血戦の果て
夜明け前、健二は床から起き上がり、深く息をついた。
右腕の感覚は重く、肩の古傷が痛んでいたが、
隣に座る少女――リーファが、静かに手を重ねると、その痛みは霧のように消えていった。
「……本当に大丈夫?」
「完璧だ。……ありがとな」
リーファは目を伏せて微笑むと、ひと言だけ返した。
「……全力でおいで。私も、全力で応えるから」
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広大な闘技場には、すでに数千の観衆が詰めかけていた。
魔族、獣人、亜人、吸血鬼……そのすべての視線が、ただひとつの戦場を見つめている。
そして最上段の貴賓席には――魔王がいた。
長きにわたり魔族を統べる絶対者。
その金色の瞳は、始まりの瞬間をじっと見据えていた。
試合開始の号令が鳴り響く。
直後、雷鳴が轟いた。
「――雷火、解放!」
健二の全身が雷と炎を帯び、青白い光の残像を残して爆発的に加速する。
同時に足元が焦げ、観客席から悲鳴が漏れた。
電撃駆動、起動。
雷と炎の二振りの剣がその手に顕現する。
燃え盛る烈火と唸る雷刃。そのまま、彼は一気にリーファへ突進した。
リーファはわずかに目を細め、足を滑らせるように下がると、
左右の手から風刃を放ち、迎撃。
それは斬撃のように鋭く、魔法でありながら剣技のような緻密さで健二の動きを制限した。
「っは!」
剣が交錯する。火花が散り、雷が唸る。
だが、何度斬りつけても、何度打ち込んでも――リーファは立ち上がった。
呼吸を整える間もなく、彼女は自らの胸に手を当て回復魔法を唱える。
それが終わるより先に、剣が再び振り下ろされた。
その剣筋に、迷いはなかった。
リーファの剣は、まるで人形のように正確だった。
だが、そこには人形にはない“気迫”があった。
「ッ――くそ、ならば……!」
健二は両手の剣を、投げ捨てた。
観客席がざわめく中、健二は足を踏み込む。
そして次の瞬間、リーファにタックル。
不意を突かれたリーファは、真正面からその膂力に押し込まれ、地面に打ちつけられる。
直後、健二の右手が閃く――
喉元へ、短く鋭いナイフが突きつけられていた。
場は静まり返る。
リーファはしばらく見上げていたが、やがて、わずかに肩をすくめて――微笑んだ。
「……降参。私の負けだよ、健二」
審判が手を上げる。
「――勝者、健二=ミカヅキ!!」
怒号のような歓声が巻き起こる。
魔族、獣人、吸血鬼の誰もが、たった一人の“人間”の勝利に声を上げていた。
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決勝戦の熱気が冷めやらぬ中、魔王が立ち上がる。
その眼差しには、明確な興味と、一片の敬意が宿っていた。
これで、魔族という戦闘種族の心を――
人間のオッサンと神の血を引く少女が、確かに掴んだのだった。
闘技大会決勝――
その死闘の熱が冷めやらぬうちに、
勝者である健二は中央に立った。
観衆はまだ喝采の余韻に浸っていたが、
彼のただならぬ眼差しに、次第にその喧騒は静まっていく。
そして、静寂の中で健二は口を開いた。
「……俺は、人間だ」
その言葉に魔族たちは微かに身を動かした。
「だが、今の“人間の国”に、俺の心はない」
その声音には怒りも、悲しみも、そして覚悟も宿っていた。
「貴族は腐り、王族はそれを見て見ぬふりをしている。
臣下たちは腰を折って生き、民は何も知らず、何も疑わない。
そのくせ、正しい者を笑い、強い者を恐れ、歪んだ秩序にしがみつく」
拳を握り、地を踏む。
「――だから、俺は宣言する。
俺は、“強くて、正しい者たちの国”を創る!」
ざわめきが走る。
だが健二は構わず、言葉を続けた。
「この国はもう腐りきっている。
誰かが変えねばならない。だが誰もやらない。
だから、俺がやる。俺が動く。
まずは戦争で奴らを叩き潰し、新たな国を打ち立てる」
彼の足元に、焦げた石片と剣の破片が散らばっている。
だが、その立ち姿は一点の曇りもなかった。
「強いだけでもダメだ。正しいだけでもダメだ。
両方を持つ者――そういう者だけが国を導くべきだ。
そして、そこに魔族も、人間も、亜人も関係ない。
生まれや種族ではなく、“意志と力”こそがすべてを決める国を作る」
誰かが息をのんだ。
誰かが涙を流した。
そして――誰かが、拍手した。
ゆっくりと、確かに。
それは、魔王だった。
漆黒の玉座に座し、魔族を統べる者が――
その手を打ち、感情を宿した声で言った。
「……ならば、雷火の剣士よ。お前の国造りを見せてみよ。
力なき民を守る“真の強さ”がそこにあるというならば、
我ら魔族、そなたの闘いを見届けようではないか」
次いで、観衆の一人が立ち上がり、拍手を送った。
獣人の戦士、吸血鬼の女、亜人の商人――
やがて魔族全体が、新たな旗印の誕生に手を打ち鳴らした。
闘技大会は終わった。
だが――物語はここから始まる。
かつて何者でもない人間だったオッサンが、
雷火と信念を携え、“国を創る”戦いに挑むのだ。




