異世界タイマン
「……村長はどう言ってる?」
「止めはせんそうだ。“武器を使わぬ限りは、男同士の話”だってさ」
バルドが肩をすくめた。
周囲には自警団、子供たち、長老まで集まっていた。
──村人は皆、黙って見つめていた。
村の外れ、小さな広場。
干からびた井戸と柵のそばに、即席の決闘場が設けられていた。
陽の高い午後。村人たちは半ば野次馬のように集まり、決闘を見つめていた。
サー・ウィリアムは上着を脱ぎ、分厚い胸板を晒している。
筋骨隆々だが、どこか無造作な身体つき。重いが、しなやかさがない。
マチオもまた、静かに服を脱いだ。
百キロの肉体は、猪のように厚く、しかし沈着だった。
皮膚の下には、実戦の中で磨かれた線が浮いていた。
「準備は?」
「いらん」
短い言葉を交わすと、バルドが片手を振り下ろす。
「──始めッ!」
先に仕掛けたのはウィリアムだった。
巨体に見合わぬほどのスピードで、右のストレートを繰り出す。
だが、健二の目はそれを見切っていた。
「……ふっ」
左手で軽く払い流す──パーリング。
拳は空を切る。
「ちょこまかと……!」
唾を飛ばしながら、ウィリアムは再び突進してくる。
今度は組みついて押し倒そうとする、荒々しいタックル。
だがそれすらも──。
「甘い」
健二は腰を引いて膝を落とし、力の方向を殺した──スプロール。
がら空きの背中を叩き、離れる。
ウィリアムは地面に膝をつき、すぐに振り返るが、呼吸が荒い。
(……見て取れる。こいつ、持久戦には弱い)
顔は赤く、肩は上下に揺れていた。
鍛えられてはいるが、殴り合いの呼吸を知らない。
その後も、決闘は一方的な展開となった。
ウィリアムは拳を振り回す。
だが軸足が甘く、打ち終わりには大きな隙が生まれる。
健二は、間合いを測りながら動いた。
顔は無表情のまま、反撃せずに攻撃を捌き続ける。
──五分、十発。
数度の突進と、大振りの拳が空を斬り、ウィリアムのスタミナは底をつきかけていた。
「ぜぇっ……ぜぇっ……ッ!」
拳を振るうも、もはやその威力は初めの半分。
健二は静かに、前足に体重を乗せた。
「そろそろ、終わりだ」
一歩、踏み込んだ。
左でフェイントを入れ──ウィリアムがガードを上げる──
その隙間へ、健二の右足が滑り込む。
そして、一本背負いに近い体勢で投げ落とした。
地面が震えた。
「ぐっ──!!」
背中から落ちた衝撃に、ウィリアムが呻く。
その上に乗り、健二は拳を振り下ろした。
──パウンド。
右、左、右。
短く、鋭く、無駄のない連打。
音が肉を叩き、骨を打つ。
ウィリアムの鼻が潰れ、口元から血が飛ぶ。
「ま、待て……!」
割って入ったのはバルドだった。
「もういい! 勝負はついた!」
健二は、最後の一撃を寸前で止めた。
そして、深く息を吐く。
沈黙。
──やがて、誰かが拍手をした。
続いて、子供が「すごい」と呟き、村人たちはどよめいた。
「やるじゃねえか……マチオ」
「“騎士さま”に勝つなんて……」
サー・ウィリアムは、鼻血を拭きながら立ち上がろうとしたが、よろけて尻もちをついた。
「ふん……」
マチオは、それを見下ろし、何も言わずに背を向けた。
夕陽が、男の背に影を落としていた。