ちる。

その場にいたライナスも、ドゥーガンも、ファルザスも、息を飲んだまま口を開かない。


ついにランドルフは、深く息を吐いた。


「……ならば、私が後方を守ろう。王の背を任される覚悟は、とうにできておる」


健二は静かに頷いた。


かくして、雷火国は陣形を整えた。


昼は数で戦い、夜は影で削る。

そして、空より雷火の王が狼煙を上げる。


それは、雷火の名に恥じぬ、苛烈にして冷徹な迎撃戦であった。

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